奇抜に嗤う
ギリギリの状態で最後の最高幹部、トレーボルを撃破したローだったがトレーボルの心中ともとれる最後の特攻により危機に瀕していた。道連れを狙ったトレーボルの攻撃だったが間一髪ルフィがローを引き寄せてその場から離脱。王宮の下の段で待機していたロビンの目にも飛び出してくる船長と、ボロボロの姿でルフィに抱えられるローの姿が映った。「ルフィ!トラ男くんをこっちへ!」
「ロビン!助かる、トラ男はもう十分ミンゴを追い込んだ!」
ロビンを視認したルフィが安堵の声と共にローをひまわり畑へと放り投げる。ロビンには最初、ローと共に落ちてくる小さなものが何か判断がつかなかった。しかし徐々に近づいてくるローの右腕が欠けていることに気が付き、それがもがれた腕であることを理解して頭が真っ白になる。
「嘘、腕が」
知らず声が震える。怒りか、恐怖か。能力でネットをはりローをキャッチしたロビンはすぐさまローの傷口を確認する。止血のために布で覆われてはいるもののボト、と血が滴ったのを目視したロビンの目が焦りにより見開かれる。フォラッシュバックのように2年前腕を落としたレイルスのことが脳裏に過る。赤犬の能力によって焼き落ちた腕。今尚肌に濃厚に残るケロイドの痕。
ふるふるとロビンは首を振る。今目の前の惨状をどうにかしなければ、と思考を無理やり切り替える。医者であるローがこの状態、麦わらの一味の船医であるチョッパーはすでにこの島にはいない。失血死が最も懸念すべきであるが、ロビンの脳には同時にローの腕はなんとか元に戻らないのかと言う声がこだまする。オペオペの実の能力について麦わらの一味は多くを知らされていない。それでいいと考えていたし、そうするべきだとも思っていたがこうなってしまった時ローが自身の能力でどこまで可能であるかを知っておくことは必要だったのだと少しの後悔が覗く。止血に一番効果があるのは圧迫よりも焼いて傷口を塞いでしまうことだ。しかし同時にローの能力によってこの切断された右腕を縫合できる可能性を潰すことにはなるのではないかとロビンの聡明な脳が待ったをかける。
「ニコ・ロビン!余計な真似をするな、そいつはまだ息がある……退場じゃない」
真っ直ぐにローへと向かってきたドフラミンゴが夥しい数の弾糸を浴びせんとする。ルフィがそれを阻止しようとするも間に合わず、ここまでかとロビンがローに覆いかぶさった時。ロビンの視界は真っ白なコートの生地に、耳はバチバチという雷鳴に似た音に占拠された。
「『金の斧・銀の斧』!……すまない、さっきまで眠ってたよ」
「あっぶな」
キラッキラの笑顔で振り返ったのはキャベンディッシュ、そしてロビンのすぐ横で見下ろしているのは一味がずっと探していたレイルスだった。レイルスは城内にてドフラミンゴの部下を相手取りながらひたすらに壁を錬成し通路を作って進んでいた。ちょうど王宮がトレーボルにより爆破されたタイミングで外が近いことを察知し城壁に小さく穴を開けて様子を伺っていたのだ。除いた途端ボロボロになってローが降ってきて慌てて穴を拡大、息つく間も無くロビンがドフラミンゴに攻撃されたため城壁を変形させて滑るようにして移動してきたのだ。ご丁寧にキャベンディッシュの前方にはドフラミンゴの攻撃を防ごうとした障壁まで錬成している。レイルスの髪の毛にしがみついていたカブは慣性の法則に則りピョーンと飛ばされ、ちょうどレオ達の佇んでいた場所に着地した。「カブさーん!!」レオとマンシェリーが再会を喜ぶ声がひまわり畑に小さく響く。
「レイルス!よかった無事で!」
「ロビンはあんまり無事じゃなさそうね」
レベッカを鉄球の雨から守ったロビンの背中は血に塗れている。ついでにぐったりと倒れるローに一瞥をくれて満身創痍もいいところだと顔を顰めた。
「レイルス!生きてんな!!」
上空からレイルスを発見し叫んだルフィに目を向けたレイルスは大丈夫だというように手を挙げる。そしてその指でドフラミンゴを指差した。ルフィはそれに気がついて息を吐くように笑う。任せろと言わんばかりにルフィはそれ以上レイルスへ視線を向けず、ドフラミンゴへと直進していく。
「お、おお、お前は!!」
キャベンディッシュはエフェクトを振り撒きながら微笑んでいたがその笑みをぎゅっとしわくちゃにした。最悪の世代。キャベンディッシュは己の人気(知名度)をかっさらっていったその11人の海賊が殺したいほどに嫌いだ。そのため当然のようにレイルスのことも嫌いだった。
厳密に言えばレイルスは最悪の世代と呼ばれるルーキーではない。2年前、凄まじい勢いで前半の海を攻略した一億超えの海賊をそう呼称しているのだ。しかしながら、最悪の世代という名称ができて少し。最高額であったユースタス・キャプテン・キッドの3億1500万ベリーを大きく超えるレイルスの4億5000万ベリーの手配書が出回った。世間は驚愕の初回賞金額に恐れ慄き、レイルスを最悪の世代としてカウントするかしないかという議論で一時盛り上がり、そしてあの頂上戦争にてどれだけ極悪非道な行いをしたのだろうと憶測と噂、ゴシップが飛び交った。そもそも世間の注目の的であった海賊王の息子を助けようとしたというだけでも話題になるには十分だったのにも関わらず、幼い頃の写真が載せられた手配書とくれば新聞社が黙っているはずもないのだ。2年間隠密を重ね下火にはなったものの、レイルスの名と手配書は人々に強く印象付けられ記憶に残っている。
「鉱!わかるぞ僕は!鉱だろうお前!ここであったが100年目!!何っでこんな場面で!!」
両手を上げて威嚇するようにして怒鳴ったキャベンディッシュにレイルスは「うお」とのけぞる。キャベンディッシュは血走った目でギョロッとレイルスを一瞥する。キャベンディッシュの美しいブロンドとはまた違い、まるで黄金を溶かしたような濃く滑らかな髪。王宮から上がる火が反射する瞳はまるで夕焼けが落ちる前の海を連想させる。ハイデリヒに渡された上着を羽織っているとはいえ、上品かつエレガントな王宮のドレスを身に纏っていることには変わりはない、戦闘でボロボロになっていることを差し引いても、キャベンディッシュの目に映るレイルスは。
「美しいだと!?」
無骨で蛮族らしい海賊であれば切り刻んで殺してやることもやぶさかではないが、基本的に紳士であるキャベンディッシュはここにきてとんでもない問題に突き当たったかのように悶絶した。いや僕のほうが美しい、でもこの色は目を引く、目立つ、すなわち敵。キャベンディッシュは顔色をコロコロと変えた。
敵か?と思うもロビンを庇っていたことを踏まえて、忙しく騒ぐキャベンディッシュに付き合う暇はないと判断し無視することとしたレイルスは残酷にも賢明だった。同時にキャベンディッシュがルフィにキャベツと呼ばれたためにレイルスから意識がそれたこともあってレイルスとキャベンディッシュの睨み合いは収束する。それどころではないのだ。
地面に転がっているローの腕を拾い上げたレイルスは胸に抱え上げてその断面を凝視する。ローの能力ではないのは一目瞭然だ。肉がズタズタにされ、骨が溢れた血で赤く染まっている。骨の断面を見るとノコギリで何度も行き来したかのように荒れた切断面が見て取れる。腕に向けていた視線を徐に外したレイルスは乗りかかるようにローの顔を確認する。目を閉じ呼吸が荒いが、瞼が痙攣していた。体の強張りからも意識はあるらしいと判断しレイルスはローの腕を刺青の入った胸の上に置き、身を乗り出したままローの体を挟んで反対にある無事な左手の間に手を滑り込ませた。
「喋らなくていい、イエスなら強く握れる?」
ぎゅ、と痛いほどレイルスの手が握り込まれる。うっすらとローの瞼が上がった。
「トラ男くん!」
「ロビンがキャッチしてくれてなかったら死んでたね、後でお礼言いなよ。色々言いたいことはあるけど」
ふと視線を落としたレイルスの横顔を見てロビンは思わずと言ったようにレイルスの背中に手を当てた。2年前、腕を無くしたレイルスを助けたのはローだ。その後もずっと行動を共にしてきたのだから思うところはあるだろうことは想像に容易い。ロビンは下唇をキュッと噛み締めてから不器用にレイルスの背中に当てた手を上下させた。ちら、とロビンに視線を向けたレイルスは決意を固めたようにローへと向き直る。
「能力を使う余力はないよね」
少し間をおいて、先ほどよりはずっと緩く手を握られる。グリーンビットでも相当能力を使っていたのだ、どれだけの時間ドフラミンゴと対峙していたのかレイルスは推測するしかないがもし手錠が早い段階で外されていたとするならもう数時間は経っている。おまけにこれだけ体がボロボロで、意識を保っているのだけでも一苦労とくれば当然のように能力の施行は無理だろう。
「壊死した後自分でこの腕つける方がリスクがない?」
駆け寄ってきていたトンタッタの3人とキュロス、レベッカが息を呑む。上空ではルフィとドフラミンゴの戦闘が少しずつ激化し始めていた。
「……今」
ひどく掠れたローの声がレイルスの耳に届き、慌てて耳を口元に寄せた。ただでさえ国内は喧騒で満ちている中、頭上ではルフィが暴れ始めているのだ。か細い声はすぐに空気に溶けてしまう。
「今付けろ」
端的に告げたローと間近で目を合わせたレイルスはその真意を探るように静かだった。しかし意識が飛びそうになりながらもローの意志は固い。それを読み取ったレイルスは小さく頷いて再びローの腕を手に取った。細身とはいえローも筋肉質である方だ、ずっしりと重たい腕をレイルスは抱え込むようにして持ち上げて立ち上がった。
投稿日:2023/0226
更新日:2023/0226