反逆者のダンス


 結局レイリーからビブルカードを受け取ったレイルスはついでにシャッキーの店で着替えを済ませた。ダボっとしたオーバーサイズの黒のミリタリージャケットにタンクトップ。下はショートパンツであるが、上着がオーバーサイズなため遠目にみればワンピースを着ているようにも見える。スラッとした白い脚と、黒のジャケットのコントラストにサンジはクラクラと目眩でも起こしたように目を覆った。チョイスはナミなのでレイルスの趣味ではない。レイルスは上着にポケットが大量にあったのでまあいいかと承諾して大人しく着替えた。渡したのはナミであるが、基準そこなの?とレイルスを変なものを見る目で見つめた。
「レイルスちゅぁあん〜!!着替えたんだね〜!!さいっこうに似合ってるよぉお!!」
「どうも……」
 自分のものなので上着の袖を容赦なく折り返して両手をしっかり出したレイルスはクネクネと踊るサンジに微妙な返事を返す。彼らとももう二度と会わない心算でいたんだがとレイルスはそっとため息を吐いた。髪と目を隠すようレイリーに言われたため、結局ナミが自分用に買っていたキャップと色付きのサングラスをつけたレイルスはくすんだピンク色の視界で周りを見やる。それが慣れなくて少しサングラスを下にずらしていたのだが、知らぬ間にサンジの心を貫いていたらしい、親指を立ててサンジは倒れ込んだ。忙しい男である。
「髪は上着の中に入れれば、まあそんなに見えないでしょ。暴れなければ」
 笑うナミは新たな仲間を好き勝手に着替えさせられて大満足していた。レイルスに断りなくレイルスの服を選んで買っていたのに、まさかここで降りるなどという話をするとは思っていなかったので少しギョッとしたが、やはり思っていた通りになった。想定よりもレイルスがごねて、まだ正式には仲間ではないのだがどうせこの船にいればいやでも目立つ。すぐに賞金もつけられるだろうと言う予想をレイルス以外の全員がしていた。
「そんじゃ!3日後にサニー号だな!!」
 ケイミーとパッパグとハチとは一旦ここでお別れだ。ブンブンと手を振って別れを惜しむ一味に、横で見ているシャッキーもニコニコと手を振っている。また3日後会うじゃないとナミが冷静につっこむもそんなの関係ないとばかりに大声で別れを言うルフィ。レイルスもなんとなく改めて彼らに目を向けてじっと見つめた。ケイミーが出会った時と変わらない笑顔で大きく手を振っているのを見て自然と頬が緩む。ちゃんと笑っていられるケイミーの強さに、救われたのは確かだろう。レイルスの視線に気がついたケイミーがより早く手を振り始めたので、レイルスは思わず頬を緩めて軽く手を振り返した。
「……遊園地いくか!」
「バカか!」
 シャボンディパークがすっかりお気に召していたルフィはそう提案するも、海軍から隠れなければいけないという状況下でそれはない。常識のある面々が全員でそれを止めるも一緒に行ったブルック、チョッパーまで行きたいなぁとぼやきだす。呑気なものである彼らを一歩引いた位置でポケットに手を突っ込みながらレイルスは見つめた。
「レイルス」
 呼びかけにそちらに顔を向ければ、ゾロがレイルスの横に並ぶ。一度で振り返って見せたレイルスにゾロは本当にこっちが名前だったんだなと改めて思いながら疑問に思っていたことを口にする。
「お前国では指名手配されてんのに帰るのか」
「やることある」
 短くそう言ったレイルスは真っ直ぐな目をしていた。そこに強い意志を感じたゾロは、これはルフィも苦労するかもしれないな、なんてこっそりと懸念する。ルフィは一緒に帰り道を探して、ついでにレイルスの国で宴でもしていこうくらいにしか考えていない。その後レイルスを降ろすつもりはきっとないだろう。その辺りレイルスはわかっていないだろうと言うことをゾロは正確に理解していたがそれを教えてやるつもりもなかった。そんな優しさを海賊に期待する方が馬鹿だとすら思っているゾロはニヤリとあくどく笑った。
「せいぜい国の外でも手配されないようにな」
 ゾロの言い様にレイルスは顔を顰める。まるですぐにでも手配書が出るような言い回しだ。レイルスは一味の予想とは逆に、レイリーの話を聞いて生死を問わない手配書の交付はまず無いだろうと踏んでいた。実際、ロビンがエニエス・ロビーから逃げればすぐにでも手配書が出るだろうと言っていた日からかなり時間が経過している。なにをそんなに自信を持っているのかと、怪訝そうに眉を跳ねさせたレイルスだが結局それを口にすることなくゾロを見上げた。
「まあ、怪我人同士大人しくしておいた方が良さそうだね」
「……」
 レイルスと違ってもう包帯も取れているゾロだったが、横で治療を見ていたレイルスからずればまだまだ完治には程遠いと言うことは明らかだった。レイルスも足はガーゼとテープになったが、腹と肩はまだ包帯まみれ。下手に言い返せなくなったゾロはもごもごと口を動かして最終的に舌打ちを零した。内臓へのダメージもそうだが、肋がまだくっついていない部分があるゾロはそっとそこに手を当てた。目の前に浮かび上がったシャボンをツンツンと突いて手のひらに乗せたレイルスの動作が、スリラーバーグで空気の爆弾を両手に収めたくまのそれと重なり、ゾロの表情がみるみる険しいものに変わる。
「海軍の大将ってどんな人なの?」
「あ?あー……1人しか知らねぇがありゃバケモンだな」
 シャボン玉を空に逃したレイルスが不意にゾロを見上げて声をかけてくる。一瞬理解が遅れたゾロだったが青雉を思い出しまた顔を顰めた。そうだ、あいつにだって手も足も出なかったのだ。一瞬で凍らされたロビン、ゾロとサンジも体の一部を凍らされてルフィが一騎討ちに持ち込んでくれたおかげでなんとか逃げおおせたに過ぎない。
「何にもできなかった」
 ゾロの声は平たいもので、そこに感情は見出せない。そっと会話を聞いていたロビンはグッと下唇を噛み締める。当時のことを思うと、今でも体が震える。凍らされたからではない、あの時自分を見捨てずにいてくれた仲間の大切さと、失っていたかもしれないという恐怖を思い出すからだ。思えばあの時、ロビンは麦わらの一味に心から信頼を置いたのだ。青雉にあって死にかけなければ、失いかけなければW7でCP9に大人しくついていって彼らを助けようなんて思っていなかったもしれない。そう思うと皮肉ではあるが、青雉との出会いでロビンのその後の行動が変わったとも言える。ロビンは帽子の影に目元を隠すように俯いた。
「最初からなんでもできる人間なんていないよ」
 ゆるい風がシャボン玉と共に空に上がる。導かれるようにロビンも顔を上げた。当たり前のように、レイルスが口にした言葉は突き放すような音をしていた。言葉だけ聞けば慰めているかのようなものなのに、音がずっと冷たい。
「間違えて失敗して、痛い思いをしないと学ばないのが人間だ」
 達観した言葉とセリフは、不思議とゾロの腹の中に落ちてくるようにストンと収まった。ロビンも下唇を解放し、口角をゆるゆると緩めた。自然と緊張していた身体の強ばりが解けたのはレイルスの言葉に重みを感じたからだ。不安で浮かび上がりそうになっていた精神を、言葉の錘でつなぎ止められたような心地は2人にとって薬となった。
「そんなもんか」
「そんなもんだよ」


 - return - 

投稿日:2022/0209
  更新日:2022/0209