白昼の冠

 次々とドフラミンゴの部下が集まっている中で、レイルスはゼーゼーと肩で息をしながらドフラミンゴの足元に崩れ落ちていた。ほとんど怪我がなかった先ほどと異なり、至る所に切り傷が発生している。ドフラミンゴの発言にイラッとするたびに果敢に殴りかかろうとした結果である。まるで手負いの獣のような空気を放つレイルスを、最高幹部である数名のみが興味深そうに見下ろした。
「こんな小娘がねぇ」
「んねェんねェ!生意気そうに睨んでるねェ!何にもできないくせにねェ!」
「トレーボル様、なんなのその女」
 わけも分からず命令されるままにレイルスを着替えさせたベビー5が我慢できないとばかりに口を挟む。その声に反応するようにレイルスの目がギロリとベビー5へと向く。額が切れて目にまで血が流れたのだろう、右目だけ真っ赤に染め上げて睨みあげてくるレイルスの形相の悪さに「ヒ」とベビー5は短い悲鳴をあげた。ただでさえ目が大きく眼力の強いレイルスに気圧されてベビーファイブはラオGの影に隠れた。
「大事な要人だ、間違っても傷つけるなよ」
「ドフィの糸で傷だらけだがな」
「これは躾だ、そろそろ大人しくできるかエルリック」
 ドフラミンゴの足がレイルスの鳩尾にぐい、と沈められる。痛みで眉根を寄せたレイルスはそれでも全く怯むことなく目の前の男を敵として睨みあげた。
「…………」
「死んでもごめんだって顔してやがるぜ」
「べっヘッヘッヘ!バカだねェ!」
 体に巻きつく糸が重い。細い糸がまるで蛇のように集まり、レイルスの肢体に絡みついている。頭上に縫い付けられるようにして固定されてしまった右手をチラッと見たレイルスは口元にまとわりついている糸の中でため息を漏らした。前にも糸で体が不自由になったな、なんてスリラーバークのことを思い出しながらジッと間近にある糸の観察はやめない。
 先ほどまでレイルスが寝かせられていたテーブルには気絶する少女が横たえられている。会話からどうやら彼女がシュガーであることを読み取ったレイルスは眼球だけを動かしてそちらに視線を向ける。幹部達の会話の中でトレーボルが「実年齢じゃ少女じゃねェよ!」と鼻水を撒き散らしながら怒鳴った。
「んねェんねェドフィ、シュガーについちゃ本当に悪かった!両手両足不自由になった男がまさかシュガーを気絶させるとは……想像できるか?んねェ?」
「メラメラの実もそうだ、まさか大会に革命軍のナンバー2が出場してるとは想像できねェ!」
 ここで始めてレイルスはメラメラの実の存在を知る。サニー号でドフラミンゴがルフィに対して「喉から手が出るほど欲しがるもの」と称していたもの。そしてそれがすでに革命軍のナンバー2とやらに奪われてしまったらしいと知りレイルスは沸き上がりそうになる感情を抑え込むべく瞼を下ろした。ドフラミンゴファミリーにとっても誤算だったのだろうが、ルフィにとっても望まぬ結果だっただろう。その事実だけでルフィを揺さぶることもできるだろうとレイルスは感情をグッと押し込んで目を開く。
「過ぎたことだ、お前らを責めても時間が戻るわけでもあるまい」
 寛大に部下を許す発言をするドフラミンゴに、幹部2人は喜んでいる。どこまでも冷静なドフラミンゴに、レイルスはやっと確信を得る。ドフラミンゴにとってこの国も、メラメラの実も道具の一つでしかない。別のもっと大きい何かを見据えて行動しているのだ。だからこそ失った後尾を引かずに切り替えられる。国王という立場を失い、国民全員から殺意を向けられようと些事でしかないのだ。国王という立場すらも手段の1つでしかない。だからこそそれでも手放さないと躍起になっているものが目立つ。SMILE工場、シーザー、そして七武海の立場。それらがおそらく、ドフラミンゴにとって核となる替えがきかないものなのだろう。ローはその全てに手をかけた、一体どうやって調べ気がついたのか分からないが怖い人だなとレイルスはうっすらと背筋を震わせた。
 海軍をどうするかという話し合いをレイルスが聞いている中で堂々と始めたものだから、次第に苛立ちが募ってきたレイルスは喉の奥でグゥと唸った。分厚い糸の猿轡に音が吸われ、誰にもその声は届かない。どこまで人を愚弄すれば気が済むのだろうとレイルスは集団をギロリと睨み続ける。
「藤虎……生かしていていいことはねェ、一筋縄じゃいかねェだろうが利用したら消す」
「ドフラミンゴ様!ちょうど今麦わらのルフィたちと藤虎たち海軍が激突しています!」
「……そうかやらせておけ」
「海軍も海賊も暴れていいのなら俺一人で十分だァ!」
 レイルスの耳にモスキート音のような声が届き、ギョッとしてレイルスは顔を動かす。これまで沈黙を保っていたピーカがついに口を開いたのだ。
「そう急ぐこともない、いいかこのゲームはいわば国王を決する選挙だ」
 ドフラミンゴが何やら話しているがレイルスの耳には届かない、巨体のピーカを凝視してブルブルと震えている。口が塞がれておらず体が自由であればレイルスは床に転がり回って笑っていた。どうしてその巨体でその声。声帯に一体どんなバグを抱えているって言うんだ。震えるレイルスに気がついたのか、ドフラミンゴが指を動かしレイルスの顔も耳もすっかり糸で覆ってしまう。驚いたレイルスはとっさに暴れるも、体に糸が食い込むのみで抵抗らしい抵抗も許されず、繭玉のように包まれてしまう。外の音すら聞こえなくなってしまったレイルスはグゥとまた喉で唸る。じわじわと酸欠のように思考力が落ちていく。瞬きを多くしながら、懸命に耐えるレイルスを糸越しに見つめたドフラミンゴは嗤笑した。

「私も王宮に行くれす〜!!」
 王の大地に残っていたウソップ、ヴィオラ、リク王はそうしてぐずぐずと泣き続ける小人、ウィットンを宥めながら傷の手当てを行なっていた。
「そうは言っても、みんなにも散々怒られていたでしょう?」
 王の大地にて集結したトンタッタ族は、数名を除いて全員が工場の破壊と仲間の救出へと向かった。そしてレオ達数名は、ウィットンの持ってきた情報をもとにロビン達と共に王宮を目指し出発してしまっていた。そのチームに入りたいと大いにごねたウィットンであるが、姉であるウィッカには「あんぽんたんの極み!」と怒鳴られてばちんとビンタをかまされていた。真っ赤になった頬を抑えながらも未だ諦め切れないらしい。それでもマンシェリーが工場ではなく王宮に捕らえられていたという情報の重要性は全員が理解しており、誰もが怒りながらもウィットンを誉めたのだ。
「う、うう……もっとみんなの役に立ちたいれす……いっつも守ってもらってばかりはいやれす……」
 すんすんと泣く小人に3人は心が痛くなった。健気に泣く小人は、誰かのために頑張りたがっているのだ。
「……ではウィットン、これからヴィオラの護衛を任せたい」
「え!?」
「ヴィオラ、お前の能力で王宮の中にいるマンシェリーを探しなさい」
「…………わかったわ、能力を使う間無防備になるから、お願いねウィットン」
「は、は……はいれす!!」
 リク王の心遣いに、横で聞いていたウソップは「流石だな」と零してしまう。そしてヴィオラの能力を聞いてサンジが大喜びしそうだなと内心で思った。全力で己の欲求のために使用するだろうコックを思いウソップは笑う。ナミやチョッパー、ブルックは大丈夫だろうか。サニー号もビックマムの襲来以降連絡が取れていない。もっとも電伝虫の通信圏外に出てしまえば連絡の取りようもないのだが。そしてハッと思いつく。
「待て!千里眼ならドフラミンゴに捕まってる俺の仲間のことも探してくれねぇか!?」
 ちゃっかりとレイルスを仲間呼ばわりしたウソップはいそいそと荷物の中からレイルスの手配書を取り出す。幼い頃の写真ではあるものの、面影の残ったこの手配書は案外使えるのだ。
「仲間が捕まったの!?」
「ああ、こいつ……」
「う、ウソランドの仲間だったんれすか!?」
「知ってるのか!?」
 知っているも何も、とウィットンは先ほど王宮であった事、なんなら心臓の穴に入れられていたことをウソップに語れば「心臓の穴を収納に使うな!!」とウソップは憤慨した。常識人に見せかけてレイルスはだいぶぶっ飛んでいるとウソップは何度目かの衝撃に頭を掻き乱した。ロビンにそっくりであると本人に知られたら怒られるようなことをブツブツとボヤいた。
「エ、エルランドが言ったんれす」
「エルラン……ああ、レイルスな」
「邪魔だと思ったら捨てていくって」
「悪魔かあいつ」
 こんなにも小さくて健気で可愛いトンタッタ族になんてことを。だが、そう言って睨んでくるレイルスを簡単に想像できてしまってウソップは顔をげんなりとさせた。レイルスの言動はゾロに似て結構冷たいことがある。そしてハッとする。嘗て遊蛇にサニー号が揉まれている時に爛々とした瞳で笑っていたレイルスを。ルフィっぽいぞコイツと思った驚きはウソップの中にしっかり残っていた。レイルスはルフィ、ゾロ、ロビンの悪い所を掻き集めて煮詰めた性格なのでは?そして忘れることにした。気が付きたくなかったそんなこと。
「だから、守ってくれないと思ってて……でも、でも!どれだけ怪我をしても、私のことずっと守ってくれたんれす!」
 何が起こっているのか、レイルスの中に隠されていたウィットンは正確に全てを把握していたわけではない。それでもレイルスが何度も胸元、ウィットンの隠れる場所を気にかけて手を当ててくれていたのは気がついていた。捨て置くなんて言ったのに、結局レイルスも他のトンタッタ族と同じでウィットンを守ったのだ。姉であるウィッカが偵察としてドレスローザへ渡る度、大なり小なり怪我をしていたのを見ていた。困った顔で大丈夫だと笑う姉に耐えられなくなって飛び出したのも数え切れないほどだ。けれどいつも、結局連れ戻されてはウィッカンは誰かが怪我をするその瞬間からも遠ざけられていた。今日初めて人が傷付けられる様をその内側から聞いて、触れたウィッカンは己の我儘と仲間達がなにから自分を守ろうとしてくれていたのかようやく理解したのだ。
「本当は王宮にエルランドを助けにいきたいれすけど、邪魔なのもわかってるんれす」
 ずず、と鼻を啜って話すウィットンはドフラミンゴを目の前にして恐怖で目の前が真っ白になった事を明瞭に思い出す。レイルスの中に隠れていても感じる威圧感、殺意。そしてこんな敵に挑もうとしている隊長や仲間達への心配で碌に動くことができなかった。痛めていた手首のことなんて忘れてしまうほど、ぎゅうとレイルスの体にくっついて恐怖を紛らわせていることしかできなかったのだ。それが悔しくて恥ずかしい。レイルスはあんなにも真っ直ぐにドフラミンゴに向かい合っていたと言うのに。
「だから、私……ヴィオラ様が安心して探せるように!エルランドのためにも!ヴィオラ様を絶対にまもります!!」
「……ええ、ありがとう、頼りにしてるわウィットン」
 レイルスがウィットンの決意を固めたのだ。まだ子供だからとトンタッタ族の中でも可愛がられ、守る対象とされていたウィットンを知っているヴィオラは、彼女の成長にウル、と涙を溜める。ウソップも健気な小人とレイルスの分かりにくい優しさに鼻をこすって誇らしげに笑った。しかしそれも、ヴィオラが王宮に視線を飛ばした瞬間に弾け飛ぶ。
「大変!エルリックがドフラミンゴの糸で全身真っ白に……!」
「どんな状態だァ!!」
 あまりにも奇天烈なレイルスの状態を聞いたウソップは思わず王女に向かって全力でツッコミを入れた。

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投稿日:2022/1119
  更新日:2022/1119