支配の剣
奇しくも、レイルスが疑問に思ったこの処刑の本当の理由は元帥センゴクのスピーチによって明らかになった。
「お前の父親は、海賊王ゴールド・ロジャー!」
映像電伝虫を用いて報道されたその情報は、世界を大きく揺るがす。それほどまでに海賊王ゴールド・ロジャーがもたらした影響というものは今もなお大きく残っているのだ。
レイルスはといえば、センゴクのスピーチを聞いて海軍の目的こそわかったものの、静かに顔を顰めていた。見せしめ、なるほど戦争を起こしてまでしたいこととはそういうことかとため息を吐き出す。ざわついている外の様子からどうやら海軍でもこのことを知っているものというのはごく僅かであったらしい。知らずにこの場に集められている海兵はただの処刑だと思っていたそれが、海軍の威信をかけたものだと気がつく。そして改めて処刑台の上にいるエースを見上げるのだ。今このマリンフォードにおいて、最もフラットに状況を把握したレイルスは、この世界にきて何度目だろう腹の奥が煮えたぎるような気持ちの悪さに俯く。海軍のやりたいことはわかった、わかったがそれで本当にこの世を正しくできるのだろうか。
ハイデリヒに教えてもらった、海軍の背負う文字の意味。レイルスには読めない文字で書かれたそれ、正義という文字のこと。正義とは世において、実現されるべきとされる価値のことであり、人間を正しい道へと導くとされるもの。綺麗に言えばこんなものであるが、もっと純粋な正義の意味は、罪には罰を与えるというものだ。正しく罰することで他の悪を牽制する、必要以上の報復を制御する。言い方を変えれば秩序の決定を正義とやらはしている。大衆の思う悪と対比して考えられる正義も広義としては間違いではないのだろうが、海軍が組織として掲げているものは力による治安維持だろう。
しかしだ、本来法律とは大衆を守るためにあるべきものであるがこれがそもそも機能していないとレイルスはハイデリヒに聞いて、自分の目で見てきたものを思い出してレイルスは感じていた。
人権に偏りがある、極端に言えば命が等しくない。未だ王政が残っている古い国にありがちなものではあるが、あんまりにも「酷過ぎる」。目に見えるほどの明確な命の価値の違いがあるにも関わらずそれを常識として法が認めている。そんな歪なものを正義として掲げてしまっているからか、海軍の行動が行きすぎているように見える。今回の処刑がいい例だ。実際、正しい罰を与える場所である裁判所は、この世界ではエニエス・ロビー。連れて行かれただけで帰ってこられないと言われる場所である。そういやそんな場所に連行されていたんだったか、と思い出したレイルスは知りもしない罪で投獄されるところだったんだなと苦笑を漏らす。父親は白ひげただ1人だと悲鳴のようにエースが否定の言葉を吐いている。
「親は関係ないでしょ」
センゴクの話では、どうやらエースは海賊王が死んだ後に生まれたらしい。それではなおさらのこと、どうしてあったこともない親を理由に公開処刑などされなければならないのか。世界中に同じ疑問を持つものが多くいるはずだとレイルスはゆっくりと立ち上がる。膝に乗せていた周辺の地図が音もなく床を滑っていく。しかし残念なことに、ロジャーの悪行というものは尾鰭を大きくつけて世界中の人々に知れ渡っている。悲しいことに大抵の人間がエースの死を望んでいることをレイルスはこの時知ることはなかった。
親は、関係ない。
その言葉がレイルスの中で反響するように響く。レイルスにとって親とは優しさと温かさであって、拒絶と悲しさの塊の化け物だった。ずっと、ずっとレイルスは己のために進んできた。エゴに似た願いは結局何一つ叶わず、無駄足を踏み続けてその結末さえ知らずにここにいる。レイルスは親のせいと理由にできるほど彼らと親子としての時間を過ごせなかったし、周りからも親のせいだなんて言われたことは一度もない。1人で立って歩んできたから、レイルス自身ですらそう思う。親は何一つ関係なく、レイルスはあんなことになったのだと、自業自得だったからこそ笑って突き進むことができたのだ。
だがエースはどうだ。自業自得にすらさせてもらえず、会いもしたこともない名前だけが大きい親のせいで針の筵にされているのは、どうなんだ。絶対にルフィもここにくるだろう。ルフィすらも巻き込んでしまったエースの無念は、やるせなさは、ぶつけることもできない怒りは、どうすればいいというのだ。レイルスはどうしてか、境遇も状況も全く違うのにエースに自分を重ねていた。土壇場の敵前に弟が来る。その恐ろしさは十分過ぎるほどに知っていたからかもしれない。
ふぅと吐き出したため息が伽藍堂の室内で寂しく響く。エース自身の罪状はいくら待ってもセンゴクの口から告げられることはない。先祖を辿って罪人が見つかれば皆殺しにでもするのだろうか、馬鹿なんじゃないかとレイルスは内心で悪態をつく。正しく罰して更生させる、ではなく悪は滅する。それが正しいのだとこの場の全員が本気で思っておるのであれば末恐ろしいなとレイルスは鼻を鳴らした。確かに、犯罪者の家族に対する世間の目というものは冷たいものになりがちである。その家族に実際の罪があろうがなかろうが、世間にとってはどちらでもいいのだ。「あんな極悪人の血を引いている」、「人殺しの男を愛した」。理由はなんだっていい、勝手に憶測を立てて汚いものを見る目を向けて、「きっとこいつもそうなる」なんて可能性に恐怖する。次第にその目を向けられる人間個人は民衆の意識から殺されて、犯罪者の関係者としてしか見られなくなる。レイルスから言わせれば愚の骨頂。そんな可能性だけで人間を怖がるほうが疲れるし、だったら周りの人間全てを疑って然るべきだと思う。ただ犯罪者と共に過ごしたことがあると言うだけで、そのリスクが跳ね上がるなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。犯罪思考は伝染するとでも言いたいのだろうか、血によって残虐性まで遺伝するとでも?と頭の中で罵声に近い非難の声をぶつくさと唱える。
そこではた、とレイルスは動きを止めて思う。あれ、エースの弟ということはルフィも。あ、と1人間抜けに声を出したレイルスはエースとルフィの関係を知らなかったために頭を抱えて項垂れた。
投稿日:2022/0220
更新日:2022/0220