雲から覗く

 異様なほどに活気あるゾンビたちを一瞬で伸した一味は、当初の目的であった逸れた仲間についての情報を脅して吐かせていた。レイルスは一味の戦い方に度肝を抜かれつつ(特にゾロである、まさか刀は予備ではなく一気に使うなんて思いもしていなかったレイルスはしばし呆然とした)目の前のゾンビたちをじっと見つめる。しっかりと受け応えができる、思考もできているようだ。体こそ死者のもので間違いはないが。
「鼻のなげぇ男と、オレンジの髪の女と、トナカイみたいな狸がここを通ったか」
 ルフィの静かな問答にレイルスだけが首を傾げた。チョッパーは狸だっただろうか。
「ええ、ああ……はいはいはい、見てるような、見てないような……」
「でも言えねぇ!」
「俺たちそういう情報関係、一切人に言えないことになってるんで」
「規則だから」
 規則ねぇ。レイルスの顔がそう宣った包帯まみれのゾンビに向く。立て続けに全員で規則コールをして場を流そうとしているゾンビだったが、ルフィにひと睨みされて「絶対に言わねぇか……」と指を鳴らされたことであっさりとこの場所を通ったことを認めた。何ならその後自分たちで襲ったことまで白状してまたボコボコにされた。哀れゾンビ達、頭から墓に突き刺さるようにして埋められてしまった。結果としてブルックの居場所は本当に知らなかったらしいがナミ達が前方に見える屋敷に向かったことを掴んだルフィは安心したように息を一つついた。クルーを信頼しているとはいえ、中でも戦闘の苦手な3人だ。ルフィも人並みに心配していた。
「ねえ」
 犬の上から滑るようにして降りたレイルス。声をかける間もなく足に負担のかかる行動をしたレイルスにロビンが一瞬ピクリと腕をあげた。俯いているレイルスの顔は影っているせいで見えないが、痛みで顔が歪んでいる様子はない。不思議と通ったレイルスの呼びかけに一味の目が自然と集まる。声をかけられたのは生き埋めを免れていたらしい首がボールのように取れているゾンビの頭部だ。
「この島に医者……解剖医かな、はいるの?」
「い、医者ならあの屋敷に……」
「ふーん……その医者は影を人から奪う能力がある?」
「ホ、ホグバック様は能力者じゃねぇ……!!」
「……」
 かがみこんで頭に話しかけるレイルスの問答を聞いたロビンは、レイルスの予測を嗅ぎ取る。どうやらゾンビが動く件とブルックが影を奪われたと言っていた件がつながっていると踏んだらしい。確かにブルックの言動からこの島に因縁の相手……影を持っている敵がいると見てもおかしくはない。死者の体を操るなんて芸当は悪魔の実の力ぐらいでしか叶わないだろうことも、言われてみれば納得だ。だが、どうやって影を奪う能力でそんなことができるというのだろう。
「わかった、ありがとう」
 そう言ってぽん、と頭を撫でるようにして逆さになっていたそれを正しい方向に何の遠慮もなく転がしたレイルスに見ていた数名はギョッと目を向いた。感謝までされ、触れられたゾンビの方も目玉が飛び出さんほどに驚いているがレイルスはそんな様子に気が付かないほどまた思考を始めてしまっている。フランキーが驚きで固まっていたサンジの肩を叩き、1人で歩こうとしているレイルスを抱えるよう動作で示す。ジャラジャラとした音で我に帰ったサンジは一つレイルスに声をかけたが案の定反応は返ってこなかったので悪いと思いながら抱え込む。毎度のようにまたそこで我に返ったレイルスはきょとっと呆けてからサンジに下ろすよう頼んでみるものらりくらりとかわされてしまった。
「さっきのどういう意味だ」
 ゾロがサンジの横に自ら足を進めて抱えられているレイルスに問いかける。
「……何が?」
 ゾロの顔を見て刀を咥えて敵を斬り伏せていたことを思い出したレイルスは一瞬思考がゾロの顎の力について向いてしまった、噛まれたら確実に骨が逝くだろう。
「医者とか影とかだよ」
「……医者については乗ってきた犬とか、さっきのゾンビ見て思っただけだよ」
 どう説明すれば、と言ったようにレイルスの目が空に向かう。米神を人差し指でトン、と叩いてからレイルスは言葉を続けた。
「あれらの体は脆い部分……肉の薄い部分だとか骨が複雑になっている部分については、極力ベースになる体を使って、ダメージを受けたとしても縫合部から壊れないように計算されてた」
「なるほどな、あとから無理にくっつけるんだ、弱点にもなりうるか」
 船大工であるフランキーにはわかりやすい話ですぐに首を縦に振る。特に無機物、生き物として回復の見込めないゾンビの体では尚更、手術といえど傷を増やすのは得策ではない。
「それだけ体の構造について詳しくて弄れるのなら医者ぐらいしか……まあ医者であることを隠している可能性もあったかもしれないけど」
「んじゃあその医者がゾンビの親玉か!」
「微妙なラインだと思う」
 ルフィがひらめいたように声を上げるも、静かな声でレイルスが否定に近い言葉を告げる。レイルスを抱えているサンジは腕の中の存在に感嘆のため息をこぼしそうになっていた。すげぇ、なんて聡明なんだイムちゃん。
「さっきのゾンビの言い方から、医者以外にも誰かがいて、そいつについては能力者だって雰囲気だったし……序列がついてるのであればそっちの方が親玉じゃないかな」
「なんでそう思うんだ?」
 フランキーが感心しながらも疑問を呈せばレイルスが「死体弄りはやろうと思えば誰でもできるから」とえげつない事を零す。それでもフランキーは成程と大いに納得させられた。最悪死体を用意する医者は誰でもいいが、それを動かす術を持つ能力者は唯一無二。言われてみれば確かにそこだけをとっても序列が透けて見える。
「何にしても趣味が悪い、胸糞悪い」
 何か思うところでもあるのであろう、妙に力のこもった言葉にルフィはレイルスが怒っているのだと感じ取った。押さえ込むような声色はいっそ震えているのではと思うほど低く、眼前の屋敷を睨む目つきは鋭い。ルフィにはなぜレイルスがそこまで怒っているのか、その理由はよくわからなかったがそれでもきっととてもまっすぐな理由であるのだろうことだけは直感した。仲間の過去なんて微塵も興味を持たないルフィであるが、それでもレイルスが今ここで自分の目の前で真っ直ぐ前を見ていることはとても喜ばしく、気分が高まるものだと胸の鼓動を聞きながら漠然とだが思ったのだった。


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投稿日:2022/0103
  更新日:2022/0103