反逆者のダンス
穏やかな時間は一瞬で終わる。遠くで喧騒が聞こえると思った時には続々と現れる白い制服の軍隊。なるほどあれが海兵か、とレイルスは感心したようにその群れを見つめた。ヒューマンショップから逃げる時にも対峙しているのだが、生憎レイルスはレイリーのマントの中に居たため喧騒しか聞こえていなかったのだ。手には随分長めの銃、マスケット銃だろうものを抱え大童に走り寄ってくる。随分古い型だとレイルスは訝しむ。剣を持っている兵もいるが、なぜ銃兵と混ざって走ってくるのか。統率が取れていな過ぎだろうと少し海兵が心配にすらなっていた。ショットガンだとしても入り乱れての行進は返って混乱を招くだけだ。
バッタバッタと面白いくらいに簡単に吹き飛ばされていく海軍。ルフィが強すぎるのか彼らが弱いのかよくわからないが、海兵の見てくれはガタイのいい大男ばかりである。レイルスもすっかりルフィのとんでもない強さに慣れてしまっていた。
レイリーの話もあって、レイルスはいよいよ下手に錬金術を使えないだろうことを理解した。ヒューマンショップでレイリーに見つかった時、おそらくは錬成の瞬間も目撃されてたのにもかかわらず彼は一切その話題を出さなかった。あえてと言ってもいいほど、触れなかったのである。その後の会話から、なんとか聞き出した言葉も、レイルスのもつ情報を口にするリスクがあまりに高すぎるのだと言うことを通告していた。知らない方が身のため、それだけははっきりと言葉にしたあたりよほど強く言い聞かせたかったのだと理解したレイルスはレイリーを信じ口を閉ざし、目立つ錬成は行わないようにしようと決意する。バレなきゃいい精神はここでも生きている。
「う」
髪が上着から溢れないよう、大きめの襟口を片手で持ち上げて走っていた時に突如爆風が一味を襲う。突然のことに踏ん張りの効かなかったレイルスは地面から両足が浮く。気がついたウソップが手を伸ばしたが、帽子とサングラスを抑えることに使ったレイルスの手は塞がっている。
「アホだろお前ー!手ェ伸ばせぇ!?」
慌ててレイルスの上着を引っ掴んだウソップは歯を剥き出して怒鳴った。レイルスは海兵に見られるなって言われたからと心の中で言い訳をする。ウソップもレイルスの自分の怪我におそろしく無頓着な悪い部分を見て白目を剥いた。これはチョッパーが苦労する。
砂塵が収まった先に目を向けた一味は、スリラーバーグで出会ったくまがそこに立ち塞がっていることに驚愕する。まさかこの島まで追いかけてくるとは思っても見なかったと叫ぶチョッパー。ゾロは妙な違和感を覚えてじっとくまを見つめるも、その手がこちらに向けられてゾッと背筋に悪寒を走らせた。
「その攻撃絶対受けるな!衝撃波だ!!」
サンジが声を張り上げて何も知らないルフィに声をかける。ルフィだけがくまと会敵しておらず、能力についてなにも知らないのだ。衝撃波で吹っ飛ばされたフランキーを思い出したサンジは、いくらルフィがゴム人間とはいえサイボーグでも呼吸が止まるほどの威力は無事では済まないと慌てる。手のひらの肉球から衝撃波が来る。そう予測していた一味だが、しかしくまの手元は光を発しそこからレーザーのように光線が放たれた。
ここでレイルスにも違和感が掠める。くまが一言も話さないのだ。どちらかというと寡黙な雰囲気を纏っている男ではあるがこうも話さないのは妙である。レイルスが気を失った後の出来事は、一味から聞かされていた。だからくまがルフィと対話をしていない事も聞いている。くまはルフィの兄のことについてわざわざナミに確認していたのに当の本人には何も聞かない、と言うのも違和感がある。何より音がおかしい。あの巨体ではあるが、それでも足を踏みしめるたびに地面から発せられる音が、もっと重たいものが落ちる音なのだ。スリラーバーグであった時も大概ではあったが、あの時よりも重量が増している。レイルスはサングラスの奥でその瞳を細めた。
「レイルス!あんたはこっち!」
ナミに手を引かれてくまの背後へと回る。ルフィ、サンジ、ゾロが全力で攻撃を叩き込むもなかなか倒れないくまに全員に焦りの表情が浮かぶ。信じられないことにくまの口からも、レーザーが飛び出す。レイルスは違和感の正体に気がついてこれまでにないほど顔を歪めた。一味も一連の攻撃方法を見て、何より最大の特徴であった肉球がないことから別人ではないのかと息を整えながら巨体を見上げる。
「あいつ双子なんじゃねぇのか」
「ああ、それも考えられる……ただ、本人じゃないのならそれはそれで問題だ、こんなに強ぇのが2人もいるってことになる」
サンジの言葉にルフィが動揺を顔に浮かべた。これが2人、それは想像もしたくない。麦わらの一味の中で強い3人が全員でかかってこの様なのだ。他の仲間のことを思うとルフィは喉の奥から苦いものが込み上げてくるような気持ちの悪さを覚えた。ゾロの一太刀がくまの右肩を抉る。裂けた服の隙間から覗くのは、鉄の体。
「馬鹿野郎!何やってる!!」
着地直後に敵の前で動きを止めたゾロにサンジが怒鳴る。ハッとしてその場から飛び退いたゾロを見てレイルスは奥歯を嚙み締めた。傷が痛むのだろう、実際避けた先の地面で倒れ込んだゾロはしばらくそこから動かない。理由を知っているサンジとブルック、ロビンは苦悶の表情を浮かべるゾロを見て、なんとか下がらせなければと動く。しかしその思いはスリラーバーグでの一件を知らないはずの一味全員が同じように感じたようで、立て続けにそれぞれがくまへと襲いかかる。
「ウソップ!口の中狙って!」
「は!?よくわからんが……!『必殺アトラス彗星』!」
ブルックへと向けられていた口の光線。それを庇うべく構えていたウソップは、レイルスの言葉に照準を顔へと向ける。見事に煙幕に飲まれたくまから逃れられることのできたブルックは涙ながらにウソップにお礼を言う。ロビンはその隙に能力でゾロを最前線から引いた場所に避難させていた。
これまでどんな攻撃を喰らってもピンピンしていたくまが、どう、と轟音を立てて倒れたのはその時だ。背中を向けて逃げの姿勢をとっていたウソップは、自分の攻撃の後に倒れたくまになんでだ、と間抜けた顔で呆然とする。流石のウソップも一味の三強がどれだけ攻撃しても倒れることがなかった敵が自分の攻撃で卒倒するなどとは思ってもいない。
「今更爆弾が効くのか!?」
「口の中に入ったからだ!体の中のなにかがショートしたんだ」
息を荒げながらもフランキーが説明する。相手は自分と同じサイボーグだと。
「体は硬ぇが肌から血もでる、身体中を兵器に改造しちゃいるが……元は生身の人間なんだ」
その言葉にウソップは口を狙えと指示を出してきたレイルスを見やる。レイルスは転がされているゾロのそばに膝をついており、その表情はサングラスに隠れて見えない。くまの正体に先に気がついていたにしては空気が固い。レイルスのおかげでダメージを負わせられたと言うのにレイルスが全く喜んでいないのを見てウソップはグッと武器を強く握りしめた。畳み掛けるようにロビンがくまのレーザーを口の中で暴発させ、ナミがくまへと雷撃を喰らわせたことでやっとくまは動きを止めた。しかし安心するのも束の間、くまはところ構わずレーザーを乱発し始める。ゾロの傷を見ていたレイルスは落下してくる木片や瓦礫からゾロを庇うよう仰向けに倒れるゾロに覆い被さるも、すぐに強い力で押しのけられた。ぐるんと回る世界に目を白黒させるレイルスだが上に覆い被さるゾロが視線をくまへと向けて、口に剣を咥えたのを見て目を見開く。
「馬鹿!もう動くのは」
「バカはテメェだバカ大人しくしてろ」
立ち上がったゾロはそのまま走ってくまへと近寄る。バンダナを頭に巻いたゾロは、攻撃の態勢をとっていたサンジに「こっちに飛ばせ!」と息巻く始末。レイルスは呆然とその背を見送った。結果としてサンジの蹴り、ゾロの斬撃、ルフィの拳によって本当に動きを止めたくま。攻撃の余波なのか、なぜか体が子供のように縮んだルフィも含めて全員がゼーゼーと肩で息をする。レイルスは全員に向けて呆れた気持ちを抱いた。彼らの中心で倒れるくまにゆっくりと足を向ける。
「しかし、結局なんだったんだこいつは」
「こいつが改造人間である以上、もとはあのバーソロミュー・くまと同じ姿をした人間だってことだ。双子の兄弟か、もしくはスーパーそっくり人間を改造したと考えるのが1番自然だな」
くまの顔を見下ろす位置に立ったレイルスはしゃがみこんでじっとその顔を見つめる。
「いくらなんでも、人間そのものは作れやしねぇ」
フランキーの言葉がレイルスの肺に、響くように聞こえた。わんわんと体の中で暴れるその言葉に一切表情を変えることなくレイルスは心の中でフランキーに同意を送る。それでも、それが1番最悪の想定であることをレイルスだけが予想できていた。同じ人間を作る、ではなく同じ姿の人間を作る。似ているようで全く違うことだ。レイルスは徐にくまの来ていた服を引っ張り、服の穴を広げる。服の下には常人と変わらない肌色。そこから血も流れているが、裂けた肌の奥には肉ではなく機械の部品が見える。
「人間兵器」
文字通りのそれにレイルスが小さくつぶやいた。その言葉を拾ったのは同じくくまの様子を見ようと近寄っていたサンジだけで、それでも何故だかサンジはレイルスの発言に触れることはせずにくまに刻まれた『PX-4』と言う文字を見下ろす。レイルスもその視線の先を見てそこに手を伸ばす。温度を感じない肌、それはくまが動きを止めたからなのか、元からなのかはわからないが思うところが多いレイルスにとってはどちらでもよかった。目の前で倒れる男が望んでこうなったのか、そうじゃないのか。それすらもどちらでもよかった。だって、どちらにしても。
「胸糞悪い」
投稿日:2022/0210
更新日:2022/0210