杖と花

 レイルスが城下を見下ろした時、ドフラミンゴの姿がやっと目に映った。日差しを避けるよう手で傘を作り、麦わら帽子を見て笑う。カウント10を終わらせた群衆が期待の歓声を上げるなか、その一角の攻防はギャッツの目にも映る。ドフラミンゴによって開けられた壁の穴から、身を乗り出さんばかりにして顔を出したギャッツは驚きで取り落としてしまった受話器をつかんで絶叫した。
『現れたー!!』
 レイルスは右手で右の耳をふさぎ、左の肩を持ち上げてなんとか左耳をふさごうとする。「うるさ」と嫌な顔をするも、視線の先に一瞬映った王家の姿に気が付いていたためギャッツの思惑を図り取りすぐに顔を険しくする。ローの能力だろういつものドームのしっかりと視認したレイルスは入れ替わるように出現したルフィにふっと息を吐く。両脇に控えていた実況席を彩る美女二人は、ギャッツが襲われたことに慄き、死にかけたにもかかわらず懲りずに身を乗り出している彼を慌てて抑えた。
 ドフラミンゴに対峙するルフィにレイルスも視線を向けて裸足の右足をぶらぶらとさせる。しかし安堵はしていない。ふらつくルフィの足にすぐに気が付いたレイルスは眉をひそめて舌打ちを落とした。そんなレイルスに気が付かないギャッツは興奮気味に声を荒げる。
『ついに!ついにルーシー復活!!さぁ頼むぞルーシー、一発KO見せてくれぇ!!うぉ!?』
 ギャッツの目の前に一瞬黒いドレスが舞う。レイルスが飛び降りたのだ。礼すら伝えていなかったとハッとしたギャッツはスピーカーを通して『ありがとう鉱!国民のため、道を作ってくれたその力に我々は多く助けられた!!』その実況にまた国民が声を高く歓声を上げる。レイルスは苦虫をかむように酷い顔をした。やめろ。
 町が一瞬にして白い糸に覆われる。レベッカがローの力で戦いの場から離脱させられた途端、戦闘が激化していく。目下の壁に叩きつけられるように飛ばされてきたルフィの元へ、レイルスは足を進める。ゆらゆらとまるで生き物のように先端を武装色で硬化させた糸が、槍のようにルフィに襲い掛かる一瞬手前にレイルスはルフィの前へ静かな音で降り立った。
「自ら出てきてくれるなんて、愛されてるなぁ俺は」
「頭湧いてんのか」
「だがな、その後ろの奴は殺す。そこをどけ……それ以上四肢をもがれたくなければすぐにだ」
「レイルス……!」
 血や痰がのどに絡んだような、ひどい音でルフィは名を呼ぶ。レイルスはちらとも振り返らずに肩を竦めルフィへ声を向けた。
「10分経った、まだあいつ倒れてないけど」
「これから、倒す……!!」
「ねぇドフラミンゴ」
 レイルスはここにきて、初めてその名を呼びかける。指先で糸を操っていたドフラミンゴは迸りそうなほどの怒りを殺意へと変換し、指先へと乗せていく。
「『釘』である私が死んだらだれが困るの」
 そして、核心だろう言葉を問いかけた。ドフラミンゴの動きが止まる。意味は分かっていない、この言葉を吐いたというくまと同じ七武海という立場であるドフラミンゴに鎌をかけるのは一種の賭けだった。さも知っているぞと言わんばかりのレイルスの態度にドフラミンゴの顔から笑みが消える。ルフィは目の前で自らを守るように立つレイルスの背中を見上げて唇をグッと噛んだ。
「……どこで聞いた?」
「本人が知らないほうがおかしいでしょ」
 する、とレイルスは自身の細い首に手を回す。色気すら感じられる艶っぽい指先の動き、レイルスは目を細めて笑う。
「糸の檻、今すぐ消せば生きててあげようか」
 はったりだ。さもこの手で死ねるといわんばかりのレイルスの言動に、焦ったのはルフィだ。ドフラミンゴは沈黙を保ったまま。感情を一切読み取らせないその顔をレイルスは見上げる。死ぬつもりなど毛頭ない、レイルスはここで時間が稼げるのであればどんな嘘でも厭わないと身体を張って立っているのだ。
 そしてそのはったりは、ルフィにもそうだがドフラミンゴにも有効だった。ドフラミンゴはレイルスについて知っていることが多々ある。だが、その力のすべてを知り尽くしているわけではない。その掌で、糸を行使する前になにかをしでかせる可能性があることを、しっかりと考えられていた。まさに考える頭があるこその停止。王宮でのレイルスと同じ状況にドフラミンゴは陥れられていた。躊躇い、動きを止める。重たい口を開いたドフラミンゴは朗々と語る。
「お前たち『一族』は、お前を残してもういないのだろう」
「さぁ」
 飄々としたレイルスの態度についに堪忍袋の緒が切れたのか、ドフラミンゴは吠えた。
「たかが奴隷風情が図に乗るな!」
 レイルスが動きをとめ、ひくりとドフラミンゴの顔が引きつる。凍るような静寂のなか、レイルスの背後でルフィが立ち上がり大きく息を吸う音が響いた。まさに血を吐くような絶叫だった。
「トラ男―!!」
 レイルスが瞬いた瞬間、もうその時には景色は一変していた。ゆっくりと首から手を下ろし、レイルスはあたりを見渡す。鋭い目つきで睨んでくるロー、再び戦闘を開始したのだろう遠くで爆音が発生している。呆然としたまま、レイルスはその音を聞く。
 今、何を言われたのか。反復するようにドフラミンゴの言葉を思い出したレイルスは残った右手を無感動に見下ろしていた。


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投稿日:2023/0813
  更新日:2023/0813