杖と花


 ローが避難場所として選んだ建物はどうやら様々な店が入っていたようで、外壁に看板が多く張り付いていた。レイルスはそこを足場に華麗に地面へと降り立ち、ふうと息をつく。いまだ人々は中心街へ向かって走り続けている。レイルスの見える範囲からでも人々がぎゅうぎゅうに集まっているのが遠目に確認できた。レイルスはそちらへと向かいながらドレスローザの建物や地面、街の風景を改めて眺める。
 基本的には石造り。地面もそうだが、大量の石レンガを用いて建物の壁から床、屋根に至るまで作成されている。ここ10年で乱立したのだろう建物は真新しく美しい。ピーカの能力を知った時に気が付いたが、国民が反乱を起こした場合にこの美しい街を利用するつもりでいたのだろう。
「押さないで、子供がいるの!」
「さっき足が折れたんだ、頼むからこれ以上詰めないでくれ!」
「だが、もっと中心にいかないともう糸がすぐそこまで来てるんだぞ!」
 国民が苦しさにあえぐ声をBGMにレイルスはふむと顎に手をあてて思案し始める。なるほど逃げ場がないと。納得したレイルスは地面へしゃがみ込みレンガの敷き詰められた地面に、先ほど作ったチョークを走らせる。ルフィのせいで半分に折れてしまっていたチョークだが、それでも十分その役割を果たしている。人々は突然しゃがみ込んだ女に不審な目を向けながらも、一目散に横を通り過ぎていく。中心街は通りが広くはあるが、建物やモニュメントが多くその分スペースは限られていた。すでに押し合いが発生しているのか、怒声まで聞こえてきている。丁寧に錬成陣を書き上げたレイルスは立ち上がってそれを一瞥して内容を確認する。少し大掛かりになるので、その陣は普段レイルスが手書きで描くものの中でも細やかであり、やや大きい。確認を終えて満足したように笑ったレイルスは人々へ向かって声を上げた。
「おーい!」
 集団の中の数名が何事かと振り返る。黒いドレスを纏った女がそこにはおり、女の腕が一本しかないことにぎょっとする。優しい女性が何事か問題でもあったのかとレイルスへと足を向けようとしたとき、レイルスがさらに声をあげる。
「そことこっち2つの建物内に避難しているようであれば、今すぐでてきてくださーい、死にまーす!」
「え」
 笑顔でなんて恐ろしいことを言うんだ、とレイルスの言葉を聞いていた人々が混乱する。しかし混乱している暇などないといわんばかりにレイルスは「10〜9〜」とカウントを取り始めた。
「い、一応中に声をかけてくる」
「私は反対へ!」
 不審者同然のレイルスであったが、どこか雰囲気があるせいで信じた数名がサッと動き出す。近場の建物へとすぐさま駆けだして、入り口や窓から声を上げて出てくるようにと促した。
「5〜4〜3〜」
「なんだよ急に!死ぬなんて!」
「早く!早く出てきて!!」
「2〜1〜」
「なにが起こるんだ」
「ぜろ」
 歩くように、レイルスは右足を錬成陣へとのせる。途端、ぶわっと風と光がレイルスの黒いドレスや金色の髪を巻き上げた。人々は目を見開いて、どうしようもなく目を引く光景に心を奪われる。血みどろで、傷だらけで隻腕の女。雷鳴の音に多くの人が振り返り何事かを慌てだす。空まで伸びる雷の筋が人々の目に反射する。鳥カゴの規則的な線を縦横無尽に切り裂くようなその光は、次第に地面へ、建物へと走っていく。
「きゃ!」
 最初に異変に気が付いたのは、レイルスへと駆け寄ろうとしていた心優しい女性だ。建物の中から避難を促していたため、錬成が起こるその場所からも最も近い位置。女の目に、指先よりも細かい大量の線が映る。建物を縦に割くように、新しいレンガ模様が描かれるように雷鳴と光と共にそれは目の前の壁から一気に建物を覆う。視線で追ったその線が屋根までたどり着いた途端、まるで溶けるように建物が上部から緩やかに崩れ始めた。
 石という石はすべて分解して地面へと再編成していく。建物上部から徐々に崩していくことで倒壊を防ぎ、建物内部を埋めるように石を移動させる。念のためゆっくりと時間をかけたのは万が一にも逃げ遅れが出ないように配慮したからだ。内部に残っている家具の類は地下空間の貿易港へと容赦なく落としていった。地中に残してもよかったが、これから人が集まる場所の地盤を緩くする策はできれば避けたかった。
「すごいよママ!きれい!」
 少年が、手をつないでいた母親をひっぱり地面を指さす。足元にまで雷光が走り、驚いた母親は思わず咄嗟に悲鳴と共に息子を抱き上げる。母親の目に、ひび割れたレンガの隙間を埋めるようにピンク色の何かが流れてくるのが映った。溶けるようにして消えた建物と同じ色だ。転がっていた瓦礫までもなくなり、足場が平らに均されていく。
 人々が集まっていた場所の端で、複数の建物が地面へ吸い込まれるように消失する。地面には建物だった石の色がカラフルな色合いで残ったのみ。中央で圧迫に苦しめられていた人々が建物がなくなったスペースにどっと押し寄せた。驚いた顔をレイルスへと向けた国民は、なにか思う前にレイルスの言葉に慌てた。
「次そこから黄色い屋根まで、こっちは緑の壁の家まで消します〜中にいる人は死にたくなければでてこーい!10〜」
「は、早く出てこい本当に死ぬぞ!!」
「伝えろ!早く伝えろ!!」


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投稿日:2023/0618
  更新日:2023/0618