十二の切口
とんでもない額で売れた作成物にやや引きながら、レイルスはスーツケースに詰められた札束を眺める。ポヤポヤとしながら店からでたレイルスは喜びでくるくると回るナミに抱きしめられていた。「すんごいじゃない!まさかあんな額になるなんて!!」
いや本当に。レイルスとしては最初に提示された額でも多いと思っていたのだが、結局その10倍になるとはまさか思っていなかった。やりすぎただろうかと、反省するレベルであるが、ナミの恐ろしい形相のおかげもあったので、レイルスはまあいいかと反省する気持ちをどこぞへ投げ捨てた。1割の額を最初に提示してきた店主の度胸というか、商売根性も凄まじい。
「じゃあはいこれ」
そう言ってスーツケースをそのままナミに渡したレイルス。反射のようにそれをガシッと受け取ったナミだったがえ?と首をかしげた。
「50万ベリーだけもらうけどあとは返す」
「返すって?」
「元は一味のでしょ」
どこまでの他人行儀な言い回しに、ナミは顔を顰める。しかしスーツケースからは全く手を離す様子のないところから貰えるものはもらうらしい。
「あんたまだ降りる気でいるの?」
「うんまぁ……」
「呆れた」
ナミが心底呆れたというようにため息を吐き出す。もし仮にこの島で降りるとするのであれば、出港前にルフィが大声で島中を探し回るに決まっている。それに。
「ねえ、イム……?あの粉々になった壺を5000万ベリーまで引き上げられる術を持っているあんたを私が下ろすと思う?」
目をキラキラとベリーにしたナミががっしりとレイルスの腕を掴んだ。まさかである。ナミは来るもの拒まず去るもの追わずだと思っていたので、ロビンのことを止めてくれると思っていたのだが。いっそこのまま去ろうとしていたレイルスはヒクリと頬を引き攣らせた。ナミの前で換金を行ったのが運の尽きである。副音声で金の成る木を逃がすものかと正確に聞き取ったレイルスは軽率だったなぁと今更反省した。
「だいたいどうやったのよ」
「企業秘密です」
「小娘共!ロビン!」
なんとかならないかなと他人事のように空を見上げていたレイルスの視界に先日の飛び魚が目に映る。さらに驚くことにその背中には妙なポーズをとったフランキーが乗っている。呼び声にフランキーのことに気がついたナミとロビンも同じく空を見上げる。ナミは小娘という呼び方に声を荒げてやめろと怒鳴った。
「早く飛び魚に乗れ!!人魚の奴が攫われたぁ!」
驚愕の言葉に三人の顔色が変わる。ロビンはこの島に着いた時から様子のおかしいケイミーとハチから、魚人族と人魚族への差別が強いのではと予想は立てていたがまさか攫われるとは。レイルスも人攫いと言って捕まっていたハチ、そしてケイミーを狙っているというマクロ一味のことを思い出して顔を顰める。どうやら思った以上にこの島は、世界の暗い部分が表面化しているらしい。
各自飛び魚に乗ってケイミーを探すべくそれぞれ空に繰り出したナミ、ロビン、レイルス。人攫い稼業の専門職であるトビウオライダーズの通信を聴きながら見つからないことに焦りを感じる。ナミとロビンは、いの一番に飛び魚に乗り込んだレイルスを見て、いや船を降りるのは無理だろうこの流されやすさ。とちょっとかわいそうなものを見る目でレイルスのことを見送っていたのだが知らぬは本人ばかりである。しばらくは上空を飛んで各々探していた一味であるが、トビウオライダースが持つ子電伝虫に情報が入ったことで目的地が決まる。
「1番グローブのヒューマンショップに人魚が目玉で出るって情報だ!」
「ここからどれくらい!?」
「飛ばして5分ってところだ……!」
レイルスはまだ近い場所に位置しており、比較的早く到着が見込めた。それでも心は急くもので、十分急いでくれている彼らに急げとも言えず、レイルスは奥歯を噛み締める。ヒューマンショップ。本当に嫌な響きだ。海軍本部も近いと言っていたのにも関わらず、そんな店が堂々と出ている時点でレイルスは舌打ちをしてしまうほどの嫌な予想ができてしまう。一体海軍とやらは、何を守っているのやら。
「あれだ!どうする!?」
「裏口から侵入する!」
風が強いせいで自然とお互い大声になる。操縦者の男は「任せろ!」と言って店に近い場所に静かに着水した。
「あの店の裏口ならこっから上がってすぐだ、見張りがいるが……」
「大丈夫、騒ぎは起こさない、乗せてくれてありがとう!」
飛び魚の上で奴隷に売りに出される時点で首枷がつけられ、連れ出してもそれが爆発するということを聞いていたレイルスは険しい顔で飛び魚からおりる。カラッとしたお礼を言われてしまった男は、滅多に礼など言われない職業柄故にデレっと照れたのだがレイルスはさっさと店へと足を進めた。
枷もどうとでもできる、問題はどう潜り込むかだが静かに見張りを伸していけばなんとかなるだろうか。正面から入って競り落とすという手もなくはないが。本来であれば錬金術師は金の錬成は行ってはいけないのだが、レイルスはバレなきゃいいと思っている。だからこそあの壺もせっせと錬成し堂々と売ったのだ。
聞いた通り裏口と思われる扉の前には見張りが1人立っている。一度考えるように立ち止まったレイルスだったが、すぐに足を進める。扉の方向ではなく、店の裏側、マングローブで影になっている人目につきにくい場所で足を止めたレイルスは地面に指を突っ込んだ。
「入口がないなら」
窓の外から見える室内は薄暗く人の気配がない。白い壁に樹液で描く陣はこれまで書いた中で1番簡素なもの。
「作って入る!」
バン、と手を押し当てたそこからバチバチと光が迸る。光が収まったところには人が屈めば出入りができそうな取手付きの扉が出来上がっている。なんの躊躇いもなく扉を開いてそこに体を滑り込ませたレイルスはキョロ、とあたりを見渡した。
「……驚いた、まさか本当に……」
突如暗闇の中から話しかけられたレイルスは慌てて振り返るも、その前に大きな手で口を塞がれてしまったのだった。
投稿日:2022/0205
更新日:2022/0205