若人は行進する

 レイルス達のいる資料室のはるか頭上にてドフラミンゴと激戦を繰り広げていたローだが、腕に走る激痛により地面にのたうち咆哮をあげていた。ローの苦悶する様子を見て楽しげに笑うトレーボルの不快な声が響いている。ドフラミンゴの心臓を抉り取ってやろうと能力を行使した右手、それを捉えられたときにはすでに遅かったのだろう。ドフラミンゴはローに失望の目を向けながら腑抜けてしまったと嘆くようにこぼす。ローの右手はドフラミンゴにより切り捨てられ、瓦礫の間に転がっていた。
 レイルスが船の上で懸念した通り、ローは普段よりもずっと冷静さを欠いていた。シーザーを捕らえパンクハザードの施設を破壊した時点でドフラミンゴの破滅は殆ど決定的だったのだ。それを私情に走り自らの手でドフラミンゴに仇を打とうとドレスローザに乗り込んでしまったのは愚策としか言いようがなかった。ドフラミンゴにとっては利点のみ、カイドウへの挽回のチャンスが来ただけではなく、そして長年切望していたオペオペの実を再び手中にできる可能性まで浮上したのだから。これまでのローの愚行すら目を瞑れるほどにはドフラミンゴは冷静だった。だからこそ簡単にはローを殺すことなく捕らえ服従の意思を確認したのだ。
 ドフラミンゴによって右腕を切断されたローは痛みで遠のきそうになる意識が、その痛みで強制的に浮上させるように体を動かして暴れる。
「いい声出すじゃねぇかロー!鼻出るわ!!」
「エルリックは赤犬に腕を溶かされた時、悲鳴の一つもあげなかったってのにみっともねぇな」
 エルリックという名に一瞬ローの思考が痛み以外に逸れる。無傷なはずの左手も碌に力が入らない、冷や汗が止まらない、暑いのか寒いのかもわからない。目の前に転がる腕が見慣れた刺青の入った肉塊と成り果てているのを処理落ちした脳内でなんとか理解し、ぶれる視界をそこに焦点を合わせることで整える。自然と呼吸が震え、胃液のような酸っぱさが口の奥から湧き上がって血の匂いと混ざり合っていた。
「もう1人のDに感化されてか、お前が俺に直接挑んできたのも起きちまった現実。だから俺は許す……実の父と弟を許したように死を持ってな」
 忘れもしない、ローの恩人の命を撃ち抜いていった鉛の銃。向けられる銃口があの時と同一のものかどうか、直接目にしたわけではないローはわからない。同じ方法でローを葬ろうとしているドフラミンゴの惨い報復にカッと腹わたが煮えるように怒りで熱くなる。怒りのあまり意識が痛みから引き剝がされて視界に明瞭さが戻る。ドフラミンゴの言っていることは予々正しいのだろう、ただし決定的に読み違えている部分があった。もうずっと、ローはこの怒りと憎しみと共に生きてきたのだ。今更それらに飲まれるなんて馬鹿なことありはしない。憎悪と絶望の渦の中をローはあの日から生きて、そして飼い慣らしたのだ。ことドフラミンゴに関わる事象についてローは「普段通り」激情と共にある。
 城に着いた時点から常に張り巡らせていた巨大なルーム。球体の中で何が起き、何があるのかローだけが正しく詳細に把握していた。ルフィがドフラミンゴの分身を吹き飛ばす瞬間も、レイルスがこの巨大なルームの外に自分の足で出ていけるほどには動けることも、階下にドフラミンゴの部下が死体で転がっていることも。

「待て!その場を動くな!」
 王宮の大地から降りて国民の救助に向かおうとしていたリク王は己についてきていた国民に厳しい声を上げた。見聞色で幽かに捉えたその不穏な音は次第に国民の耳にも届き出す。ギィギィと嫌な音を立てて近づいてくるそれは、国を覆っていた糸の檻が発する音。ドフラミンゴの能力によって触れると全てのものを断ち切る糸が、全方位から国の地面を切断しながら縮まっていたのだ。糸のそばにいた海兵や国民、海賊たちもそれに気がついてそこかしこから絶望と混乱の悲鳴が上がる。リク王はレイルスが予見していた内容とほとんど相違のない最悪の状態に息を呑み、そしてローの言っていた皆殺しという言葉になんの齟齬もなかったことを思い知った。海賊の言っていたことが全て正しかったのだ。
 実際、レイルスの懸念していた通り最高幹部であるピーカは能力によって国中の石を操り巨体となってリク王を殺さんと襲いかかってきた。その行動原理もおそらくはレイルスが考えていた通り、叛逆の意志を持ち始めていた国民の心を折るためだったのだろう。わずかな情報でそこまで予測し対策を練ってみせた無法者にリク王は思わず顔を覆う。
 先見の力というのは存在している、過去ドレスローザにも世界情勢を読み解くことに長けた王もいたことがある。だがリク王自身がその力を目の当たりにしたのは初めてのことだった。それも、長年ドレスローザで過ごしドフラミンゴの残虐性を知っているわけではない。今日上陸し、つい先ほど国の惨状をヴィオラに聞かされただけの娘。心の底から思う、敵ではなくてよかったと。あの頭脳を持ってして暴悪のかぎりを尽くされてもしたらきっとドフラミンゴ以上に凶悪だったろう。
「……リク王様」
「ああ、動けないものを優先し工場へと誘導しろ。力のある物の一部は工場内から物を運び出してなるべく多くの国民が避難できる準備を」

 セニョールピンクを倒し、多くのトンタッタ族と工場破壊を進めていたフランキーも国を覆う糸が迫ってきていることに気がついていた。元々地下にあった工場はピーカの力により地上に迫り上がったタイミングで街の中央から外れた一時浮上させられており、国の中央よりはずっと危険な位置にある。戦闘によりダメージを受けて休んでいたものの、あまりゆっくりはしていられないと起き上がった時、トンタッタ族が通信用に背負っていた電伝虫がコールを鳴らした。
「はい、こちら工場チームフラッパーれす!」
『よかった、みんな無事ね』
「ヴィオラ様〜!」
 電伝虫を取ったフラッパーに皆が駆け寄る。人間に虐げられていたというのにこの無垢な様子を見せられたフランキーはトンタッタ族とリク王家の絆にうるっと瞳を潤ませた。
『よく聞いて、これからあなた達のいる場所を怪我人のための避難場所にする』
「え!?」
『ドフラミンゴの糸が迫ってきているのは知ってる?その工場なら海楼石でできているから何があっても壊れることはない……エルリックがそう提案してくれたの』
「あん?レイルスが?」
 仲間の名前にフランキーが電伝虫へ顔を寄せる。受話器を抱えていたフラッパーがピョンと飛びあがりフランキーの肩に乗った。
『予見していたのよ、あの糸が襲いかかってくるかもしれないって……その場合には工場に動けない怪我人やお年寄り、子供を避難させるべきだと』
「なるほどな」
 ふむ、とフランキーは頷く。レイルスのことだ、あの糸が国を覆った時点である程度の予測は立てていたのだろう。スリラーバーグでもオーズにお見舞いする塩の不足をすぐに言い当て、シャボンディでもパシフィスタ相手に的確に弱点を言い当てて見せた。ヴィオラの言葉を聞きトンタッタが今にも工場の中へと作業をしに戻ろうとするのを止めてフランキーは口を挟む。
「確かにいい案ではある、だがこの工場は地下から無理やり移動させられてここにある。見たところ地盤が弱い……あの糸がどれだけ怪力かわからねぇが下手すりゃ工場が転がるぞ」
 直接目にしていないレイルスでは流石にそこまで予想はできなかったのだろう、この場に船大工であるフランキーがいたことは幸いと言えた。
『そんな』
「ああ待て、ここを避難所にするのは文句はねぇ。だが万が一にも転がることを想定してあるものをここに集めてほしい……後は俺がなんとかする!」
「フ、フラランド〜!!」
 キャアー!と高い声をあげてトンタッタ族がフランキーを称賛する。中には感動のあまり涙まで流すものもいる。興奮しすぎである。二言三言、ヴィオラへと言葉を交わしたフランキーは不敵に笑って立ち上がる。
「そうと決まりゃあやるぞトンタッタ!まずは工場の中を空っぽにすんぞ!」
「おー!!」

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投稿日:2023/0127
  更新日:2023/0127