杖と花
「おいおい……鉱サマもいらっしゃるじゃねぇか!」
「あ?」
突然不躾に二つ名を叫ばれてレイルスは億劫そうに顔を上げる。バージェスはギラギラとした目でレイルスを視界にいれ、特徴的な声で上機嫌に笑っている。嫌なものを見たとばかりにレイルスは鼻の頭に皺を作った。
「さっきから思ってたんだが、嬢ちゃん柄悪すぎやしないか?」
「ありがとう」
褒めてはいない、ギャッツはすんでのところで言葉を飲み込む。バージェスの言葉に振り返ったサボがレイルスを見つけパッと顔を明るくした。一秒前まで鬼のような形相だった男の変わりようにレイルスは口をパタンと閉じた。
「そんなところに隠れてたのか!?」
隠れていたというか、お宅の弟に仕舞われていたというか。レイルスとルフィの様子をみて、仲がよさそうで何よりだなんて笑うサボ。やけに友好的な男にレイルスは眉をピクリと持ち上げた。まさかサボがマルコより頂上戦争でのことを聞き及んでいるなど思いもよらないレイルスは、また麦わらの一味としてカウントされているのだろうと検討をつける。それもまた正解である。
しかし、とレイルスは端正な顔立ちのサボをじっと見上げた。話しぶりから兄弟仲は良好に思えるが、なぜ今になって姿を見せたのだろうという疑問がレイルスのなかに浮かんだのだ。頂上戦争、あの場にも勇んで現れそうな気概も兄弟愛も見られる。何か訳でもあるのだろうが、今この場でルフィの兄であることを明言したことが引っかかった。サボもルフィもいわばお尋ね者。革命軍の内情は不明だが、少なくともトップであるドラゴンがルフィの父親であるという情報は世間に知れ渡っているのだから、隠す理由はあまりないとレイルスは感じる。言いふらすものでもないのかもしれないが、むしろサボの言動は兄弟関係を周知したいと言わんばかりだ。
「ハイデからも聞いてたがよく今まで潜伏できたなぁ!あんたもルフィも2年前から消息不明で探すのに苦労した!」
あっはっは、なんて笑うサボ。レイルスはなるほど革命軍となればハイデリヒ繋がりで何か聞いていたのかと多少警戒を解く。探す云々と言った言葉はそれどころではないためスルーした。バージェスの視線は相変わらずルフィとレイルスへ向いている。
「邪魔するな、革命軍にも用はねえ」
「用がない?個人的にもか?」
ぽ、とサボの人差し指に火が灯る。目を見開いたレイルスはうっすらと唇を開き、呆然とした音で「あ」と声を漏らす。見間違えるはずがない、2年前レイルスの脳に焼き付くように記憶を残したエースの炎と同じ色。メラメラの実はドフラミンゴがルフィを足止めする餌にして、コロシアムの景品とされていた。そういえば王宮でドフラミンゴの部下が革命軍のナンバー2がどうのこうのと言っていた。間違いない、目の前で起こった現象があの日処刑台から落下しながら見たものと同じであると本能が訴えていた。
「そうか、お前か」
「メラメラァ!?」
ギャッツも驚いて声を上げる。目の色を変えたバージェスはサボへと標的を移したのか再び襲いかかってくる。サボが鉄パイプ一本でその巨体に立ちはだかる。半円を描くように振るわれたパイプの鋒は的確にバージェスの頭部を狙い、その動きを急停止させる。反動を利用してサボは器用にパイプに体重を乗せて踊るようにギャッツの隣へ移動した。視界の端にバージェスを捉えたまま、ルフィへと向き直る。
「酷いダメージだ……向こうからドフラミンゴが来るぞ」
確かに少しずつ戦闘音が接近している、とギャッツが顔色を悪くする。こうも断言するということは見聞色だろうとレイルスは判断し、先ほどまでギャッツが進んできた道を振り返る。砂埃が大量に巻き起こり、瓦礫や倒壊した建物が見えるのみであったが音が聞こえるということはそれなりに近いということだ。
「俺はバージェスに手がかかりそうだ」
「平気だ……キャッツたちが少し時間を稼いでくれるんだ……」
「ギャッツだ!」
「ミンゴは必ず俺が仕留める」
「頼もしくなったな、あっちは任せろ」
「サボ」
ルフィの声に柔らかさが宿る。振り返ったサボの顔を近くで見たレイルスはその左目に酷い火傷の痕を認める。古傷なのだろう、レイルスの腕のものよりもずっと色の薄いケロイド。失明してもおかしくない位置の傷跡は痛ましいが、もう本人は全く気にしていないということが雰囲気からも伝わってくる。2年前に負ったレイルスやルフィの傷と同じく、もう彼の一部。レイルスも自然と目が行きそうなそこではなく、しっかりとサボの瞳に目を向けられた。
「食ったんだな、エースの実」
「誰にも渡さねぇよ、あいつの形見だ」
「よかった……」
しっかりと、ルフィへと向き直ったサボはにっこりとした笑みを浮かべる。ああ笑い方がルフィにそっくりだとレイルスは思う。そしてエースの実とはっきりと断言されたことで、本当にサボにメラメラの実の能力が宿っているのだと知った。
悪魔の実とはおかしな性質が多くある。一番よく知られているものとして挙げられるのがカナヅチになるということだろう。海はもちろん、浴槽など一定の水が溜まった場所に体が浸かると力が抜けて場合によっては能力が解除される。海楼石はこの性質を利用しているらしいとレイルスが聞いたときは頭を抱えた。2年経っても海楼石の成分解析には至っていないため、レイルスは海楼石が少し嫌いになっている。
そしてこちらはあまり知られてはいないが悪魔の実は能力者が死亡すると、世界のどこかでまた果実の形をとって現れるという性質がある。これもまた黒ひげはイレギュラーを発生させているが、以降同じ事例は発生していないためよっぽどあの男が異様なのだろうとレイルスは考えている。摂理も原理も不明だが、同時期に同一の能力者の存在はこれまで確認されていないことから、悪魔の実の能力者が死んだと報道された場合世界のあちこちで悪魔の実を探す動きが見られる。グランドライン以外の場所では眉唾物とも言われているらしいが、政府により売買ルートが確立されている程度には悪魔の実探しは重要視されている。それはそうだろう、悪魔の実一つで戦力図が大きく変わる可能性もあるのだから躍起になるのも頷ける。下手をすれば賞金首を海軍に引き渡すよりもよっぽど金になるというのだから、賞金稼ぎと同じように悪魔の実ハンターなるものもいそうだななんてレイルスは思っていた。
そしてエースが2年前に死亡した時も、同様にメラメラの実は果実となって再びこの世界に現れたようだ。結果として兄弟であるサボが能力を引き継いだというのだから、ルフィの安堵もレイルスには理解できた。どこかの知らない誰かに拾われるもの嫌だろうが、エースが死亡する原因を作った黒ひげに奪われるなど絶対にルフィは許せなかっただろう。
「その能力は俺が貰う」
バージェスの言葉に違和感と強烈な嫌悪を覚えたレイルスは顔を歪めるも、思考を沈める前にサボが話を切り上げた。
「じゃあ頼んだぞペッツ!レイルス!」
「ギャッツだ!」
「そうだ降ろせ!」
レイルスが我に返った途端、ギャッツはたったかと足を進めた。
「バージェスは嬢ちゃんを狙ってたぞ降ろせるか!というかお前さん鉱って賞金首の!?やっぱり麦わらの一味だったのか!どうしてドフラミンゴはお前さんだけ賞金をつけなかったんだ!?ああもうツッコミどころが多すぎる!!」
言いたいことを全部言ってやったとばかりにギャッツは吠えて肩で息をした。凄まじい剣幕だったため堪らずレイルスはキュッと口を閉じる。ギャッツは再び声を上げた。
「それにルーシー!どうなってる!?大会で優勝してメラメラの実はお前が……」
「決勝のルーシーは、俺じゃねぇ。俺は用ができてサボに変わってもらったんだ」
「ええ!?そうだったのか!?反則だぞ……ああだが、よかったな。亡き兄弟の能力を受け継ぐなんて熱い話だ」
レイルスは2人の会話からある程度の仮説を立てることに成功する。王宮スートの間にて囚われていた時、コロシアムの映像が中継されていた。なるほどあれが大会の決勝で、おそらくドフラミンゴはメラメラの実をコロシアムの優勝商品にでもしていたのだろう。サニーでルフィに意味深な言葉を向けていたことも関係しているとすれば、あの言葉が指していたのはメラメラの実。ドフラミンゴは戦略を練り敵を翻弄し掌で転がすタイプであり、ルフィはまんまと乗せられていたということだ。そして途中でサボに変わったと。ギャッツのいうように誰がどう考えても反則である。さっきから呼ばれているルーシーとは一応ローから隠密を言い渡されていたゆえの策で、偽名で出場でもしていたのかとレイルスは見事正解を導き出した。見る人がみれば一目でルフィだとばれるお粗末な変装だったがドフラミンゴには効いていたためなんとも言えない感情がレイルスの中で燻った。
「とにかく今はお前の復活だけがこのドレスローザの希望なんだ!」
足は止めない、ひたすら走るギャッツだが背後から徐々に迫っているプレッシャーと、コロシアムの猛者たちの断末魔に気を取られまいと必死だった。コロシアムの実況席について長いギャッツにはよく知る健闘士もいる。卑怯な奴らで、決して善人ではなかっただろう。けれどこの極限状態の中、己の命を賭してでもドフラミンゴに怯むことなく立ち向かっていける強さを持っていた、ドレスローザが誇る剣士たち。全身に恐怖を感じ、ルフィを逃すことしかできない自分とは違うとギャッツは唇を噛み締める。強張った掌で、屈強とは言い難い小さな男をしっかりと抱え直す。
覇気回復のため、ルフィはついに瞼を落とし沈黙する。それでもしっかりとレイルスに巻きつけた腕の力は緩めないものだからレイルスは無言で憤怒した。
投稿日:2023/0521
更新日:2023/0521