奇抜に嗤う

「エルランド〜!」
 サカサカと音を立てて戻ってきたトンタッタの3名。カブもこちらに戻ってきたのを見てレイルスはムンと口を尖らせた。できるだけあの種族とは少数で対峙したいと思っているレイルスだったが残念ながらそうはいかなかったために出た不満顔である。
「僕らはどうすればいいれすか?」
「ちょいとまってて」
 そう言ってローの腹の上に腕を置いたレイルスは自分の体にある傷口に徐に指を突き立てた。あんまりな行動にトンタッタもキャベンディッシュも悲鳴をあげる。
「何をしている鉱!」
「見ているだけで痛いれす!」
「おい、俺のを使え」
 ローだけがレイルスが何をしようとしているのかおおよその予想ができていたために淡々とそう告げるも、心底馬鹿にした目をレイルスから向けられて閉口した。出血量から言えばローの方が圧倒的に危ないのだ、圧迫して止めている血をどうして使えと言うのだろうこの男。全てをまるっと無視したレイルスは自分の足元に滑らかに指を走らせる。青々とした草の上に血で綴った錬成陣が綴られる。トンタッタも先ほど幹部たちを閉じ込めた時のことを思い出したのだろう、頬を赤らめて期待の目をレイルスへ向けた。キャベンディッシュだけがその行為の理由が分からずにいたが、レイルスがそこに手を押し当て錬成が始まった瞬間にカッと目を見開いて驚愕することとなる。
「流石にこれ書くほど私も血出せないしね」
「んな、な!!」
「き、キラキラ〜!!」
 眩い光と共にローの下に綿密な錬成陣が出現、マリンフォードの時と同様地面に溝を作って描いたものだ。あの時ほどの大きさも綿密さもないが、精巧さだけは見劣りしないどこか儀式めいた文様。光とともに地面がうごめき表れたその陣にキャベンディッシュはポカンと口を開けたまま膝元に広がるそれを見下ろし、そっと指先でなぞる。名のある大工があつらえたような凹凸に指先を潜らせ驚きのまま怒鳴った。
「なんなんだお前は!」
 ただでさえ2年前に話題の尽きなかった鉱という女。注目という注目を搔っ攫い、生死不明の行方知れずだったために少しずつではあるがその注目も下火になってきていたというのに。ここにきてキャベンディッシュの前に現れたと思ったら現在最も世界から注視されている麦わらとハートの海賊同盟と行動を共にしているだけに飽き足らず、なんだその技は。
「目立つだろうふざけるな!!」
「なんなのこの人」
 怒りどころが全く分からないレイルスはやや不気味そうにキャベンディッシュを見上げた。情緒が不安定すぎてなんか怖い。トンタッタも突然の咆哮とぐしゃぐしゃに歪められたキャベンディッシュの顔をみてヒィと互いに抱き合って震えた。
「しかもあの輝き、お前、お前そんな輝かしい、お前……!!」
 ぶつぶつと言い続けるキャベンディッシュを放置することとしたレイルスは、2年前よりも格段にスルースキルがアップしていた。それもこれも大概愉快で自由奔放な海賊たちのせいである。麦わらの一味はもちろんだが、ハートのクルーも相当にマイペースかつ自分勝手であったため降りる頃にはベポが「すみません」とへこたれて居る様子をみてもガン無視していたレイルスである。余談だが再会してすぐのサンジをスルーできなかったのは、彼が群を抜いて異様だったからだ、現時点でレイルスの中で彼を超える奇行をとるものはいない。サンジが知ったら血を吐いて嘆くだろう評価である。
「さて」
 腕をローの腹から取り上げたレイルスは上からローをのぞき込む。長い金糸がはらりとローの頬をくすぐったが痛みでそれどころではないローはピクリとも反応しなかった。
「今から腕の断面を『均す』」
 ぴょんとレイルスの肩に乗り上げたレオの視線がローとレイルスの顔を往復する。マンシェリーは不安げにきゅうとその小さなこぶしを胸元で握りしめた。レオによってぎゅうぎゅうに縛られていた腕の布を取り払い、ローのコートもたくし上げて傷口を露にする。怯みもせずに行動するレイルスだが片腕であるため動きは遅い。見かねたキャベンディッシュが黙ったままレイルスの手をよけさせて手伝いを買って出た。小さく「どうも」と告げたレイルスはローから取り上げた血がしみ込んだ上着を容赦なくローの口へと押し込む。「ンガ」と間抜けな声を上げたローが視線だけでも相手をズタボロにしそうなほどの睨みをレイルスへ向けたが、レイルスはざまあみろというように鼻で笑って見せた。
「死ぬほど痛いけど死なないでね」
 そう告げると、それまで弧を描いていたレイルスの口が一文字に閉じる。怖いほどに真剣な表情、沈黙の中でレイルスが思考を巡らせているのがその場にいる全員に伝わる。ふー、と両肩が持ち上がるほどに深い呼吸を一つ、二つ。ローは口に押し込められた布に己の歯をグッと押し込め未知へと待機する。何度も、何度もレイルスの能力は目の当たりにしてきた。だがローはそれが人に向いたことはただの一度も見たことがなかった。最初の衝撃はいまだに鮮明に記憶している、記憶力が高いというのもあるがそれだけ強烈で鮮烈だった。小規模な雷光とその向こうで独特な連鎖を波打ちながら変形していったガラスの欠片。レイルスが医者ではないことをローはよく知っている。結局レイルスがなんの能力者であるのか、その詳細も知らないままだ。けれど自分にはない知識を有していることだけは確かであり、一年と半分という短くも長いとも言えない時間の中で築いた関係値もローを大人しくさせた。多くのクルーがすごいと喜びながら報告に来た中に、「直せなかった」というものはなかった。身を委ねる理由だけが重なるものだからローは歯を噛み締めながらなぜこの女がいまだに自分の手中に落ちていないのかと笑いそうになった。
「3、2、1」
 静かなレイルスのカウントダウンのあと、ひまわり畑の端で小さな雷鳴が轟いた。


 - return - 

投稿日:2023/0320
  更新日:2023/0320