若人は行進する
カブとハイデリヒが入ってきたことを確認したレイルスは壁に手を当てて再び錬成を起こす。入ってきた穴を塞ぎ時間を稼ぐためだ。見た目だけなら誰もこの部屋の中に侵入者がいるなど思わないだろう。ローの元で覇気の存在を知ったレイルスであるため、時間の問題だということも重々承知している。だが少なくとも見聞色を使えない下端の目は欺ける。塞いだ穴をみて律儀に歓声を上げる2人を無視してレイルスは話を進める。「さて、ハイデの目的は?」
我に返ったようにハッとしたハイデリヒは咳払いを一つして人差し指を立てた。
「僕はこの国が輸出していた武器の行き先、可能であれば武器の輸入元も知りたい」
ふむ、とレイルスは頷く。カブは地下で働かされ続けていたおもちゃやトンタッタの仲間達が運んでいたもののなかに武器が多く含まれていたことを知っているため顔を険しくする。ハイデリヒに視線で「そっちは?」と問われたためレイルスは素直に口を開いた。
「こっちはパンクハザードから輸出されたあるDNAの輸出先」
「DNA?」
「濁してたらこの量捌けないか、私のDNA」
「ぶ」
「おし探すよ」
「て、手伝うれす!」
待ってと叫びかけたハイデリヒだがなんとか言葉を飲み込んで目ぼしい本棚へと向かっていく。どちらも輸入輸出に関する資料を探しているとなれば自然と近い場所へ足を向ける。背の高い本棚の前に立ち自然とハイデリヒは「上からいくね」と声をかけていた。ナチュラルにチビ扱いされたレイルスだがこの身長差であれば仕方がないと本棚中腹あたりから手をかける。ここで意外にも一番戦力となったのはカブだった。その小さな体からは想像できない力を発揮し、ハイデリヒでも届かない高さにある資料の山を背中に乗せて降ろしては、他の本棚でも怪しいものがあれば「これはどうれすかー!」と文字通り飛んで持ってきてせっせと2人の作業を補助したのだ。
すっかり2人の周りを資料の山にしたところでレイルスがストップをかけ、3人で資料を捲る作業へと移る。
「……それでDNAって?どういうこと?」
手元の資料から目を離すことはせずハイデリヒはレイルスへ問いかけた。
「よくわからんけど海軍経由で私の遺伝子を持った人間を作ろうとしてるらしい、それをシーザーがパンクハザードで進めてた」
「……僕頭痛くなりそう」
胡座をかいて分厚い資料を載せていたハイデリヒは、開いていた「海運予算会議書」とタイトルの付けられたファイルに顔面を押しつけた。ハイデリヒが知らないだけでレイルスは政府や海軍に他とは違う特殊な理由を持って追われているようだと察する。投げやりな言い様からレイルス自身もその訳自体は知らないようだ。「うう」と唸り声を上げたハイデリヒは健全な予算会議書であった資料を傍によけて新しいものに手を伸ばす。
「そっちの武器ってのは?」
「ドフラミンゴは闇のブローカーとして裏社会を牛耳っていた。そのビジネスの一つに武器の大量売却があって……武器はここドレスローザから各国に輸出されている」
なかなかに闇の深い話にレイルスの眉間にくっと皺が寄る。かつて愛と情熱の国と呼ばれた国が、今や世界へ向けて武器をばら撒いていたなどと皮肉もいいところだ。輸入元も知りたいという発言から、ドフラミンゴの言っていた通りこの国の工場はSMILEの作成だけを専門とし、国内に他の工場を作ってもいないのかもしれないとレイルスは思案した。少なくとも地上にはないというのは確かだろう。
「武器の工場はこの国にはないれす!隈なく探しましたので間違いなく!船に乗って大量に運ばれてくるのれす!」
ブンブンと両手を振って主張するカブの言葉からも真実味が強い、そうと頷いたレイルスはバラバラと資料を凄まじい勢いで捲りハイデリヒから「相変わらずとんでもない速読」と呆れられていた。片腕でも脚も使って、器用に分厚い資料を捲る姿はあの日ハイデリヒの住まいにて見ていた光景と変わらないように男の目には写る。それなのに華奢な身体からは片腕が確かになくなっているものだからハイデリヒの脳は困惑しそうだった。
「大量にっていうのは一つの船で?それとも複数の船が何度もくるってこと?」
「ええと、一つの船れす。大きい頑丈な船で大体月に一度……真っ黒で大きな船なんれす」
「なら考えられるのは二つ、一つは往復1ヶ月かかる場所に武器生産の工場があり、そこから回収してる」
新しい資料に手を伸ばしながらレイルスはハイデリヒをじっと見つめる。いつの間にかハイデリヒも資料から顔を上げてレイルスの目を見ていた。蜂蜜を溶かしたような、人の顔に収まっているのが不思議なほど爛々とした瞳。甘そうな色なのに、そこに宿るのはどこまでも純度の高い理性と知性だ。あの島の地下、資料の積まれた薄暗い場所でランプの光に照らされるこの色を見るのがハイデリヒにとっては救いで、楽しみでもあったことを思い出す。
「近場の複数の島に工場があり、そこを全て回って回収しているのがもう一つ考えられる可能性。だけど後者なら革命軍すら掴んでいない武器生産を行なっている島がいくつもある事になる。ドフラミンゴも七武海という立場上そこまで堂々とできないはず。現にパンクハザードっていうログポースすら指さない絶好の場所でシーザーを匿ってた」
「この島から往復1ヶ月圏内の島で、海軍の手が届かない国――世界政府非加盟国に工場がある?」
「確率としては相当高いと思うよ」
「君の頭の出来ってどうなってるの」
「優秀で悪いね」
ワハハと威張るように笑うレイルスの言葉は嫌味にもならないほどに事実だ。むしろこれだけの頭脳を持っていて天狗にならない、人をバカにしないレイルスの人の良さにハイデリヒは表情を和らげた。シーザーのような男には全く容赦のカケラも見せなかったレイルスを見ればハイデリヒもレイルスへ向ける盲目的な肯定を多少マシにさせるだろうが、残念ながらシーザーはすでに出国してしまっていた。ハイデリヒが思うほどレイルスは善人ではないし人がいいわけでもない。ただ、弟と同じ顔をしているハイデリヒに対してレイルスが幾許か優しくなっているだけだ。
軽口を叩いて笑いながらも、胸中にて政府とドフラミンゴの共謀の説が濃厚であることをレイルスは最悪の可能性として思慮していた。政府の組織がドフラミンゴにとって都合のいい情報操作を行った時点でこちらの可能性もかなり高い。流石に大っぴらにやるほど政府もバカではないと思いたいため口にはしないが、万が一にも政府加盟国無いし政府直属の施設で武器生産を行ってドフラミンゴを仲介させているとしたら救いようがないなとレイルスは吐息と共に肩を回して思った。そうだとすれば政府はよほどの馬鹿だ、いくら元天竜人といえど海賊に弱みを握らせていることと同義、転覆も間近だろうなと冷静にレイルスは判断する。事実無根であることを祈るのみだとレイルスは嫌な考えを脳の隅へと押しやる。そうして考えながらも目を走らせていた資料の中に違和感を覚えたレイルスは、再度中身を確認してニヤリと笑う。
「あった」
持っていた資料をハイデリヒへと向けたレイルスは妙な金の流れがあるとある王国との輸出入のやりとりが記された資料を見せた。覗き込んだハイデリヒは確かにレイルスが指差した先で項目名がブランクのまま多額の金額がドレスローザに入金されている部分を睨む。資料を受け取り背表紙を改めるとどうやら昨年の2国間での金品の流れを記したもののようだ。似た背表紙のものが大量にある、ピンポイントで武器のやり取りのみ記したものは流石にないかとハイデリヒは大きくため息を吐き出した。そこまでの重要機密となると幹部の頭の中に情報があると考えた方がいいだろう。だからこそこうして地道に探す他ないということだ。
沈んだ様子を見せるハイデリヒの心中を察したレイルスが口を開く。
「ドフラミンゴが捕縛されればここからの武器をあてにしていた国へ少なくはない余波がいく、武器が流れてこないことを知ったら彼らはどうすると思う?」
はいカブ、とカブを指差して問いかけたレイルスに驚きながらもカブは「こ、困ってどうしてだって怒るれす?」と不安げに答える。満足げに頷いたレイルスはちょうどレイルスの座高より少し低い程度になっていた資料の山に手をついて支えにして立ち上がり伸びをする。やけに奔放な動きに見えるのはレイルスがどこまでも自由に飛び回るのをハイデリヒがよく知っているからだろう。
「大正解、ドフラミンゴに直接話を聞きたがるだろうから後はお得意でしょ」
パチンと指を鳴らしてニヤリと笑うレイルスにハイデリヒは心得たように何度も頷く。
「……なるほど、捕縛のニュースが流れた後に通信を傍受すれば直近で戦争を計画していた国の炙り出しはできる!」
目を輝かせて喜色の混じった声を上げたハイデリヒは、レイルスが手をついていた山とその背後に同じ背表紙を見つけて気合を入れ直す。やってやろうじゃないか、国名は全て記録する。仲間を派遣するかどうかの優先順位は通信の傍受後に行えば確実だろう。全ての資料を持ち帰ることが可能であればそうするがそこまで欲張ってはいけない、ここは今まさに戦場なのだ。
「私が求めてる情報は少なくともこの山の中にはないみたい」
ふぅと息を吐いたレイルスは酷使した目を休ませるように瞼を下ろす。わかりやすく金庫でもあればよかったのだがそれらしいものは見当たらない。隠し扉なんて古典的なものももしかしたらあるのかもしれないが、探す時間はないだろう。SMILEに関する資料もないことから、ハイデリヒの調べている武器とはまた取り扱いが異なるのは確かだ。特にSMILEに関してはドフラミンゴの生命線とも言ってもいい、簡単に目に入る位置にはないだろうし場合によってはドフラミンゴが個人的に管理している可能性だってある。
レイルスのDNAに関する資料についてはあくまでドフラミンゴにとっては保険、海軍に対する切り札だ。武器の輸入出情報よりは多少重要だろうがSMILEには劣る。入り口の頑丈さからも現在レイルスたちがいる部屋に資料が集中していることは間違いない。国の情報の中心部ではあるが、機密の程度によってはパンクハザードでの騒ぎもあって場所を移されていることだって想定できる。そこまで脳内で考えを纏めたレイルスはゆっくりと目を開けてから座って資料を真剣に見つめるハイデリヒを見下ろした。
「私は行くけど、残る?」
戦闘も激化してきているだろうことは、衝撃音や揺れからも理解していた。戦況によっては行動を考え直さなければならないレイルスが室内に留まり続けるのもそろそろ限界だった。レイルスの言葉に弾かれるように顔を上げたハイデリヒは、眉をヘニョリと情けなく下げる。
「うん」
「そう」
やるべきことがある、革命軍としてドレスローザにいる己の立場をハイデリヒは自身でよく理解していた。無茶を言って任務に割り込んだからこそ使命は何においても優先すべきこと。たとえあのどんよりとした生活から引っ張り上げてくれたレイルスが相手だとしても、私情で動ける状況ではなかった。
レイルスにそのつもりが全くなくとも、ハイデリヒにとってはただ裏方で情報を盗むモグラのような生活から抜け出すきっかけはレイルスが与えたものだった。「辛気臭いツラ似合わないなぁ〜」と何の気なしに零された言葉に、どれだけハイデリヒが縋り、助けられたことか。レイルスが走り去っていった先があまりに眩しくて、レイルスの髪も輪郭も全く見えず溶けて消えてしまって。目と鼻の先である海軍本部にて起きた戦争の渦中に飛び込んでいき、その後の新聞記事でも悪行のみが取り上げられ安否すら不明。追いかけなければきっともう二度と会えないとハイデリヒは確信した。もう見えないところにまでいってしまっているのだと、今すぐ走り出さなければ間に合わないとハイデリヒは弱い体を言い訳にすることをやめた。仲間を死地に送る情報を得るだけの仕事から、仲間の背中が見える位置で控えることを許されるようになって何のために自分が生きているのかをより考えられるようになった。どこか影のあったハイデリヒからすっかり憂いが抜けて明るくなったことに革命軍の仲間は喜んだが、理由が女となればそれなりに動揺と心配、そして女性陣から嘆きの声があがったのだがハイデリヒは知らない。多くを背負って、覚悟を決めて今を生きているハイデリヒはしっかりと頷いた。その顔にはもうどこにも影など見当たらない。
「僕は大丈夫、仲間へ連絡も取れるしここからも出られるだろうから好きに出ていいよ」
「オッケー」
「でも、この戦いが終わった後にまた会ってくれる?」
ハイデリヒの言葉に目を瞬かせたレイルスはニンマリと口角を上げて不敵に笑った。
「海軍より先に来るならね」
「はは!僕らも避けたいから急ぐよ」
麦わらの一味、はたまた死の外科医。彼らが負けると微塵も思っていない無意識のレイルスの発言にハイデリヒも笑ったのだった。
投稿日:2023/0210
更新日:2023/0210