奇抜に嗤う


「テメェ覚えてろよ」
 ほとんど死にかけの声でローが唸る。空気を震わせるほど低く威圧のある声にすぐ横で腕を縫い付けていたレオはピャッと飛び上がって怯えたが、言葉を向けられたレイルスは「気絶もしないなんてこいつ気持ち悪いな」なんてとんでもなく失礼極まりないことを思っていた。ずたずたにされていた腕の断面の錬成。血肉と骨を一度分解し、平坦に作り変える。ちぎれたほうの腕と同時に行った錬成はローの想像を絶する痛みであった。当たり前だ、神経が通ったままの場所を麻酔もなしに作り替えたのだ。今までにない痛みではあるが、傷口に塩を塗り付けてかき回されるほうが幾分かましであろうと感じたほどには倒懸なものだった。この女どうしてくれようと刺さんばかりに睨み上げるローの視線まで無視したレイルスは本当に怖いもの知らずである。睨む体力すら尽きたローはその後すぐにぐったりと瞼を下ろして呼吸を整えるべく沈黙した。呼吸からもやはり気絶はしていないようだと判断したレイルスは眉を寄せてローの精神力の強さに感心した。
 ローがべっと乱暴に吐き出した上着をみてハイデリヒに悪いことをしたななんて思いながらマンシェリーが能力を使う様子を眺める。綿毛のような小さな光る玉。それをローの腕へと押し込むようにして吸収させている。グリーンビットでローやロビンから聞いていた能力の制限の話を僅かながらに気にしながらもレイルスはそこまで口を出すのも浅慮だろうと口を閉ざす。聞いたらペロッとすべて話してしまいそうなトンタッタだからこそ尚更レイルスは問うことを辞めた。
 見晴らしのいいひまわり畑から島の外へと目を向ける。まだ遠目にしか見えない鳥カゴであるが、トンタッタであれば隙間から逃れられる可能性があるだろうとレイルスは考えていた。もちろん時間経過とともに糸と糸との間隔も狭くなるため現時点ではという枕詞が付くが、それでもトンタッタにそのつもりが一切ないことは明白だ。そんな彼らに余計な口を出すのも憚られてしまい結局レイルスは閉口してしまう。
 キャベンディッシュは一連の荒すぎる治療を見て、噂の一つとしてあったトラファルガー・ローが頂上戦場から鉱を連れ出し、自身の部下にするべく籠絡したというものはとんだ嘘っぱちだったのだなと内心で思っていた。悪人面だがローも見た目は騒がれる程度には整っている。鉱についても幼少期の写真ではあるもののそれなりの美貌だろうと噂されており、なんならかつての海賊王の右腕である冥王レイリーすらも落としたなんて話題も上がっていた。だからこそそんな年頃の男女が命からがら海軍の手から逃れたとなれば「そういう仲」なのだろうとキャベンディッシュすらも思っていたのだ。ちなみにレイリーの噂については面白がったシャクヤクとなんの悪意もないハチによってシャボンディ諸島よりじわじわと拡散されたものである。ローとレイルスが聞けば怒り狂うだろう噂を懸命にも心の中だけに留めたキャベンディッシュは運がよかった。
「無事終わりました!けど、本当にくっつくかどうかは……」
「この後血が流れだせば大丈夫れす、けど無理は禁物れす!」
 ローやレイルスではなく、キャベンディッシュにそう伝えたトンタッタ。どうやら保護者枠として扱っているらしい。そのことに気が付かなかったキャベンディッシュは丁寧に彼らの言葉を聴き最後には感謝の意を述べた。王国を追放される前は王族としてしっかりと教育されてきたために、下手をすれば国に仕える兵士よりもよっぽど教養と礼節のあるキャベンディッシュである。そんなキャベンディッシュの対応に安堵したのだろう、トンタッタの意識がローのことから逸れて眼下の惨状にシフトしていった。
「ドレスローザが」
 心の底から、悲しさだけを滲ませた声。マンシェリーの大きな瞳にうるうると水分が溜りだす。しかしそれも束の間、すぐに決意をしたようにギュッと手を握り締めてマンシェリーはレイルスを見上げた。
「エルランド、リク王様にリク王様の戦いがあるように、私にも……私の戦いはあるれすか」
 不安げに見上げてくる小人にレイルスは一瞬息を詰める。トンタッタの姫、王妃ではないということはまだ王位は継いでいないのだろう。けれどトンタッタ族の要であることは間違いない。ウィッカンの話からも能力の話からも、そしてマンシェリー自身の自覚からもレイルスはそう判断した。震える声と涙のたまった瞳。けれど揺れない覚悟がその奥に見える。レイルスはマンシェリーへと体を向けた。
「ずっと戦ってきたでしょう」
 諭すような穏やかな声。驚いたマンシェリーの瞳からぼろ、と宝石のように煌めく涙が滑り落ちた。
「囚われていた間もあきらめなかった、今もこの馬鹿のことを助けようと尽力した。なにより誰かのために泣ける強さを持ってる」
 この世界にきて一番優しい声を出しているレイルスを見たらきっと誰もが驚く。そんな声を、顔をできたのかと驚いて、けれど納得するだろう。それほどまでにレイルスの浮かべる表情はレイルスという人間に馴染んだものだった。
「間違っているのか、正しいのか不安になるなら周りに聞けばいい。ずっと一人で戦ってきたんだから、これからは周りと戦うことを覚えた方がいい。トンタッタもリク王家も絶対に応えてくれる」
 すっとレイルスは指先を伸ばす。そうするのが当然だというように、マンシェリーの小さな頭の上を人差し指が往復した。多少乱雑な手つきではあったが、サニー号でルフィの背中をさすった時には見られなかった「慣れ」が確かにそこにあった。おろした指先をマンシェリーの前へとおろし、今度こそいつも通りにニッとレイルスは笑った。
「もう少し、一緒に頑張ろう」
 レイルスの言葉に声に、反射のようにマンシェリーは目の前に差し出されていたレイルスの小指を両手で握りしめ満面の笑みを浮かべた。

「励ましの言葉を贈るなんて随分と優しいんだな」
 レイルスの言葉を受け、瞳の力を強くしたマンシェリーはカブの背に乗ってドレスローザ上空へと飛んで行った。レオもそんなマンシェリーに感化されたのか「何かできることがあるか探してくるれす!」と止める間もなく飛び出していき、ひまわり畑にはローとキャベンディッシュ、そしてレイルスだけが残された。しかしレイルスもマンシェリーに言葉を向けた通り大人しくしているつもりはさらさらないようで近場に落ちていた王宮の床だったのであろう大理石の欠片を運び始める。
「励ましたつもりはなかったけど、まあらしくはない言葉選びではあったかな」
 戦闘の際に切られたのだろう、無残に地面に散らばっていたひまわりを数本拾い上げてレイルスは言葉を返す。励ましなどではない、誠実すぎるトンタッタだからこそ事実のみを伝えたつもりだ。ただ引きずられてしまったという自覚があるためレイルスは多少気まずげに眉を寄せている。
別にものすごく似ているというわけではない。どちらかというと髪の色や目の色でいえばキャベンディッシュのほうが似ているだろうとも思う。ただ、そのうるんだ瞳と健気すぎる心が少しだけ、ほんの少しだけ幼馴染に似ていると思ってしまったのだ。そう感じた時点でレイルスの負けも同然、レイルスは彼女に勝てたことが一度もない。後ろめたさとわがままを聞いてあげられない申し訳なさ、結局兄弟全員が彼女の願いを誰一人として聞いてあげなかった。多くの我慢を強いていたのをレイルスはしっかりと認識している。姉のように慕ってくれていた彼女には酷い仕打ちだっただろう。
マンシェリーと彼女を重ねたわけではない、けれどその健気さには報いたいと思ってしまったのは確かだった。
「それで?君はさっきから何をしているんだい」
「チョーク作ろうと思って」
「チョーク?」
 ぽいぽいとローの傍らに集めたものを投げ捨てて座り込んだレイルスにキャベンディッシュは首をかしげる。作る、それもチョーク。なぜという疑問が当然のようにキャベンディッシュの口から飛び出る。
「書くものがないと」
 そういってローの下にある錬成陣をノックするようにして示したレイルスにキャベンディッシュは一応の納得を見せた。どんな能力を持っているかは不明であるが、どうやらこうして逐一陣を必要とするらしいと理解したためだ。むやみやたらに疑問を飛ばしてこないキャベンディッシュの様子にレイルスは少しだけ驚いた。ここまですぐに飲み込んでついてこようとしたのはロー以外には初めてだった。だからだろうか、試しに専門的な言葉を紡ぐ。
「大理石は炭酸カルシウムが元になってる。そんでもってチョークの原料がその炭酸カルシウム。水と練り合わせて固めて、炭酸カルシウムの粉末を付着させるってのがチョークが地面に絵を描ける原理」
「……水分はひまわりから、ということか?」
「驚いた、頭いいんだね」
 本気で驚いた顔をして見せたレイルスにキャベンディッシュも噛みつく気力が削がれた。本来なら馬鹿にしたような言葉にしか聞こえないレイルスの言葉だが、専門用語や化学物質の名称を並べたうえで理解したキャベンディッシュのほうがイレギュラーであることは自覚していたからだ。大工や科学者などの専門職に就いているものでなければ知らないようなことを知っている、そのことに対する驚きだろうと斜に構えることなくキャベンディッシュは捉えた。
「物を作る……いやトラファルガーの腕を整えた説明がつかないか。この場に物質さえあれば機械や道具がなくてもどうにかできるのが君の力か?」
「そんなところ」
 キャベンディッシュが考えている間にもカリカリと大理石の欠片で地面に錬成陣を描いていたレイルスは完成した陣の内側に必要なものを乗せていく。ぽんと軽い仕草で手を乗せたとたん、また雷鳴がその場に発生する。まぶしさに目を閉じそうになるのをグッとたえ、キャベンディッシュはその光景を見つめる。悔しいが、やはり美しい光景。ぷっくりとキャベンディッシュの頬が不満に膨れた。
「なにその顔」
「なんでもない」
 いい歳をした男がする顔ではない。ぷいと顔をそらしたキャベンディッシュにレイルスは首を傾げながらも追及することなしなかった。聞いても理解できない人種であると諦めていたのが大きい。ひまわりの黄色が少し残ったのだろう、うっすらと黄色味のあるチョークを三本拾い上げてレイルスは立ち上がる。奔放な猫のような自由気ままなその様子に、キャベンディッシュは嫌な女だとレイルスを睨み上げる。この人間性に、肝の据わった佇まい。おまけにあんな技までもっているのだ、キャベンディッシュが認めるほどにレイルスは華があった。
「じゃあ、ローよろしくねキャ……ロールキャベツ?」
「キャベンディッシュだ!!」
 でもやっぱり嫌いだとまともに名前も憶えない生意気な小娘に噛みついた。


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投稿日:2023/0402
  更新日:2023/0402