奇抜に嗤う


「下の段にバルトロメオがいるはずだ、やつの能力ですぐに下へ!」
 ルフィの「頼んだ」という一言で愉快な連想ゲームをしてこの場の動けない人間を任されたキャベンディッシュはロビンにそう叫ぶとすぐに行動に移すべく駆け出していった。それを横目に見送りながらレイルスはローを移動させた方がいいと判断したもののレオとマンシェリーの姿を見てはたと思い至る。凄まじい速さで頭を回転させ、じっとその場に佇んだ。そうこうしている間にローは力尽きたように気を失ってしまっている。
「なんとかなるのかレオ」
「切り口がぐちゃぐちゃれす、うまく縫い合わせられれば」
「そうしたら私のジョウロで治癒できるのれすけど」
「本当?」
 四対の目がレイルスへと向く。レイルスはレオとマンシェリーに突き抜けるような視線を向けて再び静かな声で「本当?」と問いかけた。
「ほ、本当れす!ヌイヌイの力と」
「チユチユの能力で!」
 力強く頷いて見せた2人にレイルスは目を細めた。2人の能力の一端は幹部であるジョーラを撃破した際に認識はしている。その2人ができるとはっきり断言したことはレイルスにとって選択肢を増やす結果となる。納得したように「頼むかも」と告げたレイルスにレオとマンシェリーは同じく真剣な目で頷いた。
 レベッカは初めて邂逅するレイルスの視線の強さに思わずたじろいだように呼吸を呑む。そしてその腕が片方ないことに言いようのない不安感のような強烈な感情が湧き上がりぎゅっとした唇を噛み締めた。片腕なのだ、たった今千切れてしまったローの腕を抱えるその体にも腕が欠けている。それなのに誰よりも冷静にローの状態を確認し、救おうと動いている。そこに躊躇いも同情も、恐怖も微塵もない。歳はきっとレベッカと変わらない、それなのにこんなにも強く立っていられるレイルスにレベッカは圧倒された。まさに片足の父と同じような存在感をレイルスに感じたのだ。
「とにかく、今は下へ。ここでは満足に治療もできないだろう」
 キュロスの言葉に各々が頷きローを移動させようと行動を始める。レイルスは羽織っていた上着を脱ぎ捨ててローの傷口に被せる。
「それ、思いっきり縛って」
「任せてくらさい!」
 バルトロメオの指示を出して蜻蛉返りしてきたキャベンディッシュがローを抱えるために跪く。それもそうだろう、この中にいるメンバーの中でキュロスは片足、レイルスは片腕。レベッカとロビンは女性であるため気を失いかけているローを運ぶには心許ない。トンタッタ3名も無理があるとなれば消去法でキャベンディッシュがローを運ぶしかないのだ。
「鉱、君もかなり血を流してるようだが動けるのか」
「そこの片足の人に言ってやんなよ」
 レイルスも全身切り傷だらけではあるがキュロスと比べるとその差は歴然である。男と比べるなとキャベンディッシュは目で訴えたがレイルスはフンと鼻を鳴らすのみ。ピキリとキャベンディッシュの額に血管が浮いたがルフィとドフラミンゴの戦闘により瓦礫まで飛来し始めたため慌てて移動を開始する。顔の割にローよりも身長の高いキャベンディッシュは軽々とローを抱き抱えて走り出した。しかし戦闘音か、走る振動かいずれかの要因によってローが目を覚ます。
「待て」
「気づいたかトラファルガー」
「俺を、置いていけ」
「何を言ってるんだ!」
 キャベンディッシュに掴みかかり脂汗を垂らしながらローが血を吐くような声でそんなことを言い出す。先に走り出していたキュロス達は海賊が足を止めたことに気が付かず進んでいく。レイルスは肩で息をしながらローを見つめた。抱える腕は徐々に温度を失いつつある。
「13年間、俺はドフラミンゴを撃つためだけに生きてきた……やれることは全てやった、後は麦わら屋に託すしかない。あいつが勝つのならここで、見届けたい」
 意識が朦朧としているのだろう、焦点の合わない瞳孔が開閉している。それでも見上げられたキャベンディッシュはローの言葉に口を挟むことも足を無理に進めることもしなかった。
「もし負けたなら俺もここで共に殺されるべきだ……俺があいつをこの戦いに巻き込んだ……ここで見届けたいんだ、置いていけ!」
 ほんの少しの後悔と、自分に対する怒りとやるせ無さを滲ませた声。
「トラ男くん、同盟の船長の立場は対等のはずよ。ルフィはルフィの意志でここにいる……意志のない喧嘩はしない人よ」
「置いていけ、頼む……!」
 ロビンの説得にも微塵も揺るがない。唇を食い破るほどに噛み締めて、キャベンディッシュに懇願するローにレイルスはついにため息を吐き出した。ポーラータングで過ごした時間の中でローの頑固さは痛いほどに知っていた。
「説得できそうにないな、ニコ・ロビンと鉱は先にいけ」
 ローをその場に横たえさせたキャベンディッシュは静かに地面に座り込む。胡坐の似合わない男だとレイルスは場違いにもそんな感想を抱いた。
「自殺願望は聞けない、僕も残る……それで妥協しろ。君が死ぬとしたら僕の次だ」
「へぇ、そこでくたばりそうな外科医よりよっぽどかっこいいこと言うね」
 そんなことを言いながらレイルスもどかりと座り込む。レイルスが残る様子を見せたために3人は目を見開く。
「死にたがりもいい加減にしろ、みっともなく生き残ろうがやるって決めたんなら最後まで戦いなよ。万が一ルフィがやられたなら、その後ドフラミンゴにとどめを刺すぐらいの気概でいないでどうすんの情けない。それでもあんたハートの船長か」
 つらつらと暴言と共に吐き出されるレイルスの言葉に棘がふんだんに含まれていてロビンはキョトっとしてしまう。なるほどレイルスとローが長い間共に過ごしたと言うことはこう言うことかと目の当たりにし、少しだけ寂しいような心地になった。ロビンが納得してもキャベンディッシュはやや不服そうにレイルスを見下ろしている。かっこいいと言われたことも相まって百面相のように表情が変わっていてその内心の複雑さを示していた。
「君も戦えないだろう」
 キャベンディッシュ冷静さを取り戻し隻腕のそこを見つめて静かに言葉を落とす。言い聞かせるような音色にレイルスは驚いたように目を向けて、ふっと不敵に笑って見せた。
「隻腕歴2年、もう十分自衛はできる」
 へらっと笑って指先でブイを作ったレイルスは何を言っても折れそうにない。ローと同じく確固とした決意を見てとったキャベンディッシュはどうしてこうも最悪の世代は曲者ばかりなのだろうとため息を吐き出す。しょうがない、折れない人間にこれ以上何を言っても時間の無駄だとコートを脱いでロビンへと差し出した。
「さ、これを」
 背中をズタズタにされているロビンへ紳士的に接するキャベンディッシュに、思わずレイルスも笑ってしまう。
「レオとマンシェリーにできれば戻ってくるように伝えてくれる?」
「わかったわ。レイルス」
 ロビンに呼ばれたレイルスはしっかりとそちらへと目を向ける。優しい顔をして微笑んでいるロビンが力強く言葉を続けた。
「必ず、また後で」


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投稿日:2023/0304
  更新日:2023/0304