雲から覗く

 最初に遭遇した生き物を目撃してから、レイルスの気分は下降の一途を辿っていた。頭が三つついた犬……うち一つはキツネのそれだが、生物として無理のある出立ちをしたケルベロスもどき。ルフィが一発殴り手懐けたことによって、その背にサンジと共に乗っているのだが、触れる温度が生物のそれではない。一見雑に縫合しているようにも見えるが、抜糸せずに残った糸の段差しか指先では感じられない。船で会ったブルックとはまた違うそれ、加えて首に数字なんてつけられているものだからレイルスは泥でも飲まされたような顔をする。
 死体だ。動物の死体。腐臭はそこまで酷くはないが、間違いなく生き物を弄んだ結果が目の前にあった。反吐が出そうな胸糞の悪い事実にレイルスは1人思考を巡らせてた。
 そんな様子を横で見ていたサンジは、意図してゆっくりとタバコを肺に落としこむ。ロビンやナミも相当頭が切れる上、それぞれ突出して考古学、航海術に関する知識量が凄まじい。専門知識で言えばチョッパーと最近仲間になった変態ことフランキーも群を抜いているだろう。サンジから見て、レイルスは彼らのようなどこか職人じみた空気を纏っているように思えていた。加えて集中力に関しては誰よりも突出している、こんなにも思考にどっぷりと沈み込める人間をサンジは見たことがなかった。実際、レイルスはいつの間にか犬からルフィが飛び降りたことにも気がついていないし、途中で遭遇したおっさんの木とユニコーンが一杯やっているという奇天烈な状況も、何なら半透明なゴーストによってネガティブになって地面に膝をついた一味すら目に入っていない。サンジはそんな様子を見て素敵だ、ですませてしまったが普通に考えれば短所でしかない。
 そんな職人気質を持っているにもかかわらず話は通じる(職人は専門用語での会話が多くなりがちだ)し、何より周りを見て言葉を選び、気を使っている。ふう、と隣のレディに煙がかからないよう反対を向いて上へと噴き上げた。因みに麦わらの一味の中で一番職人然としているのがサンジであるが本人に自覚は無かった。加えて船長があれなので、全員子供に説明するようなことしか話さないようになっていると言う自覚が誰もなかった。
 いつか本名を聞けたらいいんだが。そんなことをチラリと目線だけ向けて内心で思う。アホな連中は気がついていないだろうが、明らかに名前を呼んだ時のリアクションが薄いし、何より反応した後も呼ばれていたという言動が見られないのだ。周囲に気を使うような女性が、名を呼ばれたことに気が付かずにいたことに対して謝罪が出てこないのがそもそも妙。
 そっと、乗っている妙な犬の首元を生白い手で摩るようにして撫で、顔をあげたレイルスを見たサンジはグッとタバコを奥歯で噛み締めた。背筋が泡立つほどにまっすぐな目、いっそ何かを睨んでいるかのようなその眼差しはどこか迫力があり、神聖さすら覚える。先程船で怪我をしたせいで首元までぐるぐる包帯巻きになってしまったレイルスの姿は痛々しいはずなのに、全くそう見えない気迫が漂っている。
「……参ったねぇこりゃ」
 こんな佇まいでいられてしまうと、守りきれなかったとぐずぐず落ち込んですらいられない。ナミもロビンもある程度戦えるとはいえ、馬鹿な男の性も理解してくれているのか任せてくれる部分も多くある、とサンジは思っている。生い立ちが特殊だからというのもあるかもしれないが、2人はきちんと自分の身を守る術を、逃げるという方法で持って知っているのだ。それにその場に男手があればきちんと守らせてくれる信頼だってある。
 レイルスにはその信頼がまだ圧倒的に足りていないというのもあるが、これは根っからのものだろうとサンジは薄らとだが理解していた。善処する、と物凄く不服そうに言わされていたのを思い出したサンジは思わず頭を抱える。おそらく、逃げるなんて手を打つタマではない。どちらかというと1人で真っ向からぶつかっていくタイプだ。なんてサンジに分析され、かつほぼほぼその不器用な性格を当てられているなんて知りもしないレイルスは墓場からズルズルと這い出てくる、間違いなく人の形をした「ゾンビ」を全力で睨みつけていた。
ああ、これから苦労しそうだと思っていたサンジは知らない、この時考えていた苦労が思っているよりも数倍大きく、何ならあのルフィですら悩ませるほどの無鉄砲さに一味全員が頭を悩ませることになろうとは。


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投稿日:2022/0103
  更新日:2022/0103