慈悲の印

 上陸の準備のため女部屋にロビンと共に足を進めたレイルスは紐をグッと短くしたショルダーにポコポコと荷物を詰めていた。ウィントンによって回収されたジャケットはここに置いていこうと椅子にばさりと投げ捨てた。錬成陣が使えないのであれば重たいだけのコートだ。現在ゾウが歩いている海域が亜熱帯気候のため気温的にも着用は厳しい。
「ねぇレイルス、これなんだけど」
「ん?」
 ロビンに声をかけられたレイルスは小さなカバンに紙と鉛筆を詰め込みながら首を傾げる。視線の先には小ぶりな巾着袋を手にしたロビンがおり、レイルスが目を向けるとその巾着を開けて中身を取り出した。
「あ」
 ロビンの掌に転がったのは二枚貝の形をしたトップのついたネックレス。やや厚みがあり掌よりも少しだけ小さいだけのトップ。ホタテ貝がモチーフとなった金のそれは、本物の貝の様に精巧で光沢を放っている。まさしくレイルスが二年前にロビンへとおいていったものだった。
「ふふ、もしかして私が最後?」
「いや……まだ何人か」
 ウソップとルフィはまだ話題にすら触れてきていなかったため首をふれば、ロビンはあら、とほほ笑んだ。ベッドに胡坐をかいていたレイルスの横に座ったロビンはそのネックレスをレイルスへと渡す。無言で促してくるロビンに苦笑しながらレイルスは一度それを手に取った。
「……ルーペだよ」
 指先で二枚貝をスライドさせたレイルスの手元では、上下の貝の間に魚眼型のガラスが埋め込まれているのが確認できた。ロビンは考古学者だと名乗っていたことを思い出し、そっとレイルスの手の平からペンダントタイプのルーペを受け取る。無骨な虫眼鏡しかもっていなかったため持ち運びにも便利なルーペにロビンは笑う。
「ありがたく使わせてもらうわ」
 早速とばかりに首を通したロビンにレイルスは煮え切らない表情で頷く。傷つけるのを避けるために服の中へとルーペをしまい込んだロビンはとても満ち足りた雰囲気でもう一度微笑んだ。
「さて、レイルスの着替えも済ませましょうか」
「え」
 バサバサッとキャビネットから衣類をベッドへと投げるロビンはるんるんと鼻歌さえ歌いながら能力まで使ってレイルスの服を脱がせにかかった。突然自分の脇腹からにょっきり生えたロビンの腕に「ぎゃ」と驚いたレイルスはなすすべもなくシャツのボタンを外されてしまう。肩からシャツがずれたタイミングで、ロビンが投げたタンクトップがレイルスの顔面にぽすりとヒットした。
「ごめんなさい、あらでもその色も似あうわね」
 ぽて、と膝の上に落ちたタンクトップは赤色でレイルスは反射的にロビンの方へと投げ返してしまった。お気に召さなかったようだと察したロビンは自らの腕にオレンジ色のシャツをかけて白のインナー、淡いブルーのショートデニムを続けて手に取る。インナーといっても胸から下はなく、肩紐がレース状で幅広い造り。上手くケロイド部分を覆える形であるがほとんど下着である。半袖のシャツをレイルスの顔に合わせると、ジトっとしたレイルスの金色の目がロビンを見ていた。
「そんな顔してもだめよ」
 容赦なくレイルスを着替えさせたロビンは、知らずナミが選びそうなものを着せてしまったことに気が付いて苦笑を浮かべたのだった。

 ロビンによってシャツの裾を結ばれてしまったため腹部が露出しているレイルスはむすっとした顔で錦えもんとカン十郎の視線を浴びていた。ボタンがしっかり留められているのは胸部の部分のみで、胸元もデコルテもはっきり見えている。ボトムもショートなため、脚も惜しげもなく晒されているため居心地が悪かった。でれでれとし始めた錦えもんを殺すような視線で黙らせ、レイルスは諦めて頭を切り替えた。気候も熱帯に近く動きやすいという利点もある。着せてもらったうえで文句は言うまい。ポニーテールに結ばれた金色の髪がレイルスが動くたびに左右に揺れた。
 甲板にあつまり協議した結果、絶壁を上るためにとカン十郎の能力によって生み出された「何か」によってゾウの左足を上っていくこととなった。その能力を初めて目にしたレイルスは何とも言えない絵の出来栄えと気が緩みそうになる声を上げる謎の生物を見上げて表情を無くした。思考の強制シャットダウンである。
 謎の生物――カン十郎曰く竜の背に乗っての登象。片腕であるレイルスは早々にゾロに回収されほとんどゾロに乗り上げる形で竜の背にまたがった。背中に突起があるため各々そこに腰かけているのだが、垂直となれば腕でしがみつくことも必須。手足が信じられないほど短い生き物を見て、頂上に着くまでに時間がかかることをすぐさま理解したゾロなりの気遣いである。筋肉だるまであるゾロは足の力だけで己の体重とレイルスの体重すら支え、なんなら腕を片方レイルスへのシートベルトへと回す余裕すら見せていた。ウソップが小声で「ゴリラだ」と恐怖した。そんなウソップもしれっとゾロの腰に腕を回していたりする。
「おいルフィ、バルトロメオ達なんかいってんぞ」
「ああロメオか、そういやお礼も言ってなかったな!おーいロメオ達!送ってくれてありがとう〜!」
 イントネーションが独特なルフィにウソップが突っ込んだが、バルトロメオは気にしなかったらしい。遥か下から「こちらこそありがとぞんじまーす!」と声が上がった。
「どうかお気をつけていってらっしゃいませぇ!!」
「お前らもなー!またな〜!!」
 ルフィがバルトロメオ達へと大きく手を振る。レイルスは横向きにゾロの上に乗っているようなものなので、顔をそちらへと向けて霧の向こうへ目を凝らす。残念ながらレイルスの視力ではすでに船がぼんやり見える程度ではあるがルフィの笑顔を見るに彼にはまだ人が見えているようだった。申し訳程度に片方のみの腕で竜の背につかまっていたレイルスは手を振ることをしなかったが勝手に子分へとなった彼らなのだから、ルフィの言うようにまた再会することもあるのだろうとぼんやりと思った。

 - return - 

投稿日:2025/0330
  更新日:2025/0330