逃れられぬ光
骨に異常がなくてよかったと走りながら進むレイルスはあえて背中にぶつけられる言葉を無視する。塩を持っていくまで大人しく隠れてはいないだろう一味を思って苦笑をこぼす。本当に無茶苦茶な連中だ、目まぐるしく変わるこの世界もそうだがそれ以上に規格外な一味にレイルスは嘆く暇すらない。思わず笑ってしまうほどだ。あんな巨人の敵を目の前にしても、怯むどころか立ち向かって行くなど。絶望を感じている隙もない。それが少しありがたいなんて思ってしまう。勝手に恩を感じたレイルスは勝手に礼をするべく足を回す。案の定地響きが酷くなる背後は振り返らない。背中を押されるように前へと進んだ。オーズがめちゃくちゃに舵を動かしていた影響で、島が海流に突っ込んでしまいグラグラと揺れていたのだが、レイルスは「眩暈してきたか?」と勘違いをしていた。重症すぎて頭も緩くなっているらしい。チョッパーが聞いていたらすぐさまベッドに縛り付けられていただろう。
「……ナミ!?」
船が見えてきた、と思ったその手前に佇むドレス姿の女。その髪色に見覚えがあり声をあげれば、振り返ったのはやはりナミ。結婚を迫られていたと言っていたがなんて場違いな格好なんだと薄暗闇で輝く純白にレイルスは思った。
「イム!よかった無事……じゃない!!あんたなにそれ血塗れじゃない!」
三度目である悲鳴に、打ち合わせでもしているんだろうかとレイルスはつんのめって転びそうになった。
ナミの隣につけば、どうやら船がゾンビまみれになっているせいで距離を取っていたらしいと知る。荷物を持ったゾンビたちがこちらを見上げ、そしてなにやら言い争っている。
「仲間割れ?」
「それ平気なの……?ううん、よくわからないけど」
目を白黒させて血塗れのレイルスを見たナミは、その顔色が真っ白であることに気がつく。先ほど見かけた巨人のゾンビのことにしろ、事態はナミが思っている以上に進んでいるようだと唇を噛んだ。それでもお宝のためにここを去るつもりは毛頭ないのだが。「仲間が消された!」と叫んだゾンビに、中央にいるツインテールの女が腰を抜かしたように座り込む。
「王下七武海の1人だ!暴君、バーソロミュー・くま!!かつて海賊として残虐の限りを尽くした男……!!」
ペローナはモリアと同じ立場の男がなぜこの場にいるのか理解ができずに息を呑む。血の気の引いた顔色は、本当に血の足りていないレイルスに匹敵するほどに白くなってしまっている。それほどまでの恐怖を中心に立つ男は放っていた。
一方なにも理解できていないレイルスは片眉を跳ね上げて怪訝な顔をする。隣で息を呑み込んだナミの反応からどうやら有名人らしいということは分かったが、いまいちピンときていない。それよりも塩である。足を止めてしまったナミの隣をすり抜けて、階段を降っていく。「ちょ、ばか……!」止めかねたナミの手がレイルスの服を掠めた。
「旅行するなら、どこに行きたい?」
誰もが緊迫した空気の中くまの挙動を見守っていたのだが、当の本人の口から出たおかしな質問に絶句する。なんの話だ。レイルスも「あ?」とガラ悪く声を出した。素直に答えたペローナは怨念渦巻く古城に行きたいらしい。随分変わった趣味である。ペラペラと持っている本をめくり出したくまは、怒りだしたペローナを一瞥もすることもしない。レイルスはペローナの体から飛び出したゴーストに、あれも悪魔の実かと鼻に皺を寄せた。ここまで規格外では何でもわからないものは悪魔の実のせいにしてしまいそうだ。
ぽん、間抜けた音がした。シャンパンを開けた時のような、軽く高い音。手袋を外したくまがペローナに触れた瞬間、勝負がついたのだ。音と共に、その場からペローナが跡形もなく消える形で。
「そう噛みつかれてはモリアの居場所も聞き出せん」
レイルスが足を止めた。下ではゾンビたちがバタバタと逃げ出している。
「泥棒猫だな、麦わらの仲間」
その声がナミに向けられた。降りていた階段を背後のくまを警戒しながら一気に駆け上がったレイルスは瞬きの瞬間にくまが船着場から姿を消したことに足を止めかける。「え!?」とナミの驚愕する声にバッと顔をそちらに向ければあの巨体が音もなくナミの傍に移動していた。ゾッと背筋を冷たいもので触れられたかのような悪寒が一気に走ったレイルスは、3段飛ばしで階段を蹴りあげて血で汚れていることすら忘れてナミの腕をグッと掴んで引き寄せた。急激な運動に心臓が煩く血液を回す音がレイルスの鼓膜を内側から押し上げる。
「モンキー・D・ルフィに兄がいるというのは本当か?」
レイルスはナミを背中へと庇いながらジッとくまを睨みあげる。敵意は感じられない、そのことが恐ろしさに拍車をかけていることをこの男はわかっているのだろうかとレイルスはごくりと喉を鳴らした。一瞬で移動したくまの異様さはこの世界を生きるナミでも驚愕するもので、冷や汗を垂らしながらも気丈に、レイルスの背中から声を上げた。
「いるわよ、『エース』でしょう!それがなに!?」
「なるほど、本当だったか……火拳と……大変なことになるな」
目的、七武海というのは本当なのかと立て続けに質問をぶつけるナミを無視してまた一瞬で姿を消したくまは、移動した先からは徒歩でのそのそと移動していく。その足音を聞いて眉を顰めたレイルスは立ち止まったくまが肩越しにこちらを見ていること少し遅れて気がついた。
「エニエス・ロビーでニコ・ロビンと共に逃したと聞いてはいたが、まさか麦わらの一味にいるとはな、鉱《あらがね》」
「……へぇ?」
途端に纏う空気を冷たくしたレイルスはなおさら用心深くくまを睨みつける。「国家錬金術師」。アメストリス国に認められた優れた実力を持つ、資格持ちの錬金術師。国家錬金術師になるためには、極めて難しい試験と精神鑑定を潜り抜ける必要がある。晴れて国家錬金術師となったものには、国家錬金術師の証である銀時計と二つ名が与えられる。レイルスもその資格を有しており、与えられた二つ名が鉱《あらがね》。そのことをこの場所で一度も口にしたことのなかったレイルスは、一気に警戒を強めざるを得なかった。グッと背を曲げたレイルスは獣のように眼をギラつかせてくまを睨みあげた。
「お前を捕らえろという指令は出ていない」
「ちょ、ちょっとイム!」
なんのことだと小声で話しかけてくるナミを一瞥し、片眉を持ち上げたレイルスはそのまま構えていた体を緩める。どうやらくまの目的はこちらには無いようであるし今はやるべきこともある。さっさといけとばかりに手でしっしとやり始めたレイルスをナミは泣きながら止めた。
投稿日:2022/0120
更新日:2022/0120