命を繋ぐ縄
同時刻、会場に正面から客として入ったメンバーはケイミーを競り落とそうと番号札を持ってその時を待っていた。ケイミーを待つ間に胸糞悪い天竜人の奴隷の扱いを見て、改めてケイミーを助けなければとナミは拳に力を込める。天竜人に逆らえば海軍大将が軍隊を引き連れて出てくるというハチの言葉に、チョッパーは喉をごくりと鳴らした。いよいよケイミーが登場する。水槽に入れられたケイミーに怪我は見えないがその首にはしっかりと首枷がつけられている。こんな嫌な場に1秒でも長くいたくない。一味の思いは同じで、ケイミーの登場で沸く会場の異様な空気に気後れしないようグッと力を込めて、予算の2億5000万ベリーで上手く競りを運ぼうと気合をいれた、のだが。
「5億!5億ベリーで買うえ〜!」
最初の値段の提示がある前に、天竜人が声をあげる。
「な、何それ、全然足りない……!!」
金で解決するならと、裏口からの無理矢理の侵入をやめて競りの場に来ていた一味は悔しさに顔を青ざめさせる。一度天竜人に飼われてしまうと、そこから連れ出すのは至難の技だ。値段と買い手が決定しようとしたその瞬間、背後の入口が爆音と共に大破する。
「なんっだお前!もっと上手く着陸しろよ!」
「ルフィ!ゾロも……!」
派手な登場で現れた船長に、知らずに張っていた気を緩めたナミは、ケイミーに向かって爆走するルフィを止めることが間に合わなかった。結果としてこの場を1番理解していたハチが力尽くでルフィを止めようとするも、咄嗟のことに隠していた腕が服の中から飛び出してしまう。
「きゃあ!腕が、腕が!!魚人よ!!」
ハチに気がついた客が、悲鳴をあげてものをハチに投げ捨てる。心のない言葉がハチを取り巻く様子をナミは呆然と見つめる。ロビンの言った通りであったのだ。彼らが、差別を受けている。ナミにとって魚人とは絶対的な力を持つ支配者で、恐怖そのものだった。それがこんな目を向けられる場所があるだなんて。まるで故郷とは真逆の光景に視界がちかちかと点滅するほどの動揺をナミは感じた。
ダァン、銃声が会場に響く。ハチが天竜人に撃たれたのだ。観客はそれに安堵し、さらにハチを侮辱する言葉を続ける。ハチを撃った天竜人はタコの奴隷をタダで手に入れたと小躍りすらしていた。ルフィにとって全てが腹の立つ光景だった。怒りのままに進もうとするルフィを止めたのは血を流すハチだった。
「だめだ怒るな、俺がドジったんだよ……目の前で誰が撃たれても、天竜人には逆らわねぇと約束しただろ……!!」
ハチはこれは報いだとまるで懺悔するように言葉を吐き出す、それでもルフィの手を離さない。
「ナミに、ちょっとでも償いをしたくて、お前らの役に立ちたかったんだけど……俺は何やっても昔からドジだから、ドジだからよぉ……!!」
心からの言葉と、涙。撃たれても未だルフィやナミのことを思って謝罪を繰り返すハチに、なんだこれはとルフィの我慢は限界を超える。元はアーロンのこともあったハチだがこの短い旅の間で、彼がずっとナミのことを気にかけていたことも、人のことを真剣に心配できる心優しい性格だということも十分わかっていた。もう彼らはルフィにとって友人だったし、そんな彼らが理不尽に傷ついているのに我慢をすることなどできなかった。ハチの手を優しく振り払ったルフィは天竜人へと足を向ける。
誰も止める間もなかった、勢いよく天竜人を吹っ飛ばしたルフィは仲間に一言だけ謝った。
「悪りぃ、こいつ殴ったら海軍の大将が軍艦引っ張って来るんだってよ」
「お前がぶっ飛ばしたせいで斬り損ねた」
誰1人ルフィを責めなかった。いっそ清々しいほどに顔をあげて、会場を見下ろす一味の腹はハチが撃たれた時点で決まっていたのだ。天竜人に危害が加えられたとなれば会場も大パニックとなる。天竜人の怒りの矛先に自分たちも向きかねないと慌てて立ち上がるもの、海軍がここにくることから戦場になるだろうことを予想して走り出すもの。
こぞって自分の心配だけをして会場から脱出し始めた客の流れに逆らうように1人の男がふらふらと歩いている。その腕には1人女が抱えられており、どうやら暴れているようで足がブンブンと振り回されていた。運悪くその足にいい蹴りをもらった客は悲鳴をあげてひっくり返り、手に持っていた金の入った袋を拾う間も無く逃げ出していく。そしてそれを、のっそりとした動きで男が拾い上げた。
「おお、お手柄だお嬢さん」
「は〜な〜せ〜!!」
男はマントを羽織っており、その中で暴れるのはレイルスである。がっしりとした体に抱えられたレイルスは何も見えない状況ではあったが自分が情けない恰好になっていることだけはわかっている。
「まあまあ、いやいい尻だ」
「や、め、ろ!!」
おそらく正面から見たら間抜けにも尻と足だけが男のマントの脇から出ているであろう。その証拠に男は先ほどから何度もレイルスの尻をぽんぽん、すりすりと触ってくる。その度に鳥肌を立てるレイルスは潜入していることも忘れてギャーギャーと喚いた。しかし男の腕が鉄のようにがっしりとしているのでそれも叶わない。バシバシ叩いてもつねっても肘鉄を入れてもなんのそのである。なんだったら男――冥王シルバーズ・レイリーは戯れる子猫を見るような目で目下の尻を見下ろしては笑った。盛大にハニーボーンをレイリーの尾骶骨にヒットさせたレイルスはジーンと痺れる腕を抱えて悶絶した。
ステージ裏手についたレイリーはどうも表の様子がよろしくないことを察し、その場から少しだけ手を貸してやった。暴れるレイルスはそれに気が付かないままブンブンと足を振り回している。
会場では遅れて到着したロビン、ブルック、ウソップも参戦し全員での乱戦となっており、天竜人によってケイミーに銃口が突きつけられているという危機的状況だったのだ。それが、老人が会場に現れると同時に何もしていないのにも関わらず天竜人がばたりと倒れた。悪寒に似た驚愕で、その場の全員が動きを止める。
「ん?なんだ、ちょっと注目を浴びたか……ああ私じゃなくてお嬢ちゃんの尻か?」
「やめろつってんだろエロジジイ!!」
「イムか!?」
近くにいてその声に気がついたルフィが驚きの声をあげる。え、とステージへとしっかり向き直ったサンジはレイルスと思わしき女の美しい形をした尻が男に抱えられているのを目撃する。かつ男の手が撫でるようにそこに乗せられたのを見て「やめんかクソジジイうらやまジジイ!!」と怒鳴って足元で倒れていた兵隊をさらに蹴っ飛ばした。ルフィの声に反応したレイルスはハッとしてマントをめくりあげてそこから顔を出す。老人が凄まじい強さを持っていることを肌で感じていたゾロは何やってんだあの馬鹿、と冷や汗を流した。どんな場所から顔出してやがる。スリラーバーグでオーズの腹から顔を出した時のことを思い出しそれよりタチが悪そうだとごくりと喉を鳴らした。
「全くひどい目にあったな、ハチ」
探していたコーティング職人と同じ名前の老人は、ハチと少なく言葉を交わし、なるほど麦わらの一味が友人のハチを助けてくれたようだと状況を正しく理解した。そしてマントから顔を出していたレイルスを一言咎めてまたマントをかけ直し、「どれ」と再び会場に目を向ける。
途端、残っていた会場の警備や天竜人の護衛がバタバタと倒れていった。これには一味はもちろん、偶然同じ会場にいて、逃げずに残っていたトラファルガー・ローとユースタス・キャプテン・キッドも驚きで言葉をなくす。状況がわかっていないレイルスだけがまたもぞもぞとマントをめくろうとレイリーに抱えられたまま格闘していた。只者ではないと一味がレイルスの足とレイリーを見つめる中、その間にレイリーはケイミーの首枷をなんと素手で取り去るなんてことまでしてしまう。せっかく鍵を見つけ、ステージに現れたフランキーは無駄骨になったそれを指で振り回して、他の奴隷たちに向けて鍵を渡した。
「君、この娘さんを運びたまえ。私はこの子で手一杯なのでね」
「何やってんだ嬢ちゃん、なんだってんだこの状況」
「私が聞きたい」
レイリーの言葉に、遠慮なくぺろっとマントをめくったフランキーはそこにぶすくれた顔のレイルスを見つける。本当にどうなったらジジイの腕に抱えられてステージのど真ん中でケツだけ出すことになると言うのか。フランキーは暴れて髪がぐしゃぐしゃになったレイルスを見下ろして珍しく困惑した。
「こらこら、君は顔を出さない方がいい」
そう言ってまたマントを下ろしたレイリーの言動に、ローとキッドは目を細める。どうやら冥王がそうして気にかける何かがその腕の中の女にはあるらしい。顔は見えなかったが、チラリと見事な金髪が見えた2人はそれ以上の興味は持つべきではないだろうと視線を逸らした。何せ生きる伝説だ、なんなのかもわからない女のために下手に刺激はしたくない。
チョッパーに治療されたハチをゾロが運ぶことになったため、先に行ったルフィを見送りながら一味も逃げる算段をつける。
「で、おっさんの持ってるそれだが」
「ああ、責任を持って私が連れて行くよ」
「任せていいんだな」
「天竜人はもちろんだが、あまり海軍にも見られない方が賢明だろう。特にこの後大将が来るのであれば余計に」
知ったような口振りに、話を聞いていたサンジとウソップ、ロビンも顔を険しくする。なぜと問いかけたくなるも今はそれどころではないと、一味は口を噤む。いずれにしてもハチの友人だと名乗るのだから信用するしかないだろう。
「だからお嬢さん、そろそろ大人しくしておくれ」
「だったら触んな!!」
マントの中のレイルスと、横でレイリーのセクハラを見ていた一味は声を揃えてレイリーに突っ込みを入れたのだった。
投稿日:2022/0205
更新日:2022/0205