月桂樹の旅


「イ〜ムちゃ〜ん!チョッパーにこれくらいなら喰えるだろうって!お墨付きのスープ作ったんだが食べてくれるぅ〜?」
 誰かと思った。体を妙にくねくねとさせながら入室してきたのはサンジで、その手には申告通りトレーを乗せていた。声色だとか雰囲気だとかが前に話した時とずいぶん違う気がしてレイルスは知らない人かと一瞬身構えたが、サンジだった。
「食べ物まで……何から何まで申し訳ない……」
「何言ってんだ、もう何日も食べてないんだから当たり前だろ?」
 に、といい笑顔でそう言いのけて見せたサンジに、レイルスは底抜けの善人かと思ってしまった。あまり空腹を訴えていなかったためそこまで日数が経っていると思っていなかったが通りで頭が重たいはずだ。もともとショートスリーパー気味であるレイルスがそこまで寝ていたとなれば不調を訴えてもおかしくない。
 丁寧な造作でベッドの横からテーブルを引き出したサンジに礼を言いながらレイルスは足をベッドの下へと降ろす。ジャラリと派手な音を立てて床に鎖が当たりサンジの顔が苦いものを噛んだ時のように歪んだ。
「寝てる間に斬ったり蹴ったりぶん殴ったり試したんだが、やっぱ壊れなくてな……」
 レイルスは何してたんだとツッコミそうになったが、とろうと奮闘してくれたんだろうと礼を告げるに留める。鎖とは蹴って殴って取れるものだっただろうか。あまり歩けないのでこちらは気にしていなかったのだが、この顔を見ると早々に取った方がいいかもしれない。うっかり脚を飛ばされるかも知れない未来を想像したレイルスはゾッとしてしまった。
「後でなんとかしてみるよ」
「ん……?ハニカミ笑顔がさいっこうだぜイムちゃん!!」
 サンジとたまに会話が通じないのはなぜなんだ。レイルスは少し困って引き攣った笑みを浮かべた。セットしてくれた料理を見れば、具が溶け込んだコンソメ色のスープ。解れた白身魚のようなものも見えるが、消化しやすいようにどれも細かい。ここまで気遣われてしまうと頭が上がらない。話が通じないことも目を瞑ろうとレイルスは手を合わせた。
「いただきます」
「召し上がれ」
 椅子に座ってニコニコとレイルスを見つめるサンジは、人がものを食べている光景を見ているのがそれなりに好きだ。そのため自分の料理を初めて食べる美女、2人きり、相手は怪我人というシュチュエーションに全力で乗っかって居座ることをはじめから決めていた。椅子の前後を逆にして座ったため、背もたれ部分で頬杖をついているサンジは動く様子がない。食べにくいことこの上ないが気にしないことにしたレイルスはスプーンを手に取る。掬ったスープは濁りがまるでなく、ちぎれたような具材も見当たらない。
「美味しい!」
 口をつけてびっくり。レイルスは花が綻ぶように自然と笑顔を浮かべていた。それほどまでに美味しかったのだ。これまで食べたことのない味わいなのに癖がなく、スッと胃に落ちて行くような感覚。食欲があったわけでもないのに自然とまた口にスプーンを運んでしまう。具も配慮してか、舌で潰れるほどに柔らかい。作ったと言っていたサンジに改めて感想を伝えようと目を向ければ、トレーに顔面を押し付けるという奇行に走っていた。
「……何してるの?」
「大丈夫幸せにする!!」
「誰と話してる?」
 トレーに顔を押し付けたサンジはそのままトレーを椅子の背もたれにガンガンぶつけ始めた。普通に怖い。レイルスは顔を引き攣らせながらも、スプーンを口に運ぶ。そこまで多くないマグを時間をかけて空にした頃にはその奇行をやめてくれていたのでレイルスは心底ホッとした。その状況を横目に飯を完食する図太さもしっかりあったのも救いだったのかも知れない。
「まだ喰える?」
「いや、大満足。人の手料理なんてひっさしぶりに食べた、ごちそうさま」
 心からお礼を伝えて頭を下げればトレーに食器を回収していたサンジが「久しぶり?」と疑問符を浮かべた。
「最後が……半年以上前?ここのところレーションとか果物ばっかりだったから」
 半年前の手料理というのも軍の食堂のものなのでそれもグレーだが。そう考えると本当にまともな食事をしてなかった。食べられてただけマシなんだろうが。なんて普通ではありえない状況下にいたことをポロっと溢してしまったレイルスはそんな自覚もなく懐かしそうに過去の苦労を思い出していた。
「これからは……」
「ん?」
「これからは!俺が毎食丹精込めて!!つく、作っ!!」
 突然跪いて両手でレイルスの手を取って(いつの間にかトレーは机に乗せられていた)何やら全力で訴えかけてくるサンジ。話が飛躍している気がするのは気のせいだろうか。近づいたことでうっすらとしたタバコの匂いに、そういえばどこかでタバコを咥えていた気がするとレイルスは思い出した。絵に描いたような現実逃避である。
「サンジってライター派?」
「ん?え?何が?」
「タバコ」
「す、すまねぇ怪我人前だから控えてたんだが……」
「ああ気にしなくていいよ」
 パッと距離をとったサンジが申し訳なさそうに眉を下げる。自分がヘヴィースモーカーである自覚はあるが怪我人にまで指摘されるほど匂いが残っているとは。不覚と言わんばかりに落ち込むサンジに、レイルスは周りにもいたから本気で気にしていないのだと告げる。そこでやっと肩の力を抜いたサンジに、今まで関わってこなかったタイプだなとレイルスは少しやりにくさを覚えていた。皮肉にもナミがレイルスに覚えた感覚と似たものだった。
「前の島で見つけた安物だよ」
 そう言ってポケットから取り出したのは銀色のジッポ。差し出してくれたので礼を伝えて受け取ったレイルスは慣れた手つきで蓋を開ける。ホイールタイプ、側はそれなりに新しいが発火石がだいぶ消耗している。控えていると言っていたがだいぶ吸うらしいことをレイルスは知る。自分の持ち物をそんなに真剣に観察をしているレイルスに、どこか落ち着かなくなりソワソワしだすサンジ。しかしレイルスはその様子を見て吸いたくなったのだろうかと推察しジッポを掲げた。
「片手で失礼」
「!?」
 生憎風除け用の手は包帯まみれなので、言葉と共に促せばサンジは弾かれるように飛び上がって胸ポケットに手を突っ込んでタバコの箱を取り出した。挙動不審に口に咥えては手で持ち直し、また咥えてを繰り返し始めたのでホイールを鳴らして火をつける。ついにワナワナ震え出しながらもやっと咥えたサンジはタバコを火に近づけた。
「このタバコは、消せねぇ……!」
 この人だいぶ変な人かもしれない。なんてレイルスは失礼にもそう考えながら感動に打ち震えるサンジを見上げた。


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投稿日:2021/1231
  更新日:2021/1231