若人は行進する

「レイルス!お前無事……か!?」
 最後に見た時よりも血塗れ、かつ頭からずぶ濡れになっているレイルスを見て流石のルフィも言葉に詰まった。突然糸分身のドフラミンゴに水がかかったと思ったら吹き飛ばされ、その先にはびしょ濡れで立っているレイルス。目を見開いて驚くも、ベラミーに斬りかかられてルフィはそれどころではないとその場から回避する。
「偽ミンゴは!?後ろの誰だ!!無事か!?」
「海水、知り合い、無事」
「雑だけど即答!」
 驚きに声を上げたハイデリヒが「僕はサボの仲間だよ!」とルフィへ伝える。捲し立てるようなルフィの疑問にすぐに答えてみせたレイルスの頭の回転の速さに感心すればいいのか、全てに一言で答える雑さに慄けばいいのかハイデリヒは思案しかけた。コロシアムに居たはずのルフィがここにいる時点で、すでにサボには会えたのだろうと察したハイデリヒの言葉にルフィは目をきょとりと丸くさせた。コアラから一報は来ていたものの慌てていたのか「サボくん食べてそっち向かってる私も行く!!」という語弊しかない内容だったのだ。一瞬コアラが怒りのあまりサボ食べたのかと思ってしまったがメラメラの実の事だろうと察することのできたハイデリヒは幼馴染達のことをよく理解していた。走るサボに齧りつきながらしがみつくコアラが想像出来てしまったが、コアラの名誉のためにハイデリヒはすぐさまその想像を振り払った。
「……え!?サボの!?そうか、なら危ねぇから離れてろよ!」
「避けろ麦わらァ!」
 ベラミーがまたもやルフィに斬りかかる。涙するその顔を見てレイルスは「手伝いは?」と念のため口にする。案の定ルフィからは「いらねぇ!」と怒声を返された。
「偽ミンゴはありがとう!後はいいから早く逃げろ!お前なんかゴソモーなんだから!!」
「ごそ……よくわからないけどとりあえずここは任せる」
 すでに満身創痍であるベラミーと、ドロドロに溶けて動きの鈍いドフラミンゴの分身を眺めてレイルスはそう告げる。逃げろという言葉には否定も肯定も返さない狡さにルフィは気が付かず元気に「おう!」と声を張った。ロビンがルフィを甘やかした弊害がこんなところで出ているとは思わず、ハイデリヒは「ゴソモー?」と首を傾げた。もしルフィが正しく言葉を使っていたらハイデリヒは持ちうる力を全力で駆使してレイルスとともに王宮から離脱していただろう。幸いレイルスは2年経ってもハイデリヒの顔に弱いらしいということにハイデリヒはしっかり気がついていた。そうでなければ自然と同行する流れにはならなかっただろう。
「あ」
 踵を返そうとしていたレイルスが徐に足をとめ、ドフラミンゴの分身に向き直る。ずるずると起きあがろうとしていたそれが、ニヤリとレイルスを見て笑う。そんなドフラミンゴに対して距離を詰めたレイルスは親指を握り込んだ拳を思い切りその頬に叩きつけた。体の使い方がうまいのだろう、軽い体から出たとは思えない思い一撃が、ドフラミンゴの頭を壁へとバウンドさせた。
「本体へは……私の分も頼んでいい?」
「任せとけ!あ、お前もう血出すなよ!」
 叱るように言うルフィにレイルスはキョトンとしながらも頷く。ハイデリヒだけが「物騒だなぁ」と困ったように笑っていた。

 ルフィと別れたレイルスとハイデリヒは王宮の中を進んでいく。
「資料室の場所に検討は?」
「中央にあったエレベーターの真上、のはずなんだけど王宮の構造がかなり変わったから……」
 心底困ったようにいうハイデリヒになるほど全くわからないらしいとレイルスは軽く相槌を返した。再び前方から戦闘音が聞こえてきたため「またか」とレイルスは顔を歪めた。呑気なレイルスにハイデリヒはおどろきっぱなしである。そもそもハイデリヒは極力戦闘を避ける潜入が主体だ。世間一般的にも潜入とは密やかに行われるべきであるはずなのだが、レイルスの辞書の中の潜入はどうやら意味が違うらしい。なぜなら先程と同様、戦闘のある方向へと足を進めているのだ。レイルスからすればこの場所で戦闘が起こっているならば必ず反ドフラミンゴ勢力だと読んでいる上での行動なのだが、側から見れば無謀でしかない。ハイデリヒは先程からなんとかして止めようと言葉を尽くしているがなんのそのである。
「ドフラミンゴの部下……だけ?」
 角を曲がった先で、ドフラミンゴの部下が武器を持って構えている。何もない場所に向かって銃を向けているのを見て、ハイデリヒが怪訝な顔をするもレイルスはすぐさま敵へと肉薄し部下の意識を刈り取った。鳩尾に拳を埋められた挙句、倒れ込む寸前に顔面に膝までお見舞いされた敵は憐れなほど綺麗に卒倒した。やはりレイルスの想定通り床には小人が1人倒れている。見覚えのあるフォルムはロビンがグリーンビットで捕まえたカブトムシのような小人だった。
「無事!?」
「……誘拐犯のエルランド!!マンシェリー姫が大変なのれす!お、お仕置き部屋で……敵の幹部たちが今にも復活しそうなのれす!!」
「案内!」
「誘拐犯!?何!?」
 状況が読みきれないレイルスだが、マンシェリーという名がウィントンに聞いたトンタッタの姫の名前だと気がつき、地面で倒れているカブを掴んで「どっち!」と叫ぶ。勢いに気圧されたカブは「あっちれす!」と前方を指さす。ハイデリヒはここにきて初めてみたトンタッタ族の姿に青い目を見開いて驚いたが、それ以上に誘拐犯という物騒な言葉にギョッとした。
『エルリック!突き当たりを左へ曲がって!』
 カブの背中に背負われていた電伝虫からヴィオラが語りかける。まるで見えているかのような説明に疑問がよぎるも、カブとヴィオラの危機迫った様子にレイルスはひとまず疑問を後回しにして急ぎ進んでいく。
『マンシェリーには治癒能力があって……今まさに敵の幹部が復活しようと……!』
 それで敵の幹部という嫌な単語が並んでいたのかとレイルスは更に急ぐ。先に突入したレオが戦っている音が聞こえてきて、カブは痛む体を押してレイルスの手の上で立ち上がり飛び立った。呼び止める間も無く凄まじい速さで飛んでいったカブを追いかけてレイルスも部屋へと飛び込む。見ているだけで目が痛くなるような奇抜な色合いの女が部屋の中央で手を振り上げていた。その手に小人を乱雑に掴み上げているのを見たレイルスは振り返った女――ジョーラへ向けて蹴りを繰り出した。
「ま、なんざます!」
 よろけながらもレイルスの蹴りを避けたジョーラが驚いてレイルスへと振り返る。カブによって床に並べられていた幹部たちがその場から吹き飛んだがジョーラの目には映らない。間一髪、マンシェリーの涙が床へと吸い込まれていったことにレオとカブは安堵した。レイルスが体を捩り、再びジョーラの頭部を狙ってヒールを振りかぶれば今度は避けられなかったのかジョーラのサングラスが吹き飛んだ。
「鉱……!?なぜここに!」
 レイルスは答えずに地面に右手をついて、片腕で側転をしてジョーラのつけていた真珠のネックレスにヒールを引っ掛ける。全体重をかけて足を振り下ろせばネックレスに引っ張られたジョーラの体制がぐらりと崩れた。ブチと鈍い音を立てて紐がちぎれ、真珠が床へとパラパラと落下する。倒れかけているジョーラの腹部を凄まじい勢いでレオが横断した。
「二度と離れないように……みんな仲良く縫い付けてやるれす!」
「な、何を!」
「『オートクチュール・パッチワーク』!!」
 倒れていた幹部、部下、敵全員の頭部がジョーラの豊満な腹部へと突き刺さるように突進していった。10名ほどの人間に突然衝突されたジョーラは体勢を崩していたこともあり横転する。その際打ちどころが悪かったのか卒倒、気を失っているのを確認したレイルスはため息を吐き出してその場に体育座りをした。ゼーゼーと肩で息をするレイルスにハイデリヒが「大丈夫?」と背中をさする。体力はハイデリヒの方があるらしい、レイルスは膝の間に頭を入れながら不満げな顔をして髪の毛を粗雑にかきあげた。ドレスだと言うのになんとも粗雑な格好である。小人たちに目を向ければどうやら全員無事らしい、朗らかな空気が漂っていた。ハイデリヒはトンタッタとレイルスに目を向けて、通り過ぎるように簡単に助けてしまうんだなと喉の奥で笑いを押し殺した。
「レオ、怖かったよ……」
「姫また重くなったれすね」
「……ドゥワ〜!!」
 あまりにも無神経なレオの言葉にマンシェリーの怒りのパンチが炸裂したのを見たレイルスは疲れたように目を細めたのだった。


 - return - 

投稿日:2022/1230
  更新日:2022/1230