誰かにとっての黙示録
次にレイルスが目を覚ました時、サニー号はスリラーバークを出港した後だった。目覚めた時の感覚が完全にデジャブとなったレイルスはベッドの中で思わず頬をつねったが、現実だった。プンスコと怒るチョッパーに「私あそこでおろして貰うつもりだったんだけど」とこぼしてしまえばチョッパーはまるで沸騰したヤカンのように声を高くしてさらに怒り始める。「怪我人をあんな島に置いていくわけあるかー!?俺が診れないだろがぁ!」
「そうだぞお前は下さねぇっ!」
「ヨホホホホ!!イムさんはまだ仲間ではなかったんですねぇ」
「もう仲間でいいじゃねぇか〜!」
「お前らはうるせー!!イムは重症なんだぞ!?」
怒るチョッパーの横でギャイギャイと騒ぐのはルフィとウソップ、そして新たに仲間入りしたブルックである。騒ぐメンバーをチョッパーが体を大きくさせてつまみ出していった。漏れなく三人に医務室出禁の令が下されたのはいうまでもないが、騒がしさで言えばチョッパーもあまり大差がなかった。
満身創痍に拍車をかけてしまったレイルスはチョッパーから問題児扱いされてしまい心底納得できないという顔を浮かべる。何度か医務室に治療で連行されてくるゾロの方がよっぽどである。知らぬ間に死にかけるほどの怪我を負ったらしく、まだ完治もしていないというのに包帯をほどき鍛錬を始め酒を浴びるほど呑む。チョッパーの愚痴を聞かされながらゾロの治療を医務室のベッドから見上げていたレイルスはやばいやつだこいつという視線をゾロへと向けた。ゾロからすれば面白くない視線である。
「……お前なんで政府に狙われてるんだ」
その視線を睨み返して、一つため息をついたゾロはチョッパーが離席したと同時にレイルスへと声をかける。寝耳に水な情報に顔を顰めたレイルスだがゾロの顔が険しく歪められているのを見て体を起こした。
「あいつ、七武海の野郎がお前のことを『釘』だのなんだの……」
「釘ぃ?」
全く身に覚えのない単語に首を傾げたレイルスはその言葉の意味を考える。言葉が圧倒的にかけている気がする。レイルスは心底訳のわからないという顔をしていたのだろう、ゾロもレイルスは訳もわからず追われているのかと納得してしまった。
「できる限りでいいから、あいつが言ってた言葉を教えてほしい」
「こんな女が釘なのかだとか……」
それ以上は覚えていないらしいゾロについしらっとした目を向けてしまったレイルスに、ゾロも居た堪れなくなったのか耳を赤くしてウルセェと声をあげる。なにも言っていない、とレイルスはさらに白い目を向けてしまう。レイルスは知る由もないがあの後戦ったくまはどんでもない強さをしており一瞬で一味が崩壊しかけたのだ。ゾロがルフィの身代わりとなって、一身にルフィがスリラーバークで受けたダメージを負ったことで見逃されたに過ぎない。会話に気を割くほどゾロも余裕がなかった。
そんなことを知らないレイルスであったが考えるだけ考えようと米神に指を当てる。包帯まみれの左手はチョッパーには自分でやったものだと一目でバレて必要以上の処置を施されている。それでもそちらの手を動かしたレイルス、なぜなら右腕はそれ以上にガチガチに固められているからである。
「こんな女が釘……くま自身それを誰かに聞いたって口振り……七武海に命令を出せるのって誰?」
「海軍の偉い奴だろ」
七武海とは軍属であるらしい。いよいよきな臭くなってきた。ああいやだとため息を吐き出したレイルスは故郷のことを思い出して鬱蒼とした気持ちになっていた。話している間についさっきチョッパーに巻いてもらった包帯をせっせとほどきはじめたゾロ。内出血で凄まじい色になっている肌が見えてレイルスは顔を顰めた。影が戻った時にこんな傷はなかったはずだ。であれば会話の流れからくまにやられたのかと推察をしたレイルスは、その疑問を口にはしなかった。何よりゾロ本人がその会話を避けているのをレイルスは一味の会話から嗅ぎ取っていた。
対してゾロはレイルスにあえて伝えていないくまの言葉を己の中で思い出していた。
――その女には大将が、世界が動くぞ
大将と言われて思い浮かぶのは、かつて手も足も出なかった大将青雉。ロビンを狙って不意に現れたそいつにルフィすら敵わず凍らされたのは鮮明に覚えている。海軍大将が動く、それだけでよっぽどのことであるがその理由が判然としない。ロビンのように自らその理由を知っているようでもない、だからこそ余計にタチが悪いとゾロは眉間にシワを寄せる。
「後手にならないといいが」
ロビンの時のような一大事件になりかねない。それはそれで真っ向から立ち向かう気概はもちろんあるが相手が大将となると、どうなるか。くまとの対戦で苦汁を飲まされた直後なのもあって思わずゾロらしからぬセリフが溢れる。その言葉の意味を測りかねたレイルスは独り言らしいそれをスルーした。仲間として守る発言、今度のゾロはそれを自覚していた。身を挺すような行動はよろしくないが、実際レイルスには多く助けられたことをゾロも他の一味も自覚している。塩を大量に用意するよう早い段階で決断を下した判断力のおかげもあって戦いは楽に運べた。オーズの腹の中から出てきた時には何をしているのかと怒鳴ったが、その後のモリアの発言から相手にとって不利になるような行動をレイルスが取っていたというのは理解できた。おそらくレイルスはこの船の中で事態を予測する力が一番強い。頭の足りないルフィにはこういう仲間が増えたほうがいいとゾロは自分のことを棚に上げてそう思った。ナミやウソップから見たらゾロもルフィも対して変わりはないのをゾロはわかっていない。
一時期海軍に話でも聞きに行くのもありかもしれないなんて呑気に思っていたレイルスは、やめたほうが良さそうであると考えを改める。釘が何を刺しているかは不明であるが嫌な予感がするのは確かだ。二つ名のこともあってレイルスは海軍への警戒を強めたのだった。軍だからといって信頼を寄せないところは祖国のせいとも言えたがそれを知るのはレイルス本人のみである。キィと音を立てて扉が開いてチョッパーが戻って来たのもあって自然と会話はそこで途切れた。
「ああゾロ馬鹿野郎!また包帯とったな!!」
「イデっ!!」
チョッパーの蹄がゾロの脳天を貫いたのを、レイルスは「いや相手怪我人」と呆れながら眺めたのだった。
投稿日:2022/0126
更新日:2022/0126