十二の切口

 シャボンディ諸島。「島」と呼ばれているが、実際はヤルキマンマングローブと呼ばれる巨大な樹木の集合体で、偉大なる航路の島特有の磁場が発生しない、特殊な陸地である。そのためログポースを気にすることなく羽を休めることもできる、海賊にとっては貴重な場所であり多くの海賊が新世界へ向けての準備を整える島だ。
 諸島を構成する79本もの樹木には番号がつけられており、それが島の区画としてそのまま使用されている。1〜29番は無法地帯、30〜39番は繁華街、40〜49番は観光関係、50〜59番は造船所、60〜69番は海軍駐屯地、70〜79番はホテル街が多い傾向にある。41番グローブに船を停留させた麦わらの一味は、割れないシャボン玉が島の地面から吐き出される光景を見て歓声を上げた。
「この島に信用できるコーティング職人が1人いる、そいつを俺が紹介する」
 赤い土の大陸、つまり聖地マリージョアを通れない無法者達は、新世界への裏ルートである魚人島を通る海底ルートへの旅の準備をする島として、このシャボンディ諸島を利用している。船をシャボンでコーティングすることで水圧に耐えられるというのだ。説明を聞いたフランキーはまだ自分にも知らない技術があるのかと顔を綻ばせた。
 しかし、このシャボンディ諸島もいいところばかりではない。この諸島には偉大なる航路の前半の海で名を上げた悪名高い凶悪な海賊達が集結する地として有名なため、近隣に海軍本部が設置されているのだ。騒ぎを起こせばすぐにでも海軍が駆けつけてくるという言葉にナミはルフィの首根っこを捕まえて「わかった!?」と言い聞かせた。心ここに在らずといった様子で元気に「おう!」と返事をするルフィを横目に、レイルスは船から持ち出した荷物を持ち上げる。一味への餞別はそのまま適当なメモと一緒に全て船に置いてきた。後で船に戻ってきたときに気がつくだろう。レイルスは先にサンジにだけ渡した後に大いに後悔していたので、直接渡すのを諦めていた。今持っている荷物は売るためのものだけだ。
 ハチは続けて、天竜人という奴らには絶対に逆らうな、と言葉を強くしてルフィに言い聞かせる。初めて聞く単語にレイルスはそっと眉を顰めた。

 船を整備するために残ったフランキーとウソップ、寝ていたゾロ、船番のために残ったサンジを除いたメンバーが下見のためにと島へと進んでいく。レイルスだけがもう戻らないつもりで船から降りた。最後にサニー号を見上げて、誰もこちらを見ていないことを確認して小さく手を振った。ボンチャリというシャボン玉を利用した乗り物をレンタルしている一味を横目に、レイルスは地面から溢れる樹液を指でなぞる。
「ベタつくでしょ」
 最初に島に降りて同じように地面に触れていたロビンが、苦笑してハンカチをレイルスへと差し出す。ロビンのいうとおり粘度の高い液体は、ゾル状にも見える。レイルスは親指と人差し指でそれを何度かすり合わせて光にかざす。ロビンの声に「ううん」と聞いているのかいないのか、ぼんやりした声を返すレイルスは思考に沈んでいるらしい。ロビンは微笑ましげににっこりと笑った。ちなみにロビンはウソップのズボンで手を拭いたのでハンカチは綺麗なままである。
 大小様々な大きさのボンチャリを三台借りた一行は快適なそれに笑顔を振りまく。レイルスも空を浮きながら揺れなく進むボンチャリに興味深げにその構造を眺めた。とはいっても構造はとてもシンプルで、レイルスはやはり肝であるシャボン玉ありきらしいと観察をやめて前を見た。
「あ、気がついた」
 しかしそれでも時間が経過していたらしい、気がつけばロビンとナミだけが乗ったボンチャリでショッピンング街のど真ん中にいたレイルスは目をキョトンと瞬かせる。コーティング職人への交渉はルフィたちに任せて、買い物をすることにしたらしい。
「ケイミーは?」
「何にも聞いてないわねほんと!!誘ったけど来なかったのよ!!」
 ギャァと歯をむいて怒るナミにええ、とレイルスはたじろぐ。ナミはロビンとも先ほど行った会話の繰り返しにイラッとしたのだった。ナミも船でレイルスの集中力の高さは何度も目撃していたがこうも会話にならないこともあるのかとげっそりしてしまった。
「あ、じゃあ換金所行きたい」
「でかい荷物持ってると思ったら、先に持ってきたの?」
「50万ベリー返せるかな〜」
「まけないわよ」
「ふふ」
 ナミとレイルスのやりとりに楽しげに笑うロビンはすっかり仲のいい2人を見て嬉しくなっている。ナミはあんなただの金塊50万にもならないだろうとしらっとした目でレイルスを見る。それでも1ベリーたりともまけるつもりがないあたりブレない女だった。
「あそこ、換金所だと思うけど」
「通り過ぎてたのね……ロビン早く教えてよ」
 楽しそうな2人に水を刺したくなくて、とは言わずににこりと笑うロビンに毒気を抜かれたナミはボンチャリをそちらに回す。それなりに大きい換金所のようで店の外からも宝石類が陳列しているのが見える。そこに提示された値段をさっと眺めたナミは、うーんとうなる。金目のものを見える位置に置く換金所というのは総じてきちんとした金額の提示をしないのだ。周りの金銀財宝で圧をかけて、ずっと低い値段で交渉してくる。そういうやり口をする輩が多い。それでも近場にはここしかないようであるし、この島の換金所の雰囲気を知るにはいいかとナミは匙を投げた。サニー号に乗せたままの財宝を後から換金するナミの糧になれ、とレイルスを送り出すことに決めた。
「いらっしゃい、御用は?」
「換金してほしい」
 そういってテーブルに袋をどん、とおいたレイルスに店主の男はニヤリと笑う。意外にも全く気遅れした様子のないレイルスにナミとロビンは大丈夫そうだと後ろから様子を見守る姿勢を作った。店主の方は女ばかりの一行を完全に甘く見ている。無造作に袋から財宝をテーブルへと並べたレイルスは後ろのナミがギョッとしたことに気がつかない。それも、割れてただの金塊と成り果てていたはずの壺がどういうわけか黄金のゴブレットや指輪、ネックレスへと姿を変えているのだ。船に置いてきた財宝を持ってきたというわけではないということをナミが一番よく理解していた。何せどれひとつあの山の中にはなかったのを覚えていたためである。ネコババされたくないが故にナミはあれだけ量のあった財宝を全て覚えていた。しかも、あの壺にはついていなかった宝石や装飾まで、どういうわけか増えている。あれをリメイクするにしては無理があるその品々にナミは目をベリーへと変えた。
「……」
 息を飲んだのは店主もそうである。あんな汚い麻袋から出てくるにはどんでもない価値がある宝石類がごろごろと転がってきたのだから思わず生唾を飲み込んだ。
「ええ、ええ……そうですね、ええ」
 手垢をつけないよう震える手で手袋を嵌めながらひとつ一つを査定していく。どれも本物、それも希少価値の高い宝石まで混ざっている上に保存状態がとんでもなくいい。今さっき「完成した」と言わんばかりの輝きを放つ品々にまた店主の喉が知れずと上下した。
「しめて、そうですね……500万……」
「は?」
 それに待ったをかけたのがナミである。店主と同じく目をベリーにしながら同時に査定を行ったナミは、店主の提示した金額に全くもって納得いかなかった。レイルスは目的の金額丁度を提示されたため頷こうとしていたのだが、ロビンの能力によってしれっと口を塞がれていた。ロビンもまた審美眼が備わっている女性である。
「そう、そうバカにするのならここでは売らないわ」
「な……!」
「もっときちんと査定してくれる場所で、全部売る」
「まままま待ってくれ!悪かった!!」
「いい、次にちょっとでも騙そうと思ったらすぐに出ていく……わかった?」
 表情を一切そげ落としたナミの気迫に店主は震えながらガクガクと首を縦に振る。ロビンの手から解放されたレイルスは呑気にぷは、と空気の新鮮さに有り難みを感じていた。ナミの形相にすっかり心が折れた店主は、ブルブルと震えながら査定金額を書類に書き込んで黙ってレイルスへと差し出した。
「……わぁ」
 いち、じゅう、ひゃくと数えていたレイルスはどんどん続く桁に素直に驚く。レイルスの頬に顔をくっつける勢いで後ろから覗き込んだナミはその額にキラキラと目を輝かせた。
「5000万ベリー……」
「売るわ!!」
「買ったぁ!!」
 なぜかレイルスではなくナミが元気よく返答し、そんなナミの輝かしい笑顔に店主は号泣して札束を机に叩きつけた。


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投稿日:2022/0204
  更新日:2022/0204