十字の手旗
屋敷に向かう途中に呼び止められた一行は、そこでレイルスの予想が当たっている事を知る。それもこれも、影を奪われたという老人の口から出た名前が王下七武海の1人である「ゲッコー・モリア」だったからだ。「こんな体では生きている心地がせん……せめて、死ぬ前にたった一度でいいから太陽の光の元歩いてみたい……!」
そう涙を流す老人の言葉には、船で聞いたブルックの言葉に近い絶望が重くのせられている。涙脆いフランキーは同情から号泣して何とかすると宣言する。ルフィもどうせ敵はぶっ飛ばすのだからとペカっとした笑顔で了承する。その言葉を聞いてぞろぞろと木の影から一味を応援し出した被害者の会のメンツの多さにレイルスは顔を顰めた。逆に言えばこれだけの数の死体も動いている可能性があるということだ。
「奴隷なんて連れてるから悪い奴らだと思ってたが、いい奴らだな!」
ふとそんな声が聞こえ、ゾロが何のことだと怪訝な顔をする。誰よりも早く言葉の意味を理解したロビンが鋭い声で「違うわ」と否定する。
「彼女は仲間よ」
そう言ってサンジに抱えられているレイルスの頭をポンと撫でる。その行動でゾロも奴隷が誰を指したのか理解し、そしてロビンの言葉に内心で本人はそれ了承してないのではなかったかとしょっぱい顔をした。ルフィのゴリ押しの陰でちゃっかりと外堀を埋めているロビンである。ゾロは本能的にこの2人のタッグは一味の中で誰も抵抗できないのではと感じた。あのルフィに頭脳がくっつくのだ、厄介なことこの上ないだろう。
「おい誰だ今レディに対して無礼な言葉を言った奴ぁ!オロスぞ!」
足枷をつけているせいで奴隷だと勘違いをされた当の本人は話を聞いていなかったようで、ロビンの手を怪訝な顔で見上げている。
「それにな……俺こそ!!愛の!!奴隷だ!」
「サンジは何を怒ってんだ?」
「ほっとけ一生知らなくていい理由だ」
屋敷の中はゾンビで溢れており、いきなり襲われたが流石に見慣れてきた一行は大量のゾンビを一瞬で伸してしまう。一匹残された豚のゾンビに話を聞き、先にここに辿り着いていたナミ達が寝室で眠っているという話を聞かされる。しかしここでフランキーが異変に気がついた。
「あのグルグルコックがいねぇぞ?」
「あれ、さっきまでいたのに……サンジのやつどこ行ったんだ?」
「……イムもいなくなっちゃったわね」
少しだけロビンが心配そうな声をあげる。
「サンジといるなら大丈夫だろ」
あっけらかんとルフィが言う。誰もサンジの心配はせず、結局は弱小三人組の救出を優先することとなった。
ところかわってサンジとレイルスは音もなく背後に迫っていたらしい巨大な蜘蛛に口元を覆われ、一つの棺に押し込められていた。因みにレイルスを抱えていたサンジは、レイルスと正面から密着したことで大興奮の末脳みそが強制的に意識をシャットダウンさせた結果気絶しているだけである。おかげで常時であればこんな密閉空間に女と閉じ込められたとあればハッスルするであろうにピクリともしない。
サンジの気絶する過程以外の一部始終を目撃していたレイルスは、自分たちが入れられた棺桶が運ばれている事を感じ口元を覆っている蜘蛛の糸を剥ぎ取ろうと躍起になっていた。目の前にネズミの顔がついた蜘蛛が降ってきたとおもったら全身に糸を吐き出され、少しメンタルもすり減っていた。普通であれば泣き喚く状況であろうが、おえ、で済んだレイルスはやはり普通ではない。
蜘蛛の糸でグルグル巻きにされているせいで手足が全く動かせないため、申し訳ないが口元を目の前のサンジのシャツに擦り付けさせて蜘蛛の糸と格闘する。つい数刻前まで借り物の服を、なんて殊勝に落ち込んでいた様子は見る影もない。
「ップハ、取れた!サンジ!」
身動きを取ることが難しいほどの狭さなので、何とか声をかけて意識を取り戻そうとするも返答がない。横向きに詰め込まれ地面と水平に運ばれているため下になってしまっている右腕には血が滲み始めてしまっている。本来であれば1人用のものだったところに長身のサンジとぎゅうぎゅう詰めなため、レイルスは腕すら上げられない。加えて蜘蛛の糸である、せめて右手が自由であれば「陣」を書いてどうにでもできたのに。歯痒さにか舌打ちを溢し、せめてサンジが体を避けてくれればと声をかけ続ける。一向に起きる気配のないサンジにいっそ頭突きでもしてやろうかなんて悩んでいる間に突然箱に衝撃が走った。
「っ!」
ガタンと言う音とともに、棺桶が縦にされた。右の肩口に落ちてくるようにぶつかってきたサンジの頭に思わず息をつめる。棺桶の構造上、サンジの胸から上の部分が位置している部分はまだ空間にゆとりがあったのだ。そのゆとりのせいで傷口にダイレクトにアタックされたレイルスとしては溜まったものではない。息を整えるように意識をして深く呼吸を繰り返し、痛みの波と戦う。棺桶の中で、レイルスの呼吸音だけがしている。分厚い布張りになっているせいでその音も棺桶の壁に吸われていく。やっと落ち着いた時に、レイルスも呼吸音が自分のものしか聞こえないという事実に気がついた。
「サンジ……?ちょっと、息してる!?」
まさかと思い顔を横に向けるも、サンジの首筋が見えるのみ。蜘蛛の糸のせいで呼吸ができていないのではないか。そう考えが至ってレイルスは暗闇の中ゾッと顔色を悪くした。レイルスは鼻が塞がれず、口のみの拘束であったため何の問題もなく呼吸ができていたので失念していたのだ。顔と肩を駆使してサンジの口元を見える位置に動かしたところ、鼻と言わず目元まで前髪を巻き込んで覆われてしまっていた。メロリンしている目元が隠れていたのはよかったのか悪かったのか。
ギョッとしたレイルスは、躊躇うことなくサンジの顔に口を寄せて糸に噛みついた。首と舌を伸ばして何とか届いた先がサンジの右頬。もしサンジに意識があったとしたら、己の頬に舌を伸ばす女という構図に確実に天に召されていただろう、不幸中の幸いと言えた。
何度か挑戦してやっとサンジの口元から糸がずれる。同時にレイルスの口元にサンジの呼吸がブハリと、タバコの匂いとともに吹きかけられて呼吸を再開したことを知らせる。しばらくは荒かった呼吸もすぐに落ち着いたものになったことでレイルスは心の底から安堵した。気がつくのがこれ以上遅くなってしまっていたら窒息死していた可能性だってあったのだ。
ペッと口の中に入ってしまった糸を吐き出すも、しかし傷口へのダメージのせいですぐに力尽きて動きを止めた。ぐったりとしながら意識を飛ばさないよう瞬きをするレイルス。失血と、密閉空間による酸素濃度の低下は容赦無くレイルスの意識を刈り取ろうとする。しばらくは格闘していたレイルスではあったが、結局は意識を落としてしまったその時、棺桶が動きを止めた。
投稿日:2022/0112
更新日:2022/0112