あなたは切札
ひっそりと藤虎との攻防から離脱していたローはもと元帥であるセンゴクと会いまみえていた。確かめたいことのあったローはセンゴクがこの国に来たと聞いた時点で、相対することを決めていたのだ。ローを救ってくれた男――ドフラミンゴの弟であり、センゴクの息子であったコラソン。本名ドンキホーテ・ロシナンテ。センゴクとしても長年確かめたかったこと、己の息子が最後に成したことの答えをローから受け取り深く納得する。「俺はあの人から命も心ももらった、大恩人だ……だから彼に代わってドフラミンゴを討つためだけに生きてきた!」
海兵としてすら死ねなかった正義感の強い、ただただ優しい男。その男の思いを継いで此度のドフラミンゴ討伐に至ったというローに「自由に生きろ」とロシナンテの代わりに告げる。敵対する立場とは言え、息子が命を賭して守った命だ。雁字搦めに生きてきたのだろうその表情を見てしまえば、センゴクも自然と解放してやりたくなってしまっていた。なによりもやさしい男であったロシナンテがいいそうな言葉だと、言葉をはなってからセンゴクも納得する。助けられていて、海賊でいて、その癖しがらみや仇討ちのためだけに生きてきたというローを見て、あの男ならこう言うだろうと心から思った。ローがDの一族であるという驚きの事実こそあったが、それでも大抵のことは腑に落ちる内容でロシナンテらしい事実をセンゴクは噛みしめた。
ローは恩人であるコラソンの親だというセンゴクの言葉に、溢れてくる感情をのみこむことで精一杯になる。自分の力で仇討すら叶わず死に損なった。そんな思いが強かったからこそ、生きろというセンゴクの言葉に恩人の姿を見てしまった。遠い昔、肌が白かった頃の記憶。残りわずかである命の灯を憎しみに燃やし、まさに死に損なったまま過ごしていたあの頃。どうにかローを延命させようと奮起して、育ての親であるセンゴクすら裏切ったコラソンを思いローは唇を嚙みしめた。コラソンが死んだ年齢に自分も丁度差し掛かっている、それなのに自分は進んでいくしかないことを突き付けられて激情が収まりそうになかった。
「(こいつもそうか、Dはいつも数奇な運命に満ちている)」
鉱、レイルス・エルリック。この国にレイルスが来ていることは藤虎からの報告で聞いていたセンゴクは、2年前に落下しながら己を睨み上げてきた女のことを思い出す。2年前の頂上戦争に現れた時もDの一族がきっかけだった。D、ゴムゴムの実、オペオペの実……そして金色の瞳を持つ女。これもDが引き寄せたものだというのだろうかと晴天を見上げて耽る。
2年前のあの日、エニエス・ロビーへと護送されたレイルスという女は終始気を失っていた。一度その顔を確認していたセンゴクは、幼く線の細いただの少女が血塗れで運ばれていくのをただ見ていることしかできなかった。麦わらの一味によるニコ・ロビン奪還時に行方知れずとなった時に感じたのは紛れもなく安堵。ウォーターセブンで邂逅したというガープから堂々と「逃した!」と言われた時には頭を抱えたが、それでもいいかとセンゴクは内心では思っていた。
それがまさか頂上戦争で、初めてその瞳を黙視することになるなど思ってもいなかったセンゴクは「イム」という呼び名に絶句したことを思い出し再び頭を抱える。そしてローに向けて口を開いた。
「鉱にこれを渡してくれ、『写し』だがないよりましだろう」
ポケットから取り出したそれを、センゴクは風に乗せてローの足元に落とす。振り返ることなく去っていったセンゴクが見えなくなってからローは徐にそれを拾い上げた。手のひら大の薄い紙。裏返してそれを目にしたとき、ローは驚きで息を飲んだ。
色褪せた一枚の写真を真新しい紙に転写したもの。2年前に爆速的に広がって以来滅多に目にすることがなくなったレイルスの手配書の写真。幼い少女の笑顔はそのままに、彼女を囲うように人が映っている。色が褪せてわかりにくいがレイルスと同じ金髪なのだろう少年が2人と、男が1人。1人だけ暗い色の髪をした女の笑顔は穏やかで、目元が少しだけレイルスに似ている。間違いなく家族写真だろうと簡単に判断できるほどに、その写真からは幸せが漂っていた。アマゾンリリーにてレイリーに語っていたレイルスの言葉をローは思い出す、写真を取られたというのはこれのことか。
しかしジッと見ているうちにローの表情は怪訝なものに変わっていく。
「昨日の男……」
少年のうちの一人が革命軍だと名乗った、ハイデリヒという男と瓜二つといっていいほどに似ている。即座に嘘だと訂正したレイルスが、最初弟だと嘯いていたことを思い出したローは背筋を生暖かい何かになぞられるような悪寒を覚えたのだった。
東の港に到着した丁度その時、すさまじい勢いで突進してくる敵勢力があった。大将藤虎である。瓦礫に乗って浮遊してくる藤虎にレイルスは美しい髪をかき乱して怒鳴った。
「重力どこだよ!ローもどこだよ!」
初対面時から思っていた疑問が怒りとなって噴出したため、その声は犬の唸り声のように喉の奥でがなったものだった。ゾロが迷子にならないようにフランキーと協力して軌道修正を行っているうちに、なんの宣告もなくローまで集団から逸れていたのに気が付かなかったレイルスは、自由すぎる船長2人を思って歯ぎしりをした。
「どどどどどどうすんだよ!」
「決まってんだろ!」
ゾロが先手必勝とばかりに切りかかる。藤虎は簡単にゾロの剣をいなし、それを見せられたゾロはニヤリと笑う、しかし剣闘士たちはゾロの前に勇んで立ち「任せてくれ」と武器を構えてゾロをかばうように振舞った。戦闘狂のゾロがイラっとしたのをウソップは感じ取った。
「『バーリア』!」
バルトロメオの声と共にガラスのような板が目の前に出現する。両手と指先をクロスして構えたバルトロメオと壁を二度見したレイルスは貴様もか、と目を遠くした。悪魔の実の能力者多くないか?嫌いになりそうだとレイルスはフランキーに寄りかかった。ゴン、とやや鈍い音をたててレイルスの後頭部を受け止めたフランキーは暗い影を負うレイルスの顔を見て好きなようにさせることにした。
「いやぁ、どうせお邪魔でしょうから使わせていただきやすよ。忌々しき海賊たちが残した戦いの残骸」
島中に散らばる瓦礫をすべて能力で浮遊させた藤虎に、レイルスはポカンと口をあけた。キャパオーバーを起こしたのを察したフランキーがそっとその口を下から押して閉ざしてやる。ゆっくりと回旋しながら空中で巨大な球体となっていく瓦礫の山、あまりにも質量が多いせいでドレスローザ全域に影を落としている異様な光景は海賊たちから戦闘意志をはぎ取るには十分な圧を放っていた。
「おいお前等!どこにいても同じだ、さっさと港に行って船を出せ!」
「トラファル……ガー!ロー!!君らを待っていたんじゃないか、どこにいた!」
戻ってきたローが指示を出したことにキャベンディッシュが噛みつく、お前が言うなというやつである。しかし背を向けて逃げるにしては相手が悪い。ゾロが「あいつが逃がしてくれるとは思えねぇぞ」と現実を突きつけた。だから俺がやる、副音声を正しく聞き取ったウソップは「血の気多すぎだろ抜くぞ!」と切れた。
「あ!来た、来たぞ!ルフィ!!」
ゾロに怒りながらも目がいいウソップが真っ先にルフィの帰還に気が付く。おーいと手を振るウソップに返答する余力はないのだろう、ルフィは全力で走ってきたと思ったら声を上げた。
「おい賭博のおっさん!俺がわかるか!殴るぞー!!『ゴムゴムの……象銃』!」
宣言した通り、腕を振るって藤虎に殴り掛かったルフィにバルトロメオやサイは目を飛ばして驚く。回避一択かと思っていたために驚きはひとしおであった。海軍大将に躊躇うことなく攻撃を繰り出すその胆力に慣れ切った麦わらの一味およびレイルスとローはまあそうなるよなと若干の呆れをもって見守った。ウソップは「あーあ」と頭を抱えた。
「ルフィ先輩!相手は海軍大将だべ!なぁにやってんすか!」
「大将だからってなんで逃げなきゃいけねぇんだ!そういうのは2年前で終わりだ……海軍大将だろうが四皇だろうが全員ぶったおしていかなきゃ俺は海賊王にはなれねぇんだ!」
その言葉に麦わらの一味は納得してしまう。ついに逃げ腰一辺倒であったウソップまでルフィを囃し立てるような鼓舞をしはじめたためバルトロメオはギョッとして慄く。だがそれで止まるようであれば麦わらの一味はこの島にそもそも来ていなかっただろう。
大将藤虎とルフィの戦いの火ぶたが切って落とされた。
投稿日:2024/0204
更新日:2024/0204