ユグドラシルの枝


「ヨホホホ、どれもこれも美味しいですねぇ」
「おうおう、だったらもうちょい綺麗に喰え」
 サンジの嫌味はなんのその、あまりに美味しいため体がせっつくように口へと食べ物を運ぶため口周りと言わず全身汚しながら食べてしまうブルックは朗らかに笑ってサンジのセリフを流した。
 味を感じることのできる体でよかった、そう改めて思うブルックの隣にレイルスがちょこんと座る。ブルックはてっきりここにいる全員麦わらの一味のクルーなんだと思っていたのだが、出航してしばらくして船長がレイルスの勧誘を続けているのを見て違ったらしいと知り驚いた。
「あのー、イムさん」
「何?」
「いえ……そんなに気になりますか?」
 ブルックはたまに、レイルスから視線を感じていた。今もこうしてわざわざ横に座ってまで観察を続けているのだからどうも居心地が悪く体をそわそわと動かしてしまう。自身がおかしな体であることは百も承知であるが、いずれ仲間となるだろう人から観察されるというのは少々心苦しい。思い切ってそう聞いたところ、レイルスは心底不思議そうに目を丸めており、見事な金色の瞳が溢れそうな程だった。
「何が?」
「え?だってすっごく見てくるじゃないですか!?」
「何を?」
「私を!」
 んもう!そう言って怒ったふりをしてレイルスを見下ろしたブルックだったがどうやら本人は無自覚だったらしいということにやりとりの中で気がついた。あんなにジロジロ見ておいて自覚がないのはどうなのかと思うが、悪い視線ではなかったのはブルックが一番よく知っている。居心地は悪かったけれども。
「無意識だった」
「そんなに気になりますか?この体」
「いや」
「そうでしょうね、私自身もおかしな体だと……ってええー!?」
 本当に興味がなさそうな声で否定されてしまってブルックは悲しんだ。興味津々でいられるのも座りが悪いが、だからって全く興味を持ってもらえないのもなんだか寂しい。面倒臭い思考をしたブルックだが、口に出さなかったのでレイルスはコテンと首を傾げただけだった。
「じゃあどうしてそんな熱視線を……は!もしかしてイムさんったら私のこと……!!」
「わかんないけどそれも違うと思う」
「酷い!!」
 ポキポキと身体をくねらせるブルックに首を横に振るレイルス。大袈裟に嘆くブルックを遠目に見たルフィがゲラゲラと笑った。なぜブルックを見ていたのか、レイルスは無意識の行動を省みて申し訳なさそうに眉を下げた。ふわ、凪の気候の中一瞬通った風なのか、レイルスの髪がふわりと浮いた。
「嬉しかったんだ、多分」
「嬉しい?」
「うん、嬉しかった」
 膝を抱えるように小さくなったレイルスの声はとても暖かく、小さい。ともすれば聞き逃してしまいそうなほどの囁きにブルックはつい、レイルスをジッと見つめた。
 レイルスは弟のことを考えていた。魂だけの姿になってしまった弟。眠ることも、食べることも、温度を感じることも何もできない。眠ることができない体は暗い夜の中で弟を1人にさせて、考える時間だけを気が遠くなるほど与えた。突然有り余る1人の時間を与えられた弟は、その分早く子供でいられなくなってしまった。きっかけは「あの日」であっても、きっと眠れぬ夜が弟を追い詰めて子供という枠から決定的に突き落とした。そんな弟に何もしてやれなかったレイルスは、弟と同じような体で全力で生きるブルックになんだか救われたような気がしていた。
「全力で食べて、美味しいって叫んで、疲れたら寝て……当たり前だけど、当たり前じゃないってブルックは知ってるでしょ」
「……それは」
 だから何をするもの楽しそうなのだ、レイルスはそれを見て心底ブルックの心根の優しさを知り、そんな彼でよかったと思う。そんな彼に会えてよかったとそう思う。弟とは理由が違うが、ブルックもまた影を奪われ霧の中を彷徨うことを余儀なくされたことで、そういった当たり前から長年遠ざかっていた。だからこそ、身に染みてそんな当たり前を謳歌できる今を噛み締めている。誰の目から見てもブルックは生を喜んでいる。
「あってしかるべきことなんて、案外少ないのにね」
 グッと足を伸ばしたレイルスがクンと顎を上げて空を見上げる。空の淵が紺色に染まり始めている。じわじわと始まる夜を肌で感じながらレイルスはまだ茜色の空の真ん中に薄い色の月を見つけて微笑んだ。その顔があんまりにも優しくてブルックは息を呑む。そうして気がつく、レイルスは微塵もブルックのことを憐れんでいないのだ。いや、この船にいる誰もがきっと。
「イムさんって、変わってますね」
「そう?」
「ええ、とっても」
 ブルックは心の中で船長を応援した。ぜひこの人とも旅がしたい。せっかく拾った命なのだから、彼女がいうように全力で楽しまなければ。ヨホホと笑うブルックにレイルスはつられるようにして笑った。

 凪の気候から抜けてシャボンディ諸島への航海が進む中、レイルスはウソップとブルックと共に甲板下にあるウソップ工房に招かれていた。
「ほら!これがメリー号だ!」
 そう言ってウソップはレイルスに一枚の絵を見せた。ソルジャードックシステムについてフランキーがレイルスに嬉々として話していたときに、ふとミニメリーの説明の際にレイルスが「なんでミニ?」と疑問を吐き出したことがきっかけだった。それを横で聞いていたウソップが俺たちの冒険譚を教えてやろうと張り切り、過去にスケッチしていたメリー号の絵を探して持ってきた。差し出されたそれを受け取ったレイルスはそこに描かれる可愛らしい船をジッと見る。なるほどミニメリーと呼ばれていた小舟と船首が同じだ。
 ちなみにレイルスがフランキーに船内の案内をされたのは、レイルスが目に見えてキラッキラとはしゃいだ顔をして「すごい」と感心してみせたからだ。これにはフランキーも鼻高々に少し照れながら船を自慢してしまった。自分の作った船を褒められることはそこまで慣れていない。レイルスが話を理解するのが早いのもあって詳しい話もじっくりできてしまい、フランキーはそれはもう満足してコーラの補給にキッチンへと向かった。
「山を登る海流を乗り越え!空に突き上げる海流すら味方にし!空にある島にまでいった船だ!!」
「私もこの前、航海日誌で読みましたがほんっとうに素晴らしい冒険でした……!!」
 メリーを知らないブルックも一緒になってウソップの話を聞いていたのだが、どうやら彼は航海日誌である程度のことは知っていたらしい。それでもウソップの語りはとてもうまく、まるで情景が目の前にあるかのように浮かび上がるほど生き生きとしたものだった。レイルスも聞いていてワクワクするような冒険ばかりで、自然と頬が緩く笑みの形をとっていた。にしても空に島が浮いているとは。レイルスの国でもそういった伝承だけは残っていたが、その存在を実際に確かめたという人間はもちろん誰もいない。
「絵は誰が描いたの?」
「俺だ」
「……うまいね」
 鉛筆で描かれたそれを見てレイルスが問えば、親指で自分を指すウソップ。素直に感心したレイルスは内心で意外だ、と思っていた。ルフィと同じく細かい作業など苦手だと勝手に思っていたのだが見当違いだったようだ。レイルスはてっきりロビンが描いたのだと思っていたが、残念なことにロビンは画伯である。
「ルフィは絵がヘッタクソでよ、メリーの時の海賊旗は俺が描いたんだぜ」
「へぇ」
「あ、ラブーンの頭にはルフィは描いたからスンゲェのになってる」
「おやおや」
 50年も前に双子岬という場所にブルックは仲間を置いてきたのだという。アイランドという種類の鯨で、その名の通り島のように大きくなる種類なんだとか。ブルックが別れた時にはまだほんの子供で、だからこそ過酷なグランドラインの航海に連れて行くことができなかった。しかし海賊団は壊滅、ブルックは1人あの寂しい霧の中、ラブーンとの約束を果たすために生きていたのだという。グランドラインを一周してまた会いに来るというラブーンとの約束を守るためだけに生き抜いたその決意の強さに誰もが胸を打たれた。
「鯨見たことないな」
「マジで!?」
「内陸にいたし、海自体初めてだし」
「そういやそう言ってたな、どんだけ僻地なんだお前の国」
「うーん……隣に砂漠はあった」
「じゃあ暖かい国なんですね」
「北は氷山に覆われてた」
「どんな国だ!!」
 そんな事言われても。レイルスは困ったように眉を下げる。成り立ちこそ反吐が出るほどに胸糞悪くなる国で、国土を広げた理由もそれはもうひどいものであった。戦争を繰り返し大きくなったからこそ、国の中でも大きく季節や環境が異なるのだが。人も自然も豊かで何も知らなければそれなりにいい国だった、と思う。
「まあ私の国はいいよ、そういえばそのラブーンの絵はないの?」
 レイルスはウソップのように、旅の思い出を語ったことがほとんどない。語るほど明るい旅ではなかったし、気がつけば嫌なものばかり知ってしまったからだ。だからこそ、こんな船の上でそれにまつわる話はできる限り触れたくなくて下手くそに話を逸らした。
「ラブーンかぁ、そういや描いたことなかったな」
「あーん、そうなんですか……残念」
 ブルックががっくし、と項垂れる。せめて絵でもいいからその姿を見たかったと思うのは仕方ないだろう。何せ50年だ。
「50年か」
「気がおかしくなるほどの年月ですよ」
「なるほどだからお前変なんだな」
「失礼な!!」
 ふざけて茶化すウソップに、ブルックもポーズでは怒るもののケタケタと笑っている。50年、普通の精神をした人間でも1人でいたらきっとおかしくなるには十分な時間だ。思うところのあったレイルスはまた静かに遠い地の誰かに向けて、想いをそっと馳せたのだった。


 - return - 

投稿日:2022/0129
  更新日:2022/0129