十字の手旗
ところ変わってサンジは、ウェディングドレスを着せられて気を失っているナミを救出するべく怪人アブサロムと対峙していた。レイルスのことは見つけられていないため気がかりではあるが、早々に敵を伸して探しにいくかと決定を下す。何より目の前の顔面猛獣祭りマンに用事があった。
「ウソップの言っていた透明人間はお前だな」
体重300キロもあるアブサロムを蹴り飛ばしたサンジに、それを目撃していた牧師ゾンビが絶叫する。蹴り飛ばされたアブサロムも、下っ端だと思っていた男がとんでもない強さを持っていることに驚き蹴られるままになってしまう。
「サニー号に現れてロビンちゃんを舐め回した猛獣はお前だな……!風呂場でナミさんの裸をじっくり見たのもお前だな……!」
言葉を荒げてアブサロムを何度も蹴り上げるサンジには理性のかけらも見られない。力のこもりすぎた蹴りに壁にめり込みながらそれを受けるアブサロムは、なぜこうもスケスケの実の力が通じないのかと混乱する一方である。
「それに、サニー号でただでさえ怪我を負ってるイムちゃんの首に噛み付いたのも、お前だな!!」
立て続けの連撃。革靴とは思えないほど重たい蹴りが顔面に入りくらりとした頭で、しかし常人よりもずっと丈夫なアブサロムは意識を飛ばすことなくサンジの言葉を聞く。全部に思い当たるところしかなかったので何の話をしているかもわかった。どうしてここまでサンジが怒り狂っているのかも理解はできていた。
「大体、なんでイムちゃんに怪我を負わせた!」
口に入ってしまった瓦礫を血とともに吐き出しながら怪我と言って思い出した金髪の女を思い出す。
「ああ、あの『傷物』……見た目は好みだったが傷のある体は萎えるだろう?」
せめてその傷が自分のつけた物であればまだ興が乗るかと試しに噛んでみたが、それでは覆えないほどに傷口が大きかったせいでそれも叶わず。手配書で見ていた泥棒猫の方が本命だったのもあり船に置いてきたのだ。結果として金髪好きのホグバックにマリオにされてゾンビとなることになるため、整った顔だけはたまに見ることはできるだろう、それで十分だなとアブサロムは考えていた。
「もったいねぇ、あんな上玉なのに傷だらけじゃゾンビとかわりゃしね、ブヘラ!?」
今まで以上の強い蹴りが顎に入れられて脳漿が揺すられる感覚に、思わずアブサロムはこめかみを抑える。飛ばされた先は祭壇前で、アブサロムが衝突したせいで石で作られている祭壇も木っ端微塵に砕けた。
「もういい、しゃべるな……!」
咥えているタバコがひしゃげるほどに強く噛んだせいで、もうフィルターがおかしくなっているであろうそれを、それでもまだ口に咥えながらサンジが怒鳴る。サンジはレイルスがどういった理由で傷を負ったのかを知らない。サンジどころか一味の誰も、当の本人ですら覚えていないのだとチョッパーが言っていた。だが、どんな理由であれ女の体に残った傷を、そんな風に軽々しく口にし、あまつさえそれだけでレイルスの価値を勝手につけた目の前の男にサンジは許し難いほどの怒りを覚えた。それも傷を増やした原因でもある男の発言である、はらわたが煮えくり返るのも致し方ない。サンジは己の血がグツグツと煮立つような音を聞いた気がした。
ルフィもウソップも、揃ってレイルスが海を見たときの顔を見れなかったサンジに対して残念だったなと言った。それくらいにいい顔をしていたんだろうことは他のクルーの言動からも感じてはいたが、それでもサンジは自分だけが目撃した、食事をした時のあの嬉しそうな、心の底から美味いと顔を輝かせて見せたレイルスの顔を見ていた。
あんなに柔らかくも優しく、それでいてまっすぐで純真な顔をできるレイルスを汚すようなことをし、言葉で貶したこの男。
「お前は俺がミンチにしてやる!」
投稿日:2022/0116
更新日:2022/0116