反逆者のダンス
「全くテメェら、やってくれるぜ」
戦闘によって乱れた呼吸がやっと落ち着いたと言う時、上空から現れた敵の姿に一味が息を呑む。なんと倒したはずのくまがもう1人現れたのだ。一緒に現れた鉞を担いだ男は倒れたくまへパシフィスタ、軍艦一隻の費用などと言葉を投げつける。口が硬いと自称する男、戦桃丸だが無自覚に情報を意外に洩らしている。そしてそれだけの言葉だけで頭を働かせることのできる女がこの場にはいた。
人の命をなんだと思っているんだ。
PX-1と呼ばれたくまが手のひらからレーザーを飛ばす。砂塵に紛れて見えない視界の中で、レイルスは真っ直ぐに立ち、前方を睨みつける。かぶっていた帽子が爆風で吹き飛んだことすら気にせず、苛立ちを腹に落とし込もうとする。
「逃げよう」
およそルフィの口から出るとは思えない発言に、一瞬ゾロとサンジが顔を顰めた。それでも確かに、このままあの化け物と戦っても誰かが重症を負う。それで済むならまだいいが下手をすれば誰かが死ぬことだって考えられるほどの戦力を敵は有している。一味はそれを先程の戦闘で身にしみて理解していた。ルフィの判断でばらけて逃げることとなった一味はその意見にすぐさま同意した。
「俺たちは3人別れよう」
戦闘力の高いルフィ、サンジ、ゾロが別れて走り出す。レイルスは反射のようにゾロの方へと足を進めた。それを見たサンジが一瞬声をかけようと足を止めかける。サンジもゾロがもう限界を超えているのをわかっている、だからこそ誰かを守る余裕もないであろう男の元にレディが向かうことを本当はよしとしたくはなかったが、当のレイルスは守ってもらうために足を進めたわけではない。それをその背中から読み取ってしまったサンジは苦悶の表情を浮かべ、結局は黙ってゾロとルフィとは違う方向へと足を進めた。
ルフィとはロビン、チョッパーが。サンジとはナミとフランキーが。ゾロの元にはレイルスとウソップ、ブルックが。それぞれが全く違う進行方向でその場から逃走する。まだ正式なクルーではないレイルスも、素直にルフィの指示に従う。レイルスの頭の中では1番死亡率の高そうなゾロを逃すことで頭がいっぱいになっていた。ゾロは後ろについてくるレイルスが帽子をなくしていることに気がついて腕に巻いていたバンダナをレイルスの顔面へと押し付ける。
「巻いとけ目立つんだよ!!」
「今それどころじゃないでしょ!!」
そう言い走りながらゾロのバンダナで上手く頭を覆ったレイルスも、目立つと言う言葉にそれはまずいと思ったようだ。
戦桃丸はどうやら船長であるルフィに狙いを定めたらしい。彼らのいる方向から戦闘音が轟いている。レイルスはちら、とそちらに目を向けたがしっかりと殿を務めてゾロたちの後ろを走ることに集中する。くまはサンジたちの方へ、どうやらこちらには何もきていないらしいとレイルスは安堵と、他の方向へと向かった一味を思ってやるせなさに唸り声をあげた。
「スリラーバーグの身代わりの件、一部始終を見てまして」
「そうか」
何やら不穏なブルックとゾロの会話に一瞬気が逸れたレイルスだったが、その直後に体が爆風で吹き飛ぶ。地面に叩きつけられたレイルスは一瞬止まった呼吸に反射のように胸に手を当てる。それほどまでに強く打ち付けられた身体は咄嗟に起き上がることができない。なんとか顔をあげた先にはゾロが呻きながら倒れていて、地面には彼の血が広がっている。それを見知らぬ男が見下ろすようにして立っていた。
「おいゾロ!しっかりしろ!」
「気をつけて!その男海軍大将よ!!」
ロビンの声にウソップとブルックが悲鳴をあげる。レイルスは痛む体を引きずりながらなんとか足に力を込めて上体を起こす。口の中に血の味がして、ベッとそれを地面に吐き出した。大将、海軍大将とは確か海軍のナンバー2ではなかったか。海軍はトップに元帥を置きその下に大将、中将と続いている。軍にいたことのあるレイルスとしては馴染み深い階位ではあったが、この場所では大将が3人のみと知識として知っていたこともあり、その巨体を仰視する。黄色いスーツに真っ白いコート。黄猿ボルサリーノはレイルスから向けられる殺意や闘志とは少しずれている視線を一瞥して足元に転がる海賊を見下ろした。
「もう手遅れだよぉ、懸賞金1億2000万海賊狩りのゾロォ〜」
間延びした低い声はその威圧感のせいか一味全員の耳に届く。
「ゆっくり休むといいよぉ」
そう言って長い足を振り上げた黄猿は、その能力を行使する。ピカピカの実を食べた光人間。悪魔の実はおおよそ三つに種類が分けられる。モデルとなる生き物へと体を変化させるゾオン系。ルフィやロビンのように超人的な能力を手に入れるパラミシア系。そして自然そのものとなる、ロギア系。ロギアはもっとも存在が希少で、かつ強力な能力だ。体そのものが光となる黄猿は指一本から放ったレーザーでゾロをこの場に転がした。そしてその光はパシフィスタから放たれるそれに酷似している。レイルスはグッと唇を噛み締めた。
振り上げた足から光が集中し、今にもゾロを貫こうと言うときレイルスは地面に足で円を描いていた。なんだってこんなに立て続けに嫌な、気持ちの悪いものばかり目に飛び込んでくるんだろう。苛立ちのまま忠告すら頭から飛ばして錬成の準備をしているレイルスは完全に頭に血が上っていた。ガリガリと削れる樹液混じりの地面から、でろりと泥に塗れた泡が溢れる。
ウソップとブルックが何度も黄猿に攻撃をするも、ロギアに物理攻撃は一切効かない。だから無駄だと話す黄猿は避けることもなく彼らの攻撃を顔色すら変えずにすり抜ける。横目でそれを見たレイルスは書いていた陣を一度見直し、改めてそこにものを付け足す。普通の攻撃ではダメなのであれば、光であれば。
「それは良くない、やめなさい」
レイルスは耳元で聞こえた声にギョッとして身体を反らす。ニコリと笑ったレイリーがレイルスに目を合わせるように背中を丸めて突っ立っていた。この場にいるはずのない人物の声に、一味全員が息を呑む。次の瞬間にはレイルスはまたもや全身を襲いくる爆風でその場に腰を落としていた。レイリーが黄猿の攻撃を足一つで止めたのだ。ついでのようにレイリーが踏みしめた地面はレイルスが陣を描いていたそこで、えぐれた地面に描かれた陣は原型をとどめていない。
しかしレイルスはそんなものには見向きもせずに立ち上がり、恐れなど知らないように猛者2人の間に踊り出す。グイッと引っ張った手の先には気を失う寸前のゾロ。
「ウソップ!ブルック!!」
ルフィが喉が裂けそうなほどの声をあげる。その声にハッとしたウソップとブルックはレイルスに引きずられるゾロを受け取る。誰よりもこの場で生きることを、生かすことを考えていたレイルスの行動にルフィは我に返ったのだ。
「全員!逃げることだけ考えろ!!今の俺たちじゃ……こいつらには勝てねぇ!!」
「潔し、腹が立つねぇ」
ルフィの大声に背中を押されるように一味が走り出す。どういうわけか攻撃が効かないはずの黄猿をレイリーが抑えているようだ。戦桃丸は黄猿が仕留め損ねたゾロが虫の息であることに気がついて、PX-1を差し向ける。いち早くそれに気がついたサンジが舌打ちをこぼして進行方向を変えた。
「フランキー!ナミさんを頼む!!ウソップたちが狙われた!」
あのメンツではやられてしまう。そういち早く判断したサンジはレイルスの背後に迫るくまを憎々しげに見つめる。まだ怪我の治っていないレディが1番後ろを走るような戦力差をみてなお彼らを狙う戦法に悪態をつくしかできない。まだまだ届かない距離、くまの手から光線が飛び出すのがやけにスローにサンジの目に焼き付く。
「っこの!」
「レイルス!!」
「レイルスさん!!」
走っていたレイルスの足をそれが掠める。レイルスのすぐ足元の地面を大きく爆発させた光線はレイルスを巻き込んで砂塵で隠してしまう。一瞬見えた苦痛の表情と宙に舞った血にウソップとブルックは足を止めて悲鳴のようにレイルスを呼んだ。
砂塵に紛れているなら、文句ないだろう!レイルスは手のひらを地面に叩きつける。口から吐き出した血で描いた錬成陣がバチバチと反応して地面が変形する。棘のような形に変形したそこに、猛進していた巨体が直撃する。腹に貫通こそしなかったが予測していなかった衝撃を受けたPX-1は、ふらりとたたらを踏んだ。
その隙に追いついたサンジは、何が起こったかわからないが動きを止めたPX-1に蹴りを繰り出す。何度蹴っても鉄のような硬さのそれに自分の骨が悲鳴をあげる音が聞こえたが、その痛みに呻く前にPX-1が振り払うようにして横にないだ腕がサンジにぶち当たる。霞む視界の中サンジは土煙の中で倒れるレイルスを見つける。戦闘の衝撃で頭に巻いていたゾロのバンダナは首元に落ちてしまったらしい、見事な金髪はこんな中でもギラギラと輝いていた。どさっと倒れるサンジに体制を立て直したPX-1が光線を向ける。ウソップはサンジとブルックを起こそうと背中を揺すって声をかける。
「レイルス!お前も立て!立つんだよ!」
しかし全員意識はあれど痛みで体が動けない。レイルスは掠った足の傷よりも肩口が鈍い痛みを訴えておりそこに手を当てて体を丸めている。錬成した地面とPX-1がぶつかって壊れた塊が直撃したのだ。絶体絶命の中、静かな声が一味の耳に届く。ゼーゼーと荒い呼吸と血を飲み込んだレイルスはハッと顔を上げた。
「待てPX-1」
ウソップの背後に、またくまの姿。また出たと悲鳴をあげて腰を抜かすウソップに、レイルスは顔を顰める。しゃべった。あの時持っていた本も片手に持っている。レーザーを打つには邪魔であろう手袋も、している。間違いない。スリラーバーグで出会ったくま本人だ。
「生きていたのか、ロロノア」
「お前の、慈悲のおかげでな」
逃げようとウソップが手を伸ばすも、それよりもずっとくまの方が早かった。
「旅行するならどこへ行きたい」
くまに触れられたゾロが、その場から跡形もなく姿を消した。
投稿日:2022/0211
更新日:2022/0211