杖と花

 街の中心街にあった噴水やモニュメント、建物を一掃し中心街にゆとりをもって人が収まった段階でレイルスはすっかり注目を浴びていた。その結果あれよあれよという間に国民たちに感涙の涙を流されながら崇められる勢いで感謝され、おまけに「王の大地への道作るから避けて」なんてうっかり零してしまったせいでその勢いも増してしまった。
 モーセのようにレイルスへと道を開けて見せた国民たちに辟易としつつも、仕事をするべくすこし開けた場所で新しい錬成陣を描いていた。淀みなく曲線を描いていた指先がふいに動きを止めて上空を仰ぎ見る。迫ってきていたギリギリという命を刈り取る不快な音が止まっているのだ。レイルスの様子をジッと見つめていた国民たちもすぐに気が付いて、喜びの声を上げるも束の間、数十秒の無音はまたすべてを切り裂く糸の音で支配されてしまう。
「と、止まったぞ!一瞬だが!」
「東西に向かった海軍たちが止めてくれたんだ!!」
「違うわ!麦わらの一味よ!」
 群衆の声から情報を聞き取り、レイルスはうっすらと笑う。真実かどうか、この状況で正しい情報だけが伝わってくることの方が少ないことをレイルスはよくわかっている。鵜呑みにはしないものの「ゾロだろう」と直感的に思ってしまった自分への自嘲だった。
 手早く錬成陣を描き終えたレイルスは短くなったチョークをぽいと捨てて、掌を錬成陣へあてる。バチバチという音と共になだらかで幅の広い坂道が、王の大地へと伸びていきついにつながる。人々は再び歓声を上げて礼を伝えながらその道を駆け上がっていった。指先の石灰をこすり合わせてふっと息を吹きかけるレイルスは人々を見送る。
「ありがとう嬢ちゃん!あんたも早く上るんだ!」
「はいはい押さないで転ばないようにあがれ〜」
 ひらひらと手を振るレイルスは国民たちをある程度見送って、流れに逆らう様に踵を返す。ローの出した条件を破るつもり満々だったのだ。さてドフラミンゴはどこだと遮るものがなくなった中心街から、さらに遠くへと目を向ける。そのとき、キーンという音と共に再びスピーカーのスイッチが入った。
『さぁ皆さん!もう少しの辛抱だ!』
 聞き覚えのある声にレイルスは「お」と足を止める。周囲の国民もきょろきょろとしていたが、レイルスが思いつくよりも先に「コロシアムのギャッツじゃないか?」とその中の一人が正解を導き出す。ルフィとレイルスをまとめて背負って逃げた男だ。
『スターは蘇る!皆お忘れかぁ!』
 この非常時になにを考えているのかと、多くの国民が憤る。
『いや忘れるわけがない!本日コリーダコロシアム闘技会に綺羅星のごとく現れた、愉快で!大胆不敵なあのスターを!!』
 不快な表情を浮かべていた国民たちが一変、ギャッツの口上に聞き入る。それほどまでに力のこもった声だったのだ。
『私は忘れない!誰もが恐れる殺人牛を手なずけ、雲をつくような巨人をなぎ倒し!生きる伝説、ドン・チンジャオを打ち砕き!!コロシアムを、いやこのドレスローザを沸かせた小さな健闘士!!私は未だかつてかくも自由でかくも痛快な試合をする男を見たことがない!!』
 レイルスはすぐさま、ああと納得する。なるほどルフィはコロシアムでも相当暴れたらしい。ルフィの宣言していた10分まで、体感的におそらく間もなく。正確な時間を把握しているのはギャッツと、時間を聞いていたロー位だろう。レイルスは時計を持ち合わせていなかったため早々にカウントを諦めていたため、ギャッツがルフィのことを話しているのを聞いて時間が来たのだと察した。
『その名も、ルーシー!!』
 国民たちの多くもその試合を見ていた。しかし、今その名前が出る理由がわからないと混乱が生まれる。レイルスはあのへたくそな変装がここまで通用しているという事実に顔を酸っぱくさせた。そんな簡単でいいのかドレスローザ。もしかしたら騙されやすいのはトンタッタだけではないのかもしれないなんてレイルスは失礼なことを考えた。
『しかしそれは仮初の名前!本当の名は、海賊王!!麦わらのルフィ!!』
 国民から戸惑いの声が生まれる。ドフラミゴが突然牙を剥いてきたというのもあって、国民は海賊に対して懐疑的になっていた。本来ならずっと持っていなければならなかった警戒心がやっと芽生え始めた証拠でもある。
『これまで海賊に騙され支配され続けた我々が、海賊を信じることは困難かもしれない!だが!10年前の夜、ヒーローの仮面を被って現れたドンキホーテファミリーとは違う!麦わらのルフィは真の王、リク王様をもって希望と言わしめた男!先ほどもドフラミゴと戦いあと一歩というところまで追いつめていた!!』
 リク王の名を出したことで、国民たちの意識が塗り替わっていく。ギャッツの声に同調する声が少しずつ上がる。レイルスは再び地面へと手を伸ばし、先ほど描いた陣を使って錬成を始める。グッと伸びたレイルスの足元の地面が、レイルスの身体を上空へと運ぶ。王の大地中腹に位置する場所で受話器片手に立っているギャッツは衆目に晒されていたため、国民の視線を追えば彼の姿はレイルスにも見つけられた。
『彼は今、戦いに傷つき倒れてしまったがまだ終わりではない!嬉しさに震えろ!ドレスローザ!!ルーシーは約束してくれたんだ!ドフラミンゴの……一発KO宣言!!』
 国民が興奮に湧く。どっと地面が揺れるほどの歓声にレイルスは少し顔を顰める。懸念がレイルスの身体を動かしていた。タっと王の大地へと降り立ったレイルスはギャッツが黙視できる位置に移動して、右の靴をすぽんと脱ぐ。しゃがみ込み、かかとを地面へと突き立てて円を描く。チョークがもうすでにないための苦肉の策だ。ガリガリと時間がかかる作業であるがレイルスは急ぎ手を動かした。
『聞こえてるかドフラミンゴ!お前は王を操り、世界を欺きこのドレスローザに居座った偽りの王!!ここが貴様の処刑場だ!!』
 高台にいたギャッツだからこそ、その事態に気が付いていた。ドフラミンゴの糸によって絡み取られた王妃ヴィオラ、そしてそんな彼女に今にも切りかかりそうな王女レベッカの姿。彼女たちを救おうと、ギャッツは声を張り上げる。この10年を思うと、王家の苦悩は計り知れない。特にレベッカについてギャッツはその長年の苦しみを実況席から見て、そしてひどく罵倒していた。後悔しないはずがない。直接ドフラミンゴへ剣を向けることのできない、ルフィを背負って逃げることしかできないギャッツの精一杯の戦いだった。せめてもの。そんな気持ちが震えるギャッツの手を電伝虫に縋り付かせた。
『皆の頑張りで進行する鳥カゴの時間を稼ぐことができた、間もなくだ!コロシアムの産んだスター、ルーシーは蘇る!その瞬間まで持ちこたえるんだ!!』
 人々の心に届くその言葉。まさしく実況者としての本領を発揮して見せたギャッツはカウントを開始する。
『いよいよだ!ルーシーの復活まであと10秒!!どこかで聞いているスターの名を呼べぇ!!10!!』
 国民たちが、声をそろえて数字をカウントする。残り5秒のところで陣を描き終えたレイルスはヒールごと手を錬成陣へ叩きつけた。バチバチという錬成音と共に地面に雷光が走り、ギャッツの元へ伸びていく。
『3!!』
 ギャッツがそうカウントしたと同時に、彼の目の前に壁が出現する。そしてその壁を突き破って、ドフラミンゴの攻撃がギャッツの頬をかすっていった。もし壁がなければ、腹部を貫通していただろうその糸の剣にギャッツは顔を青ざめさせてゾッとする。勢いをつけてその壁の上に着地し座り込んだ金色の女が、ふかく、ゆっくりと息を吐いて呆れた声を出した。
「煽りすぎ」
 壁の上に座って振り返る金色の女。顔にかかった美しい髪を乱雑な造作で掻き上げ、整った顔が露になる。裸足の足を揺らめかせたレイルスは仰天した顔で目を見開くギャッツに不敵に笑って見せた。

 - return - 

投稿日:2023/0709
  更新日:2023/0709