慈悲の印
ゼーゼーと息を荒げ時折ぶるぶると震える竜、一瞬の気の緩みかずるずると振り出しに戻されてしまうというハプニングが発生したがその頑張りに感動したウソップが「りゅうのすけ」と名付けるにまで麦わらの一味と絆を深めた。一部の面子ではあるが。ふと振り返ったルフィが最後尾に腰を下ろしている錦えもんとカン十郎に声をかけた。
「そういやお前等どうしてゾウに行きたいんだっけ?」
「そうでござるな……おぬし等は恩人、いずれ全てを話さねばならんがまずは安心させてくれ」
「ワノ国を出てこのゾウこそが我らの目的地……モモの助は無事であるか。また、海上にて逸れたもう一人の同心……忍者の雷ぞうが無事にこの島にたどり着いているか確認したい」
「忍者!?」
カン十郎の言葉にもれなく男全員が凄まじい勢いで食いついた。ローまでしっかりと振り返ってカン十郎をガン見している。ロビンとレイルスは「なに?」と目を合わせて首を傾げた。口々に忍者のイメージを口にした男達は忍法のことを仄めかしたカン十郎に「すげぇ」と歓喜の声を浴びせた。レイルスからみればどう見てもカン十郎は嘘を言っていたが彼らにはそう見えなかったようで、「目隠しの術〜だーれだ」と錦えもんの両目を塞いだカン十郎にもおおと感心した。丁度そのタイミングで、ロビンが上から何かが降ってきていることに気が付く。
「お」
「あで」
ゾロと共に強制的に避けることになったレイルスは急なことに驚いて舌を噛む。いてぇ、と噛んでしまった舌先をちろりと出したレイルスの目にふってきた何かに見事直撃した錦えもんが目に映った。
「あ」
「ぎゃあああ!!」
「やべぇ二人が落ちた!」
「くっそ、急に降ってきたあれなんだったんだ!」
「わからない……包丁が何本もささった血まみれの人間かと思ったら、子ザルにも見えたわ」
「こっえぇよ!てかなんでそう見えたんだよ!」
「並びそうにない二択だな……」
ロビンの恐ろしすぎる発言に驚きながらも、落下していった2人へとルフィとウソップが声を上げて無事を確かめようとする。二人とも悪魔の実の能力者であるため海に落ちれば一貫の終わりである。そのことを思い出したゾロは、ここにいるほとんどがカナヅチなことに気が付いてげ、と声を漏らした。
助けにいこうとルフィが焦った声を上げた時、錦えもんが無事であることを声を上げて知らせる。どうやら海に落ちることは回避したらしい。カン十郎も無事なようだった。先に行くようにと錦えもんから提案があったが麦わらの一味は引き返そうと次々にりゅうのすけに声をかけた。
「おい竜、引き返……」
「りゅうのすけ引き返し……」
「おい!りゅうのす……」
ルフィですら言葉を止めるほどりゅうのすけはゼーゼーと息を荒げ必死そのものだった。なによりルフィたちの声が耳に届かないほどに懸命だ。気の毒すぎるりゅうのすけの有様に下に戻ることを諦めた一行は応援の言葉を向けながら頂上を目指すこととなった。
すっかりと日が傾き始め夕陽がまぶしくなったころになっても未だにりゅうのすけは登象を続けていた。ウソップなど感情移入のし過ぎで終始涙目である。最初からこの生き物をかわいいと認識していたロビンまで、ウルウルと瞳に涙を貯めている。眠りかけているのか、ルフィが船を漕ぎ始めたことに気が付いたゾロがレイルスに「起こせそいつ」と促す。
「ルフィ起きて、寝たら私がつぶれる」
背後から手を伸ばして頬を摘まんで伸ばしたレイルスだが、ルフィは「んにゃ」と妙な声を上げただけだった。ウソップがゾロの後ろから怒鳴り声をあげる。
「こらルフィ!りゅうのすけが頑張ってんのに寝てんじゃねぇぞ!」
「おいあれ……てっぺんじゃねぇか!?」
一番座高の高いフランキーが正面を見据えて喜びの滲んだ声を出す。べちん、とルフィの頬を離したレイルスには見えなかったがウソップにも見えたようでりゅうのすけにあと少しだと声援を向ける。しかし間が悪いことにその声とレイルスに引っ張られていた頬がもどった衝撃で意識をはっきりとさせたルフィが暴走した。
「てっぺん!オッシャアりゅうのすけでかした!」
「うわうわうわうわ」
「おわ!」
喜びのあまりか、状況を忘れていたのか。両手を離してガッツポーズを決めたルフィはバランスを崩しレイルスとゾロの方へと落ちてきた。潰されると泡食っていたレイルスを抱えてゾロは身を伏せる。サッと21歳コンビによけられたルフィを目にしたウソップは目の前に迫ったリュックを両手で掴んでホッとした。
「あぶねぇ……!おいゾロレイルス!避けてやるなよ!」
「こいつ潰れたら洒落にならないだろ」
「そうだそうだ、ってあれルフィは?」
レイルスが目をぱちぱちとさせてウソップの頭上を見上げる。全員の声に遠ざかっているルフィの情けない絶叫が聞こえた。ルフィだけすっぽ抜けてしまったようだ。
「げー!抜けてる!!ルフィ何とかしろ!」
わかったぁ!という声と共にルフィの腕がりゅうのすけの角をがっしりと掴む。しかしその代償は大きく、重力加速度によって重さを増していたルフィを支えることができなかったりゅうのすけの前足がゾウから浮いた。突如さかさまにされたレイルスはギョッとして身を滑らせたがゾロが難なくその腕に引っ掛けて捕まえる。ぷらーんと布のようにゾロの腕にぶら下がるレイルスはただジッと、気が遠くなるほど遠くに見える海の青にごくりと喉を鳴らした。そうなっても両足のみで全てを耐えるゾロもおかしいが、ルフィの荷物を捨てずに同じく足の力だけで捕まっているウソップも大概であった。後者はかなりギリギリだったが。
「レイルス大丈夫?顔色が悪いわ」
「へいき」
「おれもきついろびんたすけて」
「がんばって」
「扱いの差!怖すぎるたすけて!!」
一瞬ウソップへ手を伸ばしたレイルスだが自分の状態を思い出して手をひっこめた。賢明である。そんな状態の中勢いよくもどってきたルフィはお気楽な声でりゅうのすけを鼓舞した。
「りゅうのすけがんばれ!」
「がんばれじゃねぇよお前のせいだろ!」
気力を振り絞って体勢を戻すことに成功したりゅうのすけに歓声が上がる。ゾロの腹の上に戻されたレイルスはぐったりとゾロに張り付いた。流石のレイルスも恐怖を覚えたようだ。ゾロからだらんと垂れ下がるレイルスの手をウソップは握りしめ「しぬかとおもっだ」と鼻水を流して恐怖を分かち合った。掴むなとゾロ自身に言われていたためレイルスの腕で間接的にゾロにしがみついた心地を得ているウソップである、レイルスはされるがままだった。
ゴールが目前だからか、それとも声援のお陰か。りゅうのすけは今までにないスピードで残りの道を進みついに頂上まで全員を運び終えた。まだ歩く気力のないレイルスはゾロの肩にぶら下がったままだ。肩が腹部に当たって痛いが文句は言えまい。ぐったりとするレイルスを終始見ていたローは面白いものを見たとばかりにじろじろとレイルスを観察している。
頂上についた喜びのなか、りゅうのすけがきらきらとその体を消し始める。役目を終えて絵へと戻るらしい。ゾロを除いた麦わらの一味は涙で別れを惜しみ、その名を何度も呼んだ。
「りゅうのすけ〜!りゅうのすけ〜!りゅうの」
「茶番だ」
「ただの下手な絵だろ」
「カン十郎が画伯なの恨む」
ロー、ゾロ、レイルスが冷たく声を発する。
「おいそこ座れテメェらここまで送ってもらっておいてなんだその態度は!!」
「レイルスお前ももう歩けんだろ怠けるな」
すとんと地面へ足を下ろされたレイルスは一瞬ふらつきはしたもののその場にきちんと立った。地面が妙に沈む。足に力を入れて凹みを確かめたレイルスはゾウの背中であるという事実に改めて対峙してふむと目を細めた。警戒をしろと全員へ忠告を向けるゾロの横についていったレイルスは目の前にある建造物を見上げる。物見やぐらに鉄の門扉。無理やりこじあけられたのか拉げた扉は壊れて門の内側に倒れている。これは確かに、とレイルスはゾロの意見に同意した。
「モコモ公国」
石造りの門の上部に掘られた文字を読み上げたレイルスは国名と思わしき不思議な音をする名称を脳内で反復させながら、空きっぱなしの門をくぐった。
投稿日:2025/0426
更新日:2025/0426