慈悲の印

 
 案の定先に飛び出していったルフィを追う形で一行は国内へと足を進める。象の背中だからだろうか、不自然な点が多くロビンも首を傾げる頻度が高い。明らかに破壊の痕のある道に警戒を強めながら歩くうち、ローとゾロが刀を構えて足を止めた。
「なんだ!?なんかいんのか!?」
 人一倍怖がりなウソップがへっぴり腰で悲鳴を上げる。ピクリとなにかに反応したゾロが刀を抜いた。ドン、と横方から凄まじい音がしたと思ったときには白い何かがレイルスの目前に迫っていた。ぎょっとしたレイルスを庇うようにして斬りかかったゾロだが、なんとその攻撃を空中で身を翻して躱した。殴り掛かるようにゾロへと肉薄した敵の頭上に獣の耳を確認したレイルスは即座にミンク族であろうと理解し身を屈める。サニー号にて何枚か錬成陣を描いた紙を作成しているため、取り出せさえすればと考えてのことだった。しかし第三者の声がその場に響く。
「やめるのだキャロット!」
 爆音と共に前方の木々をなぎ倒して現れた巨大なワニのような生物。そしてそのワニを乗り回すように背に座している女のミンクが険しい顔で言葉を発した。
「また何かでたぁ!!」
「そティアらはいいのだ!それより今、クジラの森に侵入者が!」
「ミンク族だ……!」
 おそらく犬だろうミンクの服装に気が付いたウソップが顔を真っ青にして固まる。見慣れたその服は、よくナミが身に着けていたものだ。レイルスは侵入者という言葉に「あ」と声を漏らした。このタイミングで不法侵入したと思わしき男に思い当たる節がありすぎた。
「おいお前!その服一体どこで手に入れたぁ!ナミに何をしたんだ!」
「食人族かしら」
 ロビンの恐ろしすぎる発想にウソップがぎゃんと吠えて涙する。人か動物か、前情報として知っていたレイルスとローもベポやチョッバーのような喋る動物しか知らなかったため、想像と違った彼らにやや驚き口を閉ざす。どちらかと言うとシルエットは人間に近しく、人に変異が起きたような見目をしている。そうこうしている間に、レイルスに襲い掛かってきたウサギの耳を持ったミンクが凄まじい脚力で空中へと飛び出した。人間ではまずありえないほど遥か上空へと跳んだことに、全員が驚いて絶句する。
「どうだ!見えるかキャロット!」
「……見えた!ちょっと手遅れかも、クラウ都より一直線。クジラの森で諍いが!」
「やはりか……ゆティア達を連行している暇はない、指示に従え!ここより右手、右尻の森を進み闇深き森を左折……右腹の森へ行け!ゆティアらの仲間の死体がそこに……」
「し、死体!?」
 死体というショッキングな言葉にウソップがひっくり返った声を上げる。誰もが驚きで目を見張る中、レイルスは与えられた情報を脳内で処理し、相手の言葉の節々に敵意がないことを加味して口を開いた。
「急いでるところ悪い、その侵入者こちらのものかもしれない……麦わらで伝わる?」
「おいレイルス!」
「門番がいないからって『この状況』にある国に不法入国したのはこっちだ」
「やはり麦わら……!情報感謝する!右腹の森で待て!私たちも後で向かう!」
 轟音と共に去っていったミンク族が見えなくなったタイミングで、ウソップがわんわんと泣き出して地面に膝をついた。
「あいつらが殺された、うわぁああ!」
「……死体が残っているということは食べられてはいないということね」
「そういう問題じゃねぇふざけんな!レイルスもなにルフィのことばらしちまったんだよあいつまでやられちまうよぉ!」
「落ち着け、グル眉がいるんだ……殺されるようなヘマはしねぇよ」
「それより鉱屋、お前はなにが分かってああいったんだ」
 ローの言葉にしくしくと涙の勢いを若干緩めたウソップ。話は聞こうという気概が見えてフランキーはバスバスとその背中を慰めのために叩いた。
「まず第一にサニー号が無傷のまま残ってた」
 ぴ、と人差し指を一本上げてレイルスは語る。その言葉にフランキーも頷いて納得した。もしも先に来ていたサンジ達とミンク族が敵対しているとすれば、サニー号などすでに木っ端みじんにされていただろう。
「二つ、先に来てるローのクルーのビブルカードがピンピンしてる」
 中指を立ててブイサインを作ったレイルスはローへと目を向けて促すように肩を持ち上げる。ポケットからビブルカードを取り出したローは、ベポがミンク族であることを差し引いてもまったく弱らずにいるその事実は証拠として十分だろうと頷いた。
「三つ、この状況下で援軍を呼ばれなかった上ウサギとの戦闘を制止された」
 薬指を立てて、三つの指をにょきにょきと動かしたレイルスはふぅと息をついて手を下ろした。
「さっきも言ってたがこの状況ってなんだ」
 ゾロがジッとレイルスを見下ろして声を出す。レイルスは周りを見ろを言わんばかりに周囲に目を向けた。
「どう見てもこの国襲われた後でしょ、そこにサンジ達が関与しているかはわからないけど、最悪引き連れてきちゃったビックマム海賊団による被害かもよ?まあそれでも『そいつらはいい』って発言があったから少なくとも敵意があるようには思えないけど」
 独特な言い回しだったが、正しくミンク族の言葉を理解したレイルスは他には?と首を傾けた。
「じゃあルフィは?死体は?ナミの服は?」
 立て続けに疑問を投げつけたウソップはぶるっぶると震えて鼻水をすすった。
「私たちもそうだけど、この状況で何者かわからない侵入者がいれば戦闘にならざるを得ない。麦わらの一味もしくはハートの海賊団は敵じゃないと認識してくれてる可能性の方が高いんだから逆に教えないとまずいでしょ」
 すん、とウソップの涙がやや勢いをなだらかにする。しかしレイルスは容赦なく「死体とナミは分からん」と切り捨てたためウソップは再び声を上げて泣き出した。
「あいつらぜったいナミ達殺して服奪ったんだ!!」
「この島に生息しているのはあの種族だけなのか……本当に食人族か確かめてみる必要があるわ」
「どーしてそんなに食人族に拘るんだ!!」
「そんな過激な追剥なら私らまだ戦ってたって」
「どっちみちまだ情報が足りねぇな、敵味方見極めるにしても」
「ならベポに話を聞くのが早いんじゃないの?」
 ベポ達がいつからこの島にいるかは不明だが、少なくともサンジ達よりは早くにこの島に到着している。そこまで大きくない国だ、何があったのか知っている可能性はかなり高い。レイルスの言葉にうなずいたロビンがローに連絡手段がないか問いかけたが「ない」と切り捨てたローはボソッと余計な言葉をつづけた。
「また会えると思ってなかったからな」
 ローの言葉にレイルスが心底嫌そうな顔をした。こいつやはりドフラミンゴと相打ち、最悪殺されることを想定していやがった。なぜクルーがいないのか疑問に思っていたがローなりに逃がしたつもりだったのだろうことまで察してしまってレイルスの視線は絶対零度にまで落ちた。それに気が付かないローはビブルカードを摘まんでベポについて語る。しゃべる白熊のことを記憶していたウソップは「アイアイー!」と元気に飛び跳ねていた彼を思い出して少しだけ和む。
「あれもミンク族か」
「ああ、うちの航海士だ……ここはあいつの故郷。だが当人にこの島の記憶はあまりなかった、幼いころに島を出ちまってるからな」
 ロビンがドレスローザで見せられたぐちゃぐちゃの海図を思い出し、密かに胸をきゅっとさせた。可愛いかもしれない。
「そんなんで大丈夫なのか?例えば、例えばだぞ?食人族の本能に目覚めて〜……とかないのかよ!」
「だったら血を見るたびにクルー齧ってたろうね」
「齧ってなかったんだな!?そいつの好物は肉じゃないんだな!?」
「イチゴのかき氷だよ」
「血の色……!?」
「なんでも怖がるじゃん」
「想像力逞し過ぎんだろ」
 フランキーが呆れ、ローもそれはないと首を振る。10年以上ともにいてベポが噛みついて攻撃をしたことがないのを良く知る船長は、なんならベポの虫歯治療のために口の中に手を突っ込んだことすらあった。逆にベポに大泣きされて後からシャチに「噛んじゃうかもってグズるんで辞めてください」と諌められた程である。
「正確な情報を得たければまっすぐだ」
 ローについていくことに賛成した面々は、それでも未だ怖がるウソップを時折あおり、時折なだめながら首都までの壊れた道を選んだ。


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投稿日:2025/0720
  更新日:2025/0720