ユグドラシルの枝
ブルックは至る所でおっちょこちょいをやらかしたらしい。医務室に自ら引きこもったレイルスはそれを後からブルック本人の口から聞いた。何せ落ち込んだブルックが医務室に押しかけてきてグズグズ泣きついてきたので。一味でもないレイルスに言われても、という内容の悩みではあったがブルックにとってはそれが返ってよかったのか、「聞いてくださいヨォ!!」と全力で縋られてしまったレイルスはマシンガントークを甘んじて受け入れた。
アドバイスなどできるはずもなく、「私も穀潰しだから」と励ましにならない台詞を吐くのが精一杯であったし、なんならレイルスは脱穀潰しのために作業中だったためすぐにブルックを裏切ることとなる。それでもブルックには心温まる言葉だったのか、「それもそうですね」と失礼なことを言ってルンルンと医務室から退室した。怒涛の勢いに呆気に取られるレイルスは、それで元気に成るのであればいいかと寛大な心で気にも留めなかった。
そんなブルックが去った後に黙々と作業を続け、全ての錬成を終わらせたレイルスは肩をほぐすようにして回す。並の錬金術師であれば数ヶ月もかかるような錬成をたった一日で終わらせるあたり、力量の高さが見える。それも仕事が丁寧なため、本来ならば残ってしまうことの多い錬成跡すらも全く見えないという完璧っぷり。製品さながらの品を全て袋に詰め込んだレイルスはベッドにごろりと横になる。幸いなことに作業中誰かが部屋に入って来ることはなかった。彼らであれば見られてもいいか、と気楽に考えていたレイルスだったが説明が省けるのであればそれに越したことはない。レイルス自身も何をどこまで説明すればいいのかわかっていないのだ。くぁ、レイルスの口から欠伸が漏れた。
ゾロが聞いたという釘という単語について、色々と考えてみても何もわからず、博識だというロビンにも聞いてみたが結果は振るわず。考えても仕方がないという奴である。こんなのばっかりだとレイルスはうんざりした。本来であればわからないことはとことん、詳らかにが性である錬金術師にこの仕打ち、なぜこうもわからないことばかり溢れているのか。そう思っているはずなのにレイルスはニヤリと口角をあげる。本人はそれに気がついていないが、内心ではそんな状況に心が躍っているのである。
静かな船内にバイオリンの音がなだらかに流れ出す。どうやらブルックも落ち着いたらしいとその音色から知ったレイルスはニッコリと微笑む。いい音だ、音楽には全く明るくないが不思議とブルックの奏でる音色が素晴らしいものであるというのをレイルスは理解できた。
正直、ブルックという事象をどう捉えていいのかレイルスは測りかねている。死んだ人間は生き返らない。どう足掻いても覆ることのない真理だ。世界が違うから、それを理由にそんな世界の理すらもひっくり返ると納得するにはレイルスにとって些かことが大きすぎる事象だった。生きること、死ぬこと。レイルスはおそらく年齢のわりに生死について熟考を重ねてきている。だからこそ思うところは多くあるし、「どうして」と嘆きたくならないと言ったら嘘だ。だが、だからといってブルック自身を否定する気持ちが微塵も湧かないのが、レイルスが真っ直ぐな人間性を持っている所以だろう。実際レイルスはブルックが生き返られたということを、本人が嫌がっていないのであれば喜んでやるべきだろうとも思っている。そのうえで納得できるかどうかが別なだけということだ。人の思考力とは厄介だと、こういう時にレイルスは痛感する。
「イム、風が出てきて気持ちがいいわよ」
医務室の扉を開けたのはロビンで、その奥からナミも室内を覗き込んでくる。西日の逆光に目を細めたレイルスはその言葉にベッドから起き上がる。ロビンとナミは夕日に照らされるレイルスの色彩が思った通り鮮やかで美しくひっそりと笑う。爛々とした昼の光の下でも星のように綺麗だが、夕陽のような色のある光の下では蕩けるような黄金の色が強くなる。どんな場所で見てもきっとこの色は記憶に残るんだろうと、ロビンはレイルスを隠してしまいたいようなそんな気持ちに少しだけ駆られた。
天気もいいのでそのまま甲板で夕飯にしようとルフィが言い出したので、適当な樽や箱をテーブルにし芝生に直接座り込んでの食事が始まった。
普段は胸を張るようにして膨らんでいるフォアマスト、メインマストにかかる帆も無風の中では垂直にぶら下がっている状態。両端のシュラウドのラットラインにフックがかけられ、左右を繋いだロープの間には洗濯物が並んで空を彩っていた。それなりに高い位置にあるのは、いざと言うときのために戦闘、船の移動のための行動を妨げないようにするための予防線。そう言った船の常識を全く知らないレイルスは回収が大変そうだなんて見当違いな感想を抱いた。雲一つない空はベタ塗りされた絵画のようで、この船の上以外に動きがどこにも見られない。初めて知る海と空の表情に、レイルスは自然と顔を緩ませた。
レイルスのものはサンジが別で用意するからといって、中心から少しずれたところに座らされたレイルスは、サンジの影から騒がしい食事を見ながらスプーンを口に運ぶ。何度食べてもサンジの料理はレイルスには衝撃で、その度に勝手に頬が持ち上がる。すぐに食べ終える量の皿を空にしたレイルスは、まだまだ続く一味の食事をぼんやりと眺める。ポーンと空に飛んだ魚の頭をルフィが首を伸ばして追いかけてばくりと口へ収める。どんな光景だ、とレイルスは気が遠くなりかけた。冷静になってみると、本当に無茶苦茶な世界だとレイルスは苦笑した。
「前から思ってたんだが、お前全然食わねぇな」
レイルスのあまりに少ない食事量を指摘したのはゾロで、ロビンはあら、と口を手で押さえる。意外なところから指摘が入ったと驚いたのだ。てっきり最初に話題に出すのはサンジかチョッパーだと思っていたロビンももちろんそのことには気がついていた1人である。レイルスはすでに病人食から通常食になっているのだが、食べている量はほとんどと言っていいほど変わらない。
「元から食べるのサボりがちだったしなぁ、それに言われるほど少ない?」
「食べるのをサボることなんてあるか……?」
心底不思議そうな声を出したルフィに誰もがお前はわからないだろうなと心の中で突っ込んだ。食べることに関してルフィは常に命懸けというくらいに全力である。
「女から見ても少ないわよ、前からその食事量だったの?」
「むしろこの船では食べてる方だったんだけど」
その言葉に数名がギョッとする。レイルスの食べる量といったら、スープをコップ一杯だったり、小皿いっぱいのリゾットだけだったりと軽食にしても少ないレベルの量なのだ。サンジだけはその状況をしっかりと把握はしていたが、改めて本人の口から聞くと大丈夫かそれでと心配になるものがある。こっそりとだが量を増やそうかと画策していたりするのだが、無理をさせて食べさせるのもポリシーに反する。というか既にそれは試みた後だ。
「どんだけ喰わないんだよお前……」
「じゃあ、食べてない時はどんくらいだったんだ?」
「絶食は3日だったかな……草とか虫とかで食い繋いだ時は……2週間?基本的に1日一食だし」
「どんな状況だったんだお前本当!!」
「1日一食!?」
恐る恐る質問したウソップが絶句する。ルフィはもし1日一食しか食べられなかったら、と想像して顔を真白にした。静かにそれを聞いていたサンジはやっぱりと納得していた。どれだけ腹が膨れても、レイルスは絶対に自分に出された分は残そうとしなかったのだ。苦しそうにしながらも口に運んでいる様子を見てしまってから量を無理に増やすのをやめた。苦しそうな顔が少しエロくて居た堪れなくなって罪悪感が酷かったなんてそんなことは決してない。ないったらない。心のシャッターで連写なんてしていないったらない。毎晩思い出しては悶絶していたなんて絶対にないのだ。
深い事情、それもあまり楽しい話ではなさそうだと察しがついてしまった一味はそれ以上質問を重ねることができなかったが、実は絶食3日は単にレイルスが研究に没頭して食べ忘れただけであるし、2週間の方は軍部の演習で同じ班になったバカが食べ物を全てダメにしてしまったせいであったためそこまで緊迫した状況ではなかったりする。
「でも今食べてる量だと絶対的にカロリーは足りてないし、イムは栄養失調気味だから薬で誤魔化してるけど……それも良くないんだからな」
レイルスを診察していて彼女の胃が平均よりもずっと小さいことを知っているチョッパーはそれでも諭すようにレイルスに言い含める。本人が努力をしなければどうにもならない問題だというのもあるし、なんなら薬で腹がいっぱいだと抜かしたこともあるレイルスだったので医者としては頭が痛い思いだった。
「あはは、気をつける」
「もったいねぇなぁサンジの飯こんなウメェのに沢山喰えないなんて」
「そうだね」
「え!?え……!?」
「チョッパー、サンジのあの病気はどうにかならないのか」
「無理だ」
投稿日:2022/0129
更新日:2022/0129