慈悲の印
憧れの存在である麦わらの一味が自分の船にいるという事実はバトルクラブ海賊団の精神を歓喜に震えさせ情緒をおかしくさせた。何もないところで突然小躍りしだしたかと思えば、目が合った、笑い合っていた、会話をしていたなどの日常に触れて感激のあまり涙を流したりする始末。中でも船長であるバルトロメオの熱量は度を越しており、失神することすらあったほどだ。愉快すぎる奇行をルフィだけがゲラゲラ笑って喜んだ。笑えるほど図太い神経を持っていたのがルフィだけだったともいう。しかし他のクルーも適応力なら異様に高いため、数時間もすれば慣れきってしまいスルーするにまで至ったのだが。そんなバルトロメオが己の身体に鞭をうちつけて麦わらの一味のことをもっと知りたいと話を聞きに来た。さながらインタビューのようにメモと羽ペンまでしっかりと用意したバルトロメオに気を良くしたのはフランキーとウソップで、思い出話を嬉々としてバルトロメオに聞かせた。何を話してもオーバーすぎるほどに感動するバルトロメオに楽しくなってきたウソップはルフィも呼んでバルトロメオの横に座らせてやる。緊張からバルトロメオはどぱっと汗を噴きださせたがその顔は喜びに満ちていた。これまでの航海の話や、それぞれが仲間になった経緯などファンからすれば涎が出るほどのお宝情報をぼろぼろと与えられたバルトロメオは、吐きそうなほどにむせび泣きながら喜んだがしかし、メモに取った仲間たちの中で名前が一つ足りないことに気が付く。レイルス・エルリック。正式な仲間ではないとのことだが聞いてもいいのだろうかという迷いがバルトロメオの中で湧き上がる。
「あんの……ルフィ先輩にひとっつ質問いいだべか」
重度のルフィファンだが腐っても海賊、欲に忠実なバルトロメオはもじもじしながら口を開いた。
「おう!」
後光がさすほどまぶしい笑顔で快く頷かれたためバルトロメオはカラカラに乾いた喉をごくりと鳴らして、配慮をした質問を投げかける。乙女のように両手で顔を覆う様は大の男がやる仕草では無いが、妙にしっくりきている。
「エルリック先輩が仲間になったらなんの肩書を担うんだか気になって」
「かたがき?」
「ほんら、フランキー先輩なら船大工で、ロビン先輩は考古学者で」
「あー、そういやルフィお前どうするつもりなんだ?」
ウソップも気になったのか、ルフィに問いかける。船の上での役割については、確かにレイルスは一般的なものには当てはまらない気がする。フランキーも面白そうに眉を上げてルフィの言葉を待った。ルフィはあー!と納得したとばかりに握った右手を左手にポン、と打ち下ろしてニカっと笑った。
「それならもう決まってる!サボのやつだ!」
「いやなんだそれ」
「お前の兄貴がなんだよ」
突然飛び出してきたサボの名前に全員が首を傾げる。しかしルフィはそれ以上の言葉を持ち合わせていないようで「あいつ考えるの好きだしなぁ」とうんうんと頷いている。後ろで話を聞いていたロビンがそっと近寄って首の角度が水平になり始めてた3人に答えを渡す。
「参謀のことじゃないかしら、サボは革命軍の参謀総長だから」
「あーなるほどー……って分かるか!」
「さっきからそう言ってただろ」
「言ってねぇよ!」
「わりぃわりぃ」
「まあでもしっくりは来るな、航海士と同じくれぇには苦労しそうだが」
いつも航路について突然の思い付きや我儘で頭を掻きまわしては苦悶しているナミを思い出してウソップは「ああ」と苦笑した。参謀がそれらしく策略を練ったとして、それを型破りな方法で無視するのが我らが船長だ。
涙の再会を果たしたサボ、そして現在の彼の立場を知ったルフィ。今は亡きもう一人の兄、エースの危機に唯一駆け付けたレイルス。ルフィから大きな信頼を得て居なければまず上がらないだろう参謀という役職名にバルトロメオはおいおいと涙を流して泣き出す。後ろで黙って本を読んでいたローに目を向けたフランキーは「そっちはどうなんだ?」と問いかけた。こちらも話は聞いていたようでちら、と一瞬目だけ持ち上げたローは一言だけ零す。
「秘書」
うわ、とフランキーは顔を苦くした。W7にて兄貴分のアイスバーグがいかに秘書を振り回し使いまわしていたかを知っている身のため、ローのその言葉に秘められた思惑を正しく読み取ってしまったのだ。カリファはCP9のスパイだったのだが、よく長年あの無茶ぶりに堪えたものだと密かに感心していた。体よく秘書と名付けているが、ようはなんでもさせるつもりということだ。
「隻腕の女に容赦ねぇな」
「正式にうちに入ったら強制的に腕をつけるに決まってるだろ」
当たり前のように言いのけたローにフランキーはまぁそうなるかと腕を組む。弟の話を知ってはいてもフランキーとしてもローの意見には兼ねがね同意を見せる。麦わらの一味に正式加入した暁には脳内で構想している義手を誂えてやるつもりでいる。大号泣のせいでローとフランキーのやり取りを聞いていなかったバルトロメオは、幸せ最高潮のまま麦わらの一味へのインタビューを終えた。ちなみに話題に出されたとうの本人は新聞を読みながら時折襲い掛かるくしゃみと戦っていた。
バルトクラブ海賊団はまともな航海知識すらない中で「おばあちゃんの豆知識」だけで運よく生き延びてきたらしい。それで新世界まで来ているのだからとんでもない豪運とも言えるだろう。船酔いになってはガムを齧って船に張り付ける様子を見たウソップが「またガムだらけになんだろ!」と怒鳴った。折角レイルスが一掃したというのにこいつら。ウソップが目を三角にして怒っても、船酔いで平衡感覚すら失っていた彼らは必死にガムを噛んでは吐き出していた。
見張りが前方の山が動いでいると、おかしなことを言いだし真っ先に動いたのはローだった。
「ビブルカードはあれを指してる」
逆風に気が付いたフランキーが帆をたたむように指示をして、オールで動く何かを追う。そしてついに霧の中、その何かの正体が目に映った。
「トラオ、これ象じゃねぇか!」
「ああ、ゾウは巨大な象の背に栄えた土地の名だ」
その事実を聞いた全員が驚きに声を上げる。レイルスはベポから彼の故郷であるゾウのことを聞いていたため初耳の面子よりは驚きは少ないが、実際に目にするとやはり驚くもので目を見開いている。
「生きてんのかこれ……」
「常に動き続け、一定の場所には存在しない幻の島……陸じゃねぇからログポースじゃ辿り着けねぇ。俺も来るのは初めてだ」
ローがバルトロメオに食料を分けてもらうように交渉する中、不安そうに顔を歪めた錦えもんがぽつりと声を落とした。
「モモの助は無事であろうか……」
「ゾウには人を嫌う種族が住むとか」
カン十郎がローへと詰め寄って問いかける。それに頷いたローは神妙に口を開く。ちなみにバルトロメオはルフィのための食糧だとローが伝えた途端、喜んで食料庫を空にすることを宣言した。
「ミンク族だ、その歴史は1000年近いと聞く」
「1000年!?じゃああいつ1000年も生きてる象なのか!?」
1000年ということも驚くべきものだったが、ベポを知るレイルスはやや首を傾げる。人が嫌い、にはとてもではないが見えなかったが。ベポはほとんど故郷の記憶がないと言っていたためイレギュラーである可能性も高いが、似たような存在としてチョッパーのことを認識しているレイルスからすればやはり妙な感覚だった。人懐っこいを絵にかいたような2匹である。
ついにゾウに追いついたとき、サニー号がその後ろ脚につながれていることに気が付いたルフィが喜びに声を上げる。憧れの船を目にしたバルトロメオは興奮からか甲板に転がって歓喜の声を盛大に上げてゾロにうるさいと一蹴された。無事に辿り着いていたという事実はそうだが、なによりビックマム海賊団の影が見えなかったことにホッとしたウソップが「ふー」と肩をなでおろした。ゾウが歩みを進めるたびに一気に距離を離されてしまうため、急ぎ移ってくれとバルトロメオが能力をつかって船と船をつなぐ。透明のバリアが変幻自在であることに密かに嫌そうな顔をしたレイルスはローに首根っこを掴まれて階段を上がっていく。誰一人としてバルトロメオに断りを入れる暇すら待たない躊躇いのなさだった。数日離れていただけではあるが、懐かしいとすら感じるサニー号船内はしんと静まり返っており、「あれ?」とルフィが首を傾げた。
「全員上陸したんだろ」
ローの指摘に納得したルフィは楽し気に遥か上空を見上げた。
投稿日:2024/1013
更新日:2024/1013