杖と花

 中心に近い場所にレイルスが降り立った時、すさまじい衝撃と風圧がレイルスを襲う。ぎょっとして足を止めて振り返ると何かが砂塵に紛れて飛ばされているのが見えて息を飲む。かろうじてレイルスの目に映った桃色に、もしやと目を逆方向へと向ける。そこには毬のように跳ね続けるルフィがおり、まともに直視してしまったレイルスは「マジでどうなってんのルフィ」とぼやいた。思わず観察するようにジロジロと眺めてしまったのも致し方ないだろう程、ルフィの様相は異様だった。
 ルフィがここにいるということは先ほど吹き飛んだのはドフラミンゴだと推測できる。多くの国民もそうだと確信したのだろう、足を止めて喜びに抱き合っている。レイルスは謎の形態のまま地面で跳ね続けているルフィを不審に見つめた後、ハッと空を見上げ険しい顔のまま地面に錬成陣を殴り書く。叩きつけるように手を打ち付けた地面で錬成が発生し、ずるずると上空へと伸びあがったレイルスの足場。
 雷鳴と目を引く金色の髪。ぎょっとした国民たちが口を閉じてレイルスへと目を向けた。注目を集めたレイルスは間髪入れずに錬成で作り上げた柱の上で仁王立ちし、怒鳴るようにして声を上げた。
「足を止めるな!走れ!上見て状況理解しろ!!」
 その声は歓声を割って浸透し、空を背景にしたレイルスの背後に、まだあのおぞましい殺人糸が張り巡らされていることに気が付いて多くのものが悲鳴を上げて走りだした。後方で跳ねていたルフィがさらに上空へと跳躍し、レイルスを通過してドフラミンゴへと向かっていく、しかしどういうわけか途中で減速しレイルスの足元で崩れ落ちぷしゅうと音が鳴ったと思ったら彼の身体は縮み普段の見慣れた姿に戻っていた。
「はぁ!?」
 慌てて足場を崩したレイルスは倒れて動かないルフィへ駆け寄る。
「ちょっと生きてる!?」
「レイルス……うご」
「あ!?」
「うごけ、ねぇ」
 ドフラミンゴから離れようと、国民たちは先ほどまで走ってきた道を逆走するように戻り始める。多くの国民がルフィをレイルスを遠目にし、声を潜めてどうするべきか思い悩んでいる。レイルスの耳に疑心暗鬼になった人の囁きが届く。「あいつも海賊だから信じられない」、「近くに寄ったら巻き込まれる」、「リク王様が信じるといったのにそんなの酷い」、「そもそもあれは本物なのか」。そのすべてに律儀に額の血管をぴくぴくとさせていたレイルスはドレスを纏った麗人という見てくれなどかなぐり捨てる勢いで歯を見せて吠えた。
「うるっせぇ!邪魔だからさっさと散れ!」
 レイルスのあまりの形相に数名の女性が悲鳴を上げて、男性ですら足をもたつかせながら慌てて逃げ去る。鼻息荒く息まいたレイルスはそれで?とルフィを見下ろす。しかしそんなレイルスの剣幕にも負けない男がルフィに駆け寄ってその背中を支えた。これにはレイルスも驚いて目を瞬かせる。
「海賊麦わら!おいしっかりしろ、まだ戦えるのか!」
 コロシアムの実況解説、ギャッツはルーシーとして潜入していたルフィの戦いぶりに心底惚れ込み、そしてこの麦わらのルフィこそがその張本人であると確信していた。あんなにも熱い戦いを、胸を躍らせる戦いをできる男をギャッツは長いこと見たことがなかった。ここまでドフラミンゴを追い込み、あと一歩のところまで来ている。だからこそ、この男に託したいという国王の言葉にも心から同意をしていた。それが、巻き込まれる可能性すら度外視にルフィへ手を貸すという行為を取らせた。
「俺がわかるか、コロシアム実況のギャッツだ!」
 意識まで朦朧とし始めているルフィは頭をグラグラとさせながらギャッツへと目を向ける。一瞬レイルスがおっさんになったと誤認したルフィは混乱したが、すぐ横にレイルスの金色を認めて本物のおっさんが別にいるのだと気が付いた。気が付かなければ瀕死の状態でレイルスのきつい一発が顔面に繰り出されるところであった。
「謎の剣闘士ルーシーの正体はお前だな……?やっはりか!こんなにつえぇチビ早々いるはずねぇ!」
 かろうじて頷いたルフィにギャッツは興奮したように声に喜びを乗せる。そしてレイルスへと目を向けて「仲間か!」と閃いたという様に目を見開いた。ちっがう。口にしなかったがレイルスは内心で全力否定をした。言われすぎて否定し疲れたのである。
「ドフラミンゴが来るぞ!どうするこの試合、なにか協力できることはねぇのか!」
「……10分ほしい」
 血が滲みそうな声でルフィは吐き出す。
「バウンドマンをやったらそのあと、10分……覇気を使えなくなる」
「でたよ覇気」
 二年経ってもあまり理解できなかった理屈、覇気。先ほどの謎の形態がバウンドマンだとして、それが覇気にまつわるものだったのだろうと予想を立てたレイルスはふうと息を吐き出して立ち上がる。首を鳴らすように左右に動かし、前方の敵を見つめた。緩い風がレイルスのドレスの裾をたなびかせ、隙間から細く白い足が覗く。もうここまで来てしまったらしょうがない、レイルスが相手をするしかない。数秒持つか持たないか。持たないだろうなとレイルスは冷静に判断する。ルフィもそれがわかったからこそ、レイルスへと手を伸ばした。
「だめに、きまってんだろ」
「はぁ?動けない役立たずは引っ込んでてもらえますぅ?」
「くそ、キャッツこいつ連れてってくれ」
「ギャッツだ」
「あほかお前が負ぶわれろ」
 大きく舌打ちをしたレイルスは片腕でルフィの胸倉を乱暴につかみ、目線を合わせるように持ち上げる。ぐったりとしたルフィだったが眼光鋭くレイルスを睨み返した。仲間だとおもっていたレイルスとルフィとの会話が険悪でギャッツはつい両者を見比べる。相手を射殺さんばかりの眼光だ、敵なのか?と勘違いを受けるほど2人とも殺気だっていた。
「殺されることはない」
「わかんねぇ」
「わかる」
「わかんねぇ!」
「立ち上がれもしないルフィがとやかく言うないいから逃げろ!」
「おまえおいていけるわけねぇだろ!」
「今それどころじゃないだろ!?」
 正論をいかついおっさんに怒鳴られてレイルスはつい口を閉じる。そして務めて冷静でいられるように深く呼吸をして、荒れた呼吸を整えた。三つほど深く息を吸い込んで吐き出した時には怒っていた肩は平常に戻っていたが未だ眉間の皺は深いまま。それでも必死に脳を回転させ状況をまとめ、掴んでいた胸倉を解放しきつい視線でルフィを見つめた。ルフィが言っても聞かないということはレイルスも痛いほどよく知っていたからこそ、彼女が折れるほかなかったのだ。
「10分後にはあのクソ野郎が倒れてるって今、明言しろ」
 レイルスの言葉にギャッツは呼吸を止める。低く潜められた声には、様々な感情がこもっていたのだろう、声を発したレイルスの目はすっかり据わっていた。ルフィは落ちそうになる瞼に抗いながら、負けずにギロリとレイルスを見上げて力強く、はっきりと言葉にした。
「約束する」

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投稿日:2023/0421
  更新日:2023/0421