月桂樹の旅


 この船の中でレイルスを必要以上に気にかけているのはチョッパー、サンジ、そしてロビンだ。チョッパーは医者として、サンジはコックとして関わらざるを得ない面があるというのもあるが元来の性格もそうさせているのであろう。そしてロビンは例のエニエス・ロビーで助けたという点からか、レイルスが暇だなと思った時に不意に部屋へ訪問し色々と話をしてくれる。ついでと言わんばかりに書物なんかも積極的にレイルスへと貸し与えていた。体調を気にしてか、長居することもあれば物だけ置いてさっと退室することもある。その空気やさりげない造作に、レイルスはロビンはもしかしたら思っているよりも大人なのかもしれないなんて思っていた。当たりである。
「そういえばサンジがタバコのことですごく喜んでいたわ」
「タバコ?ああ……」
 数日前のやりとりを思い出して頷く。あれ以来常時と言っていいほどタバコを咥えて料理を運んでくるので本当にかなり我慢していたらしいとわかって少し申し訳なく思っていたくらいだったので、そんな話をロビンにすれば、「ズレてるのね」とそれこそズレた回答をされた。サンジはタバコを吸っていいことを許可されたことではなく、手ずから火をつけてもらいあんなに至近距離で美女の手元に口を近づけられたことにそれはもう浮かれているのである。ちなみにそのタバコはフィルターが燃えようとも灰皿に押しつぶすことはせず、燃え尽きるまで眺めていた。
「どうしてライターの話になったの?」
「本人に向けていうのもどうかとも思うけどお礼考えてて」
「あら」
「ロビンは何が欲しい?」
 自棄である。だが下手に隠し立てしてもこのお姉様にはバレる気がしたのでだったら協力を仰ごうと素直に聞いてしまおうとレイルスは開き直った。別に一人一人に渡さなくてもいいかもしれないが、少なくとも気にかけてくれた三人にはと思ってしまうくらいにはレイルスだって情はある。なんだったら祖国の某少尉は「大将もだが揃ってゲロ甘なんだよな」なんてぼやいていたくらいだ。閑話休題。
「そうね、そう思ってくれるだけで十分だけど」
「困るやつ」
「ふふ……でももし餞別で、なんて思っているようだったら少し早急かも知れないわね」
「え?」
「だってルフィが降ろさないって言ってるもの」
 それか。思わずレイルスの顔がしょっぱいものになった。あれ以来稀に医務室に突撃しては海賊への勧誘を続けているルフィは、どうも諦めがつかないらしい。「おはよう海賊やろうぜ!」から始まり「肉食ったら海賊やろうぜ!」が挟まり就寝前の「薬飲んだら海賊なろうぜ!」に終わる。全くもって意味がわからなくてレイルスは頭が痛くなりそうだった。出禁となっているはずだがどこ吹く風。流石に前のように連れ出されこそしないが、毎日飽きもせず最低三度はそうして声をかけられている。こうと決めたらマメなこともやってのけてしまうルフィである。本能でレイルスの押しの弱さを感じ取ったのかも知れない。
「無人島でもいいから降りるよ」
「無茶いうわね」
「水があれば人間案外どうとでもなる」
 島であるかぎり海水は腐るほどあるわけだし。流石に砂漠などでは厳しいが最悪そこで船を作れば別の島に移れるだろう。意外に野生児のようなことを考えているレイルスにロビンはクスクスと笑ってしまった。そして欲しいものと言われて海賊らしくにっこりと笑ってズルく答える。
「あなたがこのまま船にいてくれたら一番嬉しいかしら」
 気にかけてくれるメンツ三人衆でもあるが、意外にもルフィの次に勧誘を挟んでくるのがロビンだったりする。レイルスは酸っぱいものを食べた時のように顔を顰めた。
「なんでそんなに誘ってくれるのかね」
 レイルスの心の底からの疑問がつい口から転がり落ちた。それに柔和に笑ったロビンは「海賊だもの」と答えにならない答えを差し出す。
「でも本当に、エニエス・ロビーから逃げ出したのだから賞金首になるのも時間の問題だと思うわよ?」
 賞金首というなかなかに物騒な単語にいささか反応に困ったレイルスは曖昧に笑うしかできなかった。言外に一人旅は危険であるということなのであろう。「それに航海術もないようじゃすぐに遭難しちゃうわ」なんて恐ろしいことまで零されてしまった。そうなのだ、ここ数日お世話になっているだけでも天気の移ろいや気温の変動が凄まじく、一日のうちに何度も上着を着たり脱いだりとすることもあれば、部屋の外が慌ただしくなり船体が大きく揺れることもしばしば。なんなら落雷の音もしょっちゅうしているくらいである。そのことを思い出してレイルスは顔を青くした。
「さっきも嵐だったよね」
「ええ、10センチはある雹が降ったの」
「……災害だね」
 そのレベルの雹が降ったら下手すれば死人が出る。そんな大きさになるまでということはよっぽど高い標高で粒状となり、落下しながら雲の中で瞬間的に巨大化するしかないが、雹はどれくらいの標高でできるんだったか。その辺りはあまり詳しくないななんて考えていたら「珍しくないのよ」なんてまたもや恐ろしい情報がもたらされる。本当に1人での航海とやらは無謀かも知れないとレイルスは思案してしまった。海ってすごいところなんだな、とレイルスは少し誤認していた。こんなにも航海が難しい出鱈目な海はグランドラインだけである。
「エニエス・ロビーでの話をしてもいいかしら」
 ロビンは人間観察がかなり得意なタイプだ。そうでなければレイルスが思考に沈んでいるタイミングや、沈もうとするタイミングがこうも早くに把握されるなんてことない。レイルスはロビンに対しては会話がスムーズであることをしっかり理解していたし、こちらが何を考えているのかまではわからなくとも、思考に沈んで浮かび上がったタイミングでその思考に関する材料を的確に提示してもらえていることもわかっていた。おそらくロビンにはよっぽど常識がないのだろうと思われているだろうが、優しさなのか今のところそれを指摘されたことはない。今はそれに甘えさせてもらっている。
「何?」
 そんな彼女だから、できる限りレイルスも誠実に答えを出したいと思う。
「あの場所でのあなたの扱いから、おそらく世界政府に目をつけられていることは間違いないと、そう思うの」
 私がそうだから。そう静かな声で零すロビンは思うところが多いのだろう、複雑な表情でがあるがどこか清々しさすら感じられた。
「私はここで、やっと居場所を見つけられた。やっと……20年かかったわ」
 さらりと、顔にかかる髪を耳にかけたロビンは噛み締めるように語る。20年という時間は決して短い物ではない。それこそ、そこに苦痛しか見出せなかったのであれば特に。時間の流れとは本当に残酷であるとレイルスも知っていた。
「あなたが私たちを信用できないというのもしょうがないことだと思う。けどここにいて居心地がいいと思えるのなら降りないほうが、きっといい」
 信用できないとか、そういうわけでは無いんだけどなぁと頬をかきながらレイルスは考えた。随分とロビンの言葉は重たく温かく感じた。それと同時に、そろそろ色々なものに向き合わなければならないとも、そう思わされた。
「ありがと」
 へらっと笑いながら心からお礼を告げる。こんなにも真摯に向き合ってくれる人たちにせめて心だけでも誠実でなければ。現実逃避は、やめなければ。



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投稿日:2021/1231
  更新日:2021/1231