あなたは切札
バルトロメオ曰く同志たちと共に麦わらの一味を逃がすための準備は万端。ベラミーとローが一時険悪な空気になりかけたが、外から海軍の声が聞こえてきたために一行は東の港を目指し走り出す。不意に、ずっと静かだったルフィが足を緩めて足を止めた。
「やっぱ用事があるから先行っててくれ」
「はい!?」
「ルフィ、時間はねぇぞ!要件なら急いで済ませてこい、東の港で待つ」
「わかった!」
だろうな、とため息を吐いたレイルスはギョッとして足を止めようとしたバルトロメオをせっついて前進させる。レイルスに背を叩かれたバルトロメオはパァと顔を明るくして背筋を伸ばし、元気すぎる声で「はい!!」と返事をした。レイルスを含め麦わらの一味はルフィの奇行に足を緩めることすらしない。ああもあからさまに沈黙し難しい顔で考えていた、その上納得できないとその顔に書かれていたものだからルフィの行動にある程度予想がついていたのだ。バルトロメオには余計な言葉もいらないほどの絆に写った、感涙するしかあるまい。
一瞬ではぐれそうになるゾロをフランキーとレイルスで軌道修正しつつ東へと直進する。戦後の凄惨さが色濃く残る街の中を突っ切る形をとっているため、小心者のウソップは何度も大丈夫なのかと不安そう声をあげた。当然のように海軍に見つかり「ぎゃー!」と悲鳴を上げて飛び上がったり転んだりとウソップは一人忙しい。ナミとチョッパーがいないとこういったときに騒ぐのは自分だけになるのかとウソップは先へと進んだ二人をちょっとだけ恋しくなった。
しかし目を引くことなど計算のうち、寄ってきた海兵たちはコロシアムの戦士たちによって倒されていく。知っている顔がキャベンディッシュのみだったレイルスだが、剣闘士らしい服装のままなものも多かったためうっすらとそう推察できた。すでに倒壊しきった街に遠慮は皆無と言わんばかりに瓦礫を投擲しては、建物ごと海兵を切り捨てたりとなかなかに物騒な護衛にロビンはふふと笑った。
「お、なんだここだけ地面が割れてねぇ!」
地割れや瓦礫に塗れて走りにくかった地面が突然滑らかになったためウソップが嬉しそうにする。なぜか得意げに振り返ったバルトロメオが満面の笑みで理由を口にした。
「ここはエルリック先輩が鳥カゴ収縮から国民を守るために邪魔な建物や瓦礫をきれいに避け、神がかったお力で整えた場所……んだば地面が滑らかなんだべ!」
開けたその場所はバルトロメオの言うように建物が極端に少なくなり、地面はカラフルに染まっている。レンガの隙間すら色のついた石で埋まっており、美しい広場のようになっていた。すげぇなとフランキーが地面に視線を向ける。仰々しく解説されたレイルスはしらっとした顔で走っている。
「この場所にはもう建物は増やさねぇで、記念として大切に残していくっつーことが決まったようで!だっから俺たちもここは絶対に傷ひとっつもつけねぇでお守りいたしますエルリック先輩!」
「他に気にすることあるでしょ」
要らねぇ心遣いだ。レイルスの分かり易い副音声にゾロは同意した。ドレスローザ国民もバルトロメオももっと気にすべきこと優先すべきことがあるだろうなんて、情緒がやや欠けている21歳コンビは冷たくも内心を一致させた。実際その開けた場所で瓦礫を使った反撃をすることは一度もなく、徹底した様子を見せた剣闘士たちにレイルスは呆れた顔をしたのだった。
その頃、ルフィによって王宮から連れ出されたレベッカはカルタの丘、花畑にある生家へと辿り着いていた。転び、枝で肌を切り、きれいに着飾ったドレスをボロボロにしてキュロスの前に立ちはだかったレベッカは自分の思いのたけを吐き出す。
「私!どっかの王子様の子なんかじゃないよ!そんな人知らない!」
身を切るような痛切な叫びにキュロスは一瞬息を止める。子供のころから身を守るために厳しくしてきた、王族だからという理由で国中から辛く当たられて、泣いてばかりいた。王族であるがゆえに幸せから遠かったからこそ今度こそ王族としての幸せをつかんで欲しかった。それがキュロスの本心であり、願いであった。しかしこんな強い思いでまっすぐと己を見て泣く娘を見たことのなかったキュロスは、出ていく前にひどく冷たい目をして己を睨んでいた女の言葉を思い出す。
――勝手だね
不満そうにずっと顔を顰めていた男の言葉を思い出す。
――良いわけねぇよ!
心の底で、海賊たちの言葉に心底同意する己がいたことをキュロスは自覚していた。それでもこうでもしなければレベッカは自責の念で己から解放されないと思ったのだ。自分の血を分けて生まれたとは思えないほどの優しさをもって生まれたレベッカは、殺さずの剣を突き通し母との約束を破らなかった。簡単に人を殺した自分と正反対の娘、こんなにもきれいな娘を、自分に縛り付けたくはなかった。
父親だと思い出してくれた。それだけでも十分すぎるとそう言い聞かせていた。
「何百人ひとを殺してても、手が真っ黒に汚れてても……私の父親は一人だよ!私はキュロスの子だよ!嘘つかないでよ……!」
感情が決壊したように、押し込めていた気持ちが噴出したように涙腺から涙が溢れて零れていく。ゆがむ視界の中、娘が走り寄ってくるのが見えて思わず手を伸ばす。おもちゃだった頃は感じなかった温度が触れた場所から伝わってくる。腹に顔をうずめたレベッカの涙が冷たい、回された腕が暖かい。レベッカは子供のように声を上げて父親に縋り付いた。
「ちゃんと傍にいてよ!」
「わたしが、父親でいいのか」
ずっと自問していた言葉だった。妻であるマーガレットにも何度も問いかけた。母親そっくりに育った娘が、けれど自分と同じような泣き方でしっかりと頷く。とうとう耐えきれなかったキュロスも、娘と同じように声を上げて幸せに泣いた。
投稿日:2024/0108
更新日:2024/0108