十字の手旗
再び暗闇の中で目を覚ましたレイルスは、まだ棺桶の中に入れられたままだと状況を把握する。一緒に詰め込まれていたサンジがなぜかいなくなっていることが気がかりではあったがその心配より前に自分の状況をなんとかせねばと、ゆとりのできた空間で身じろぐ。どうやら体に巻きついていた蜘蛛の糸は綺麗に外されているようで、体は自由に動く。首元の布が動くたびにジワリと水分を吐き出しているのでどうやらまた多く血を流したらしいと働きにくい頭で推測する。だが、都合がいい。右手を首元の布に押し付ければ案の定、手が濡れる感覚。暗いせいで見えないがこれならばどうとでもなる。しかしその指先を棺桶に押し付ける前にふと思いついたように動きを止めて、足を振り上げる。
「開くんかい」
ガバ、と音を立てて開いた蓋に呆気に取られる。既に死にかけなうえ奴隷であれば重い蓋を開けられないだろうとたかを括ったホグバックの怠慢によるものであったがレイルスは知る由もない。蝋の光だけで照らされたそこは薄暗く、湿度の具合や奥に見える上へと向かう階段から地下室であろうと予想を立てた。
そして目に入る、死体の山。時間の経ったものが多いのだろう、腐食された爛れた肉の匂いがしているが、温度が低い場所のためか立ち込めるほど、というわけではない。それでも量が量のためかウッとする匂いではある。そんな中で起き上がったレイルスは左手で右肩を押さえながら棺桶から足を出した。ジャラリ、と足枷の音が棺桶にぶち当たって派手な音を立てたことでその存在を思い出す。チョッパーの予想通り擦れてあかくなってしまっているだろうが、ナミが巻いた包帯のおかげで皮が捲れるまでには至っていない。
徐に床へとそのまま座り込んだレイルスは、血でぬれた右手を石床へと滑らせる。くるり、手のひらより少し大きい程度の大きさの正円。上下左右に線を引き、中に正方形を描く。最後は血が掠れてしまっているが描き終えたそれを一瞥し、その上へと足を運んだ。最後にキョロりと周りを見渡して誰もいないことを確認してから右手を地面へと叩きつけた。
――バチバチバチ!!
小さな雷が落ちるような音と、光。蝋燭だけで照らされていた地下の空間がレイルスを中心に明るくなる。光で照らされたレイルスの髪の隙間にもその光の筋が遊ぶように飛び交い、少しした後にふっと掻き消えるようにして光と音が収まる。
「ん?」
静かになった空間にレイルスの疑問符が浮く。レイルスの目前には砕けた鎖……すっかり足は自由になっているが、レイルスが想像しているよりもずっと鎖は原型を残していた。そのことに眉を顰めて、鎖の一欠片を手に取りじっと観察する。なるほど自分の知らない物体が大部分を占めていたようである。チョッパーは海楼石と言っていたが加工するにあたってか鉄が含まれていたおかげで外すことができた。にしても鉄に近い鉱物だと思っていたがどうやら全く違うらしい。感心したようにそれをジロジロと眺めたが、いやそれどころではなかったと珍しく我に帰ることができたレイルスは、ポケットにできるだけそのかけらを押し込んで立ち上がった。
改めて周りを見渡したレイルスはその惨状を眺め、大きく息をついた。昔一度だけ立ち寄った国の埋葬に、火葬という方法があったかと思い出して歩きながらまた肩へと手をあてがう。グッと一度押し込んで血を滲ませた手の平を確認して階段近くの壁へと円を描く。正円に、今度は三角。少し考えて三角形のそれぞれの辺の中央にS、N、Fと書き込む。階段の方へと体を押し込んで、手だけを円の上にかざす。
「……おやすみなさい」
鷹揚とした声で小さくこぼされた言葉が、死体の山へと吸い込まれていく。誰にも届かないその言葉が余韻も無くなった頃に血に濡れた手のひらを壁へと押し付けた。
同時刻、ブルックの影が入れられているゾンビ、リューマと戦っていたゾロは足元から爆音が響いたことに一瞬足を止める。音と振動には敵も気がついたようで同じく動きを止めた。
「何やら安置所でトラブルのようだ」
「安置所?」
「材料置き場ですよ」
その言葉にぼろぼろのブルックを抱えていたフランキーはピクリと反応する。ホグバックの研究所であるここは、ゾンビの体である「マリオ」の作成場所だ。そんな場所で材料と呼ばれるとすれば死体に他ならない。ここに辿り着く前に、道中の道を探していくと言っていたサンジは苦渋の決断で分かれているのだが、本星はやはりここ、ホグバックの屋敷にレイルスが運ばれている可能性は非常に高い。
「おい剣士、俺ぁ下見てくるぜ!」
「頼んだ」
フランキーの短い言葉でゾロも全てを察したように頷く。ゾロとしてもレイルスの死にかけ具合は気にしていたので、安置所なんて単語に胸糞悪さを覚えると同時少し焦りを感じていた。リューマは場を離れようとするフランキーをそのまま見送る。ゾロの相手をしつつ止めることは無理だと早々に判断したらしい。ゾロの口角が楽しげに上がった。
「ありがたいね」
「私も集中したいもので」
投稿日:2022/0112
更新日:2022/0112