杖と花
「どうした」
ローの問いかけに顔を上げたレイルスは放漫な動きでそちらへ顔を向ける。いや、と首を振ったレイルスは戦いが終わったことに遅れて気が付いた。知らぬ間にルフィが気絶してレベッカに膝枕されている。大粒の涙を流すレベッカは、拭うことすらできない涙の雨をルフィの顔へ降らせていた。それをそっくりな顔で見つめて泣いているヴィオラ。異色の面子だなとレイルスはため息をついた。そしてその場にコロンと寝転がる。上空にあの忌まわしい糸の影は無い。反応の薄いレイルスに怪訝な顔をしたローだが、問いただす気力がないのでレイルスの胸倉を鷲掴んで同じように寝転がった。もう血は止まったらしいが、一度千切れた左腕である。そうとは思えないほどの力にレイルスは目を瞬かせ、そして状態を理解して顔を陰険にした。
「あ?」
「おめぇは勝手に逃げるからな、首落としてないだけ感謝しろ」
しっかりとレイルスを捕まえたローはレイルスの抗議の言葉すら告げさせずに一瞬で眠りに落ちる。倒れる際に器用にレイルスの腕を下敷きにまでする徹底ぶりである。嘘だろとレイルスは目を剥くが、端正な顔立ちは鼾すらかいて本気で入眠していた。ルフィもそうだが、ローも半年前にまんまとレイルスから逃げられているためその点に関して両船長からの信頼が全くないレイルスだった。喜びの声が絶えないドレスローザのなか、この屋上だけ穏やかな時間が流れている。
「エルリック、あなたは平気?」
「このゴリラが胸倉つかんでなかったら頷いてた」
諦めて空を見上げていたレイルスの視界にヴィオラが移り込む。美しい顔は血だらけであり、彼女も戦ったのだろうことが伺える。すん、と鼻をならして微笑むヴィオラは女のレイルスから見ても美しかった。
「そうだ、聞きたいことあったんだ」
レイルスはあ、と声をだす。ヴィオラは柔らかな声で「なにかしら」と首を傾げた。
「パンクハザード、聞き覚えは?」
「あるわ、ドフラミンゴの部下がそこに数名派遣されていたはずよ。それにあなたたちはそこから来たのよね」
「話が早くて助かるよ」
レイルスはクァとあくびをする。唯一ある手はローに自由を奪われているため隠すことなく口の中を見せられたヴィオラはまるで猫のようだと笑う。
「ドフラミンゴから私のことは何か聞いたことはある?」
「いえ……ないわ」
「それじゃあシーザーが私の遺伝子をどうにかしてたとかは?」
「……それもないわ」
「じゃあ最後、ドレスローザから武器以外で不審な貿易先はあった?」
「正直、どこも不審ではあったから……でも武器以外となるとワノ国かしら」
意外な名前にレイルスは眉を顰める。錦えもんたちの故郷の名だ。
「裏の取引の中で武器の輸出がなかったのが唯一ワノ国なのよ、でもごめんなさい。それ以上詳しい内容は知らないわ」
「……なるほど、ありがとう」
嫌なことを聞いた、とレイルスの顔がゆがんだ。革命軍が求めている情報だ。うーんと唸ったレイルスはそれでもヴィオラへ感謝を述べる。
「こちらの言葉よ……ありがとうエルリック」
しかし、ヴィオラは首を振ってレイルスの肩に手を当てた。見上げるヴィオラの瞳にはまた涙が溜っている。レイルスがヴィオラに伝えていた通り、工場に動けない寝たきりの国民を避難させたため多くの命を助けることができた。フランキーはヴィオラに大量の布とゴム、クッションなどを頼み、見事短時間で建物内部に万が一横転しても対応できるような施設を作り上げ、大きな振動でも身体に影響がでないよう配慮までしてくれていた。それも、レイルスが早くにあの糸の危険性を指摘していたからこその功績だ。
やっと泣き止んだレベッカが顔をくしゃくしゃにしてレイルスへと目を向ける。ひまわり畑で見た時よりもレイルスは普通の、レベッカに身近な女性に見える。そんな彼女がたくさんの国民を避難させるために建物や地面を変形させていたことを、レベッカは逃げ惑う国民から聞かされていた。お陰で、レベッカはキュロスに頼まれた国民の避難を想定以上に簡単に遂行できたのだ。
「礼を言われるようなことはしてないけどね」
「あなたのおかげで、たくさんの命が助かったわ」
必死にレベッカは頷く。言葉にならないのはまた涙が込み上げてきたからだ。動きに伴って涙がごろごろと頬を伝う。
「戦いの中あれだけの情報を的確に伝えてくれた、その対価だよ」
ふっと瞼を下ろしたレイルスにヴィオラは目を瞬かせる。レイルスはそのまま静かに語る。
「その能力がどんなものなのか知らないけれど、見たくはないもの、目を逸らしたくなるような惨状もしっかりと『見た』からこその情報だった」
尊敬するよとレイルスは目を開けて笑う。言葉を向けられたヴィオラは息を飲み、そして破顔する。幼いころに悪魔の実を食べて能力者となっていたヴィオラだったが、ドフラミンゴファミリーに従属してこの方、ずっとこの能力を忌々しく思っていた。この能力であの男の心の内を知り、勝手に傷を負った自身の心を思い出し苦笑する。最期に向かい合い、殺意をぶつけあったのもありヴィオラは過去と決別できたが、それでも能力に対して複雑な思いは抱いたままだ。それでも、レイルスの言葉とその瞳の色をみて込み上げてきたのは真逆の感情だった。
かつて姉と見た、満点の星空を思い出してヴィオラは喉を震わせて嗚咽をかみしめる。姉であるスカーレットは気が強く、そしてとても美しい女性だった。星空を見上げたスカーレットが「きっとこの世界で一番あの星を近くで見られるのはあなたよ」と笑っていたことを鮮明に思い出す。レイルスの瞳はあの時みた星の光にとても似ていた。大切な思い出だったはずだ、けれどそれすら心の奥にしまって埃を被せてしまうほどに、ヴィオラは国のために懸命に己を削っていた。
「それで、今聞いた情報の対価だけど」
こぼれそうになる涙を耐えているヴィオラにレイルスは再び口を開く。
「嫌なことを聞いたお詫びに、この国の中でどこか一か所……建物を直すよ、どこがいいか決めて」
対価、なんて少し怖い言い方をする優しい無法者にレベッカもヴィオラもついに耐えきれずに噴き出す。ぽろぽろと涙を零しながらヴィオラは笑った。
「貴方が男だったら、きっと私好きになっていたわ!」
王族らしい気高くも品位のある笑みを浮かべて、ヴィオラは「病院をお願い」とはっきりと国民を思って伝えた。リク王家として相応しい回答にレイルスも笑みとともに快諾を示した。
投稿日:2023/0910
更新日:2023/0910