十二の切口

 トビウオライダーズのトップ、デュバルの顔がまさかのサンジの手配書にそっくりだったという珍事件。そのおかげではっちん――タコの魚人のハチを助けたはいいものの必要以上の戦闘とストレスを抱えたサンジは一息つくべく飲み物の用意を開始した。嫌な予感というものは当たるもので、件のハチはあろうことかナミの故郷であるココヤシ村を支配していたアーロン一味の幹部の1人だった。ナミから助けるという発言が出なければルフィですら手を貸さなかっただろう。気丈に「ケイミーとの約束だから」と笑ったナミの強さにサンジは改めてうっとりとさせられたのだった。お礼だというたこ焼きも確かな味で、レシピや出汁に使っているという昆布も分けてもらえたサンジとしては満足できる部分も多かったが、それでもあの忌まわしき手配書の顔がついて回ってきたことに対する苛立ちはまだ腹の奥を燻っている。
「……ッチ、さっきのでバカになったか」
 海の底へと引き摺り込まれて、間一髪ケイミーに助けられたもののどっぷり海水に浸かったせいでジッポが壊れたらしい。イライラが募るのを感じながら、火がついていないタバコをそのまま咥える。コンロの火もあるにはあるが、そこまでするのも癪に思えて気が進まない。フランキーに言えば治るだろうかとジッポをキッチンの一角に置いて紅茶の蒸れ具合を確認した。
「イラついてるね」
「うぉっ!?」
 完全に気を抜いていたサンジは背後からかけられた声にギョッとして面白いくらいに跳ね上がった。バッと後ろを振り返れば、レイルスが眉を下げて立っていた。レディの気配に気がつかないとはなんたる不覚とサンジは眉をグッと下げた。サンジは自覚していないが、ケイミーに助けられた際に盛大に鼻血を噴き出して貧血を起こしている。輸血が必要な量でもなかったが、レイルスとしてはサンジの型の血を多く使ってしまった前科があり、スリラーバーグの一件の後もパックをまた一つ使ってしまっていたので申し訳なく思うと同時責任を感じていた。
「タバコ吸わないの?」
「あ、いや、ジッポが壊れちまっててな……」
 何か用があったのではと問う前にレイルスに質問をされてしまったサンジが素直に答える。そこでレイルスの第一声を思い出して弁解しようとするも、事実タバコが吸えないことで気が立っていたので取り繕う方が格好がつかないかと口を噤む。サンジの言葉に目をパチクリとさせたレイルスは、ニッと笑って声を弾ませた。
「待ってて」
「グッ、は!?女神の笑み……!?」
 サンジのバカな発言は聞こえなかったのか、レイルスは軽い足取りで医務室へと消えていく。その背中を心臓を押さえながら見送ったサンジは、スリラーバーグでのアブサロムとのやりとりを思い出していた。この船に乗る前から傷が多くつけられた体ではあった。それでも、首元の傷についてはサンジの目の前で、手に届く範囲で起こったこと。易々と敵の手で傷を増やしてしまい、あんな発言を許したことをサンジは不意に思い出す。ああ、あの野郎に一つ言いそびれたことがあった、傷があろうがなかろうが、彼女の裸は絶対にとんでもなく美しいに決まっている。うっかり想像して鼻の下を伸ばすサンジは転んでもタダでは起きない人種であった。
「……顔がやばい」
「未遂だ!!」
 何が。そんな視線を向けるもなんの話かわからないレイルスは、サンジのだらけきった顔に苦笑しつつ手に持っていたそれを差し出す。差し出されるままに手を出したサンジは、ポトンと落とされたそれに目を見張る。
「こりゃ……」
「美味しいご飯のお礼」
 渡されたのは美しいジッポ。金色のそれは独特な丸みを帯びた部分があり、所々パールが埋め込まれている。直線と曲線で模様が描かれており、なんとよく見ればその曲線の中に美しい女神が微笑んでいる。恐る恐る蓋を開ければそれだけでキーン、と高く響くような音が鳴った。
「こ、こんないいもん」
 確実に本物の黄金だろうことがわかるそれ、そんなに素晴らしいものを女からもらうなどとサンジは狼狽えるが、ケロッとしているレイルスはいい笑顔のままだ。
「ほんと、お世話になったから」
 その言葉に、サンジは固まる。言外に込められた意味を正しく理解したサンジは、慣れた様子でジッポでタバコに火をつけて大きく吸い込む。ああ、うん。美味い。火が着けば何でもいいなんて思っていたが、このジッポは永遠に使い続けるだろうとサンジはひっそりと確信する。
「足りないな」
 そして同じくいい笑顔で笑い返す。レイルスの言いたいことを無視した上で堂々と笑ってみせたサンジに今度はレイルスが固まった。
「侮っちゃいけねぇよイムちゃん、俺たちは海賊だぜ?」
「サンジは快く送り出してくれると思ってたんだけど」
 心底困ったような顔でレイルスが頬をかく。サンジだってビビの時のように降りなければいけない理由や、海賊になるわけにはいかない理由など、明確なものがあるのであれば本人の意思を尊重する。しかしレイルスの場合は明らかに海軍には目をつけられているし、何よりあの船長が痛く気に入っているのだ。特にレイルスは海賊になりたくない、というわけでもない。どちらかというとレイルスからすればなる理由がない、が正しいのだがそこを正しく理解しているのがロビンとサンジ。ロビンは全力で外堀を埋めてきているのだが、まさかそのもう1人も「だったらなればいい」と背中を鷲掴んでくるとは思っていなかった。レイルスは冷や汗を流した。
「チップの過払いもよくないんだぜ、イムちゃん」
 吸い込んだタバコをふぅ、吐き出して目線を下ろせば苦い顔をしているレイルス。サンジはその顔を見て、改めて手の中に収まる美しいジッポに視線を向け少年のようにケラケラと笑った。



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投稿日:2022/0203
  更新日:2022/0203