二輪のアイリス


 ハイデリヒとレイルスの生活は一見穏やかである。お互い突然相手に心を引っ掻き回されていることを除けば、だが。
「ねぇ、本当にそれしか食べられないの?」
「お腹いっぱいで」
「せっかく、用意したんだけれど……」
「……」
 あるときはあまりに少食であるレイルスを心配したハイデリヒが憂いをたっぷりと表情に纏わせてレイルスが折れたり。
「ハイデ、この資料って続きどこにあるの」
「それ朝に渡したよね?」
「え、うんだから読み終わった……あ、これか」
「……」
 革命軍でも頭が飛び抜けていい部類であるハイデリヒを軽く凌駕するレイルスの頭の回転の速さに、ハイデリヒが頭を掻き乱したり。若い男女であっても全く甘い空気にならないのはお互いがそうして揺さぶられているからか。レイルスにとっては弟の顔をした男であってもハイデリヒにとっては見知らぬ女である。ましてや自分の顔には弱いらしいレイルスではあるが、どうもその弱さが惚れた腫れたの部類ではないということにしばらくして気がついた。だからこそ色っぽい空気にはならないのだが。
「僕の顔好みなの?」
 考えてもわからないことはとことん突き詰めたい主義であるハイデリヒだったが、考えを放棄して自棄になるのも早い。なぜだろうと思って考えては見ても、ハイデリヒの顔をみるたびになんとも言えない顔をするレイルスに匙を投げるのもやっぱり早かった。彼と旧知の中である某魚人空手師範代の少女が遠くの地から「すてばち人間〜」と叫んだ声が聞こえたような。とんでもない発言にレイルスの顔がゲッと苦いものを口に突っ込まれたかのように歪む。
「ナルシストはやめたほうが」
「違うよ!」
 本気で顔を赤くしたハイデリヒが、いや今の発言は確かにそうとしか聞こえないのかと慌てる。そうじゃない、違うとあわあわとしながらレイルスになんとか説明を終えた時にはすっかり息が上がっていた。
「そのおねだり顔は作ってたんだ」
「やめてよ!」
 改めて言葉にされると些か辛い。心得たようにハイデリヒを凝視するレイルスにハイデリヒは思わず吠えた。顔はいいのにってよく言われるから顔はいいはずだもの。ハイデリヒは仲間からの言葉を鵜呑みにしすぎている。実際顔はいいし、任務でそれを武器にすることもしばしあるのだが。自覚、というよりは他覚と言った方がいいかもしれない。任務で顔を武器にするときも仲間に背中を押されなければ絶対に自分からは顔を使って情報収集はしないハイデリヒであった。ちなみに顔の作り方の監修は某おかま王国の女王である。おかま達大絶賛のおねだり顔は確かに多くの場面で活用がされていた。
「似てる人を知ってるってだけ」
「そんなに似てるの?」
「びっくりするほど」
 そう言ってにがく笑ったレイルスに、恋人だろうかとハイデリヒは詮索しそうになるも、流石に野暮かもしれないと探究心に歯止めをかける。レイルスの表情から大切な人なのであろうことは伝わってきたので、それで十分かと思ったのだ。こんな時勢だ、もしかしたら故人かもしれないという点まで憂慮できたハイデリヒは探究心が人を傷つけることがあることも知っていた。
「うーん、まあ……もうちょっと男前かな」
「え」
 じっと見つめられてそんな失礼なことを言ってのけたレイルスにガチリとハイデリヒは固まる。そんな様子をみて声をあげて笑ったレイルスに揶揄われたと気がついた男は頬を膨らませて顔を背けた。



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投稿日:2022/0216
  更新日:2022/0216