支配の剣

 やはり白ひげは現れた。直視したわけではないが、一気に慌ただしく騒がしくなった外にレイルスはそろそろと建物から建物へ移動していた。すでに戦闘も始まっているのだろう、喧騒と言うには生やさしい悲鳴や雄叫びが聞こえてくる。レイルスは一度外に出た時にとんでもない高さの津波が襲ってきていた時には海を三度見して呆然としたし、それが一瞬で凍りついて巨大な氷の壁となった時にもやっぱり呆然とした。本当にこの世界はなんでもありであると痛感して諦めたような笑みを浮かべた。
 いよいよ建物が倒壊し始め、隠れられそうな場所がなくなってきたと思った時には、すっかり戦場のど真ん中。どうやらレイルスが隠れていた海岸沖からも海賊がなだれ込んできているようである。レイルスは海賊にであれば紛れられるかと己の服装を見下ろして一気に表へと躍り出た。処刑台の位置が未だ正確に掴めていないレイルスであったが、これ以上隠れて近づくことは物理的に無理だろうと判断した。外に出てまず目に着いたのが、高台とその上に座らされた男の姿。いた、とレイルスはニヤリと笑う。しかしレイルスとエースの間は海兵がびっちり埋め尽くしている。海賊の雄叫びのような咆哮に背中を押されるようにしてレイルスは走り出した。
 戦場を縫うようにして突っ走る武器も持たない女の影。海兵にとっては、もしや悪魔の実の能力者ではと警戒を強めるには十分異様な姿に映った。レイルスの予測ははずれ、海賊からは敵意を向けられることはなかったが、周囲の海兵からは注目を浴びてしまった。
「止まれ海賊が!」
 振り下ろされた刀を横にずれて蹴り飛ばす。最低限の動きで進むことだけを考えるレイルスの動きは正確で、気がつけば海賊と海兵の乱闘場所から一つ抜けてしまう。レイルスはルフィがここにこないという可能性を全く考えていない。しかし彼を探すこともしない。まだ見つからないということは、向かっている途中だろう。短い付き合いでも、レイルスはルフィに隠密行動が無理なことを嫌でも理解していた。彼がいれば嫌でも気がつく、それがないのであればまだいない。だから探す必要なし。いっそ薄情にも見える、レイルスに自覚のないルフィへの信頼だった。

 ついに四方から囲まれたレイルスはやむ終えず直進していた足を緩める。飛び上がって銃弾から身を翻し、近くにいた海兵の顎に蹴りを入れて卒倒させる。剣が腕を掠って上着が裂けたが肉には到達していない、迷うことなく跳ね上げた腕で剣を持っていた海兵の顔面を肘で殴りつけ、取り落とした剣を掴み取る。銃を構えてきている海兵に向けて投擲すれば見事刀身が銃口を割いた。「ビンゴ!」得意げに笑うレイルスはそれでもキリがない海兵の多さにヒクリと顔を引き攣らせた。
「多い、なぁもう!!」
 鈍い風の音にその場から飛び退けば、巨大なハンマーが振り下ろされた。レイルスが簡単に潰されてしまうだろう重量と大きさを誇ったそれを軽々と持ち上げる海兵。冷や汗をかいてそれを見たレイルスは見上げてもまだ顔が遠い海兵を凝視する。大きいというレベルではない。だが、レイルスはスリラーバーグにて、それ以上の巨人を見ていた。冷静にあれよか小さい、と分析して振り下ろされるハンマーの衝撃を目算する。純粋な重さと振り下ろす力と重力と……300キロはあるだろうか、当たれば即死だなとレイルスはバックステップで攻撃を避ける。
「潰れちまえ〜!!」
 後ろに倒れ込むようにレイルスは地面に手をついてバク転をして攻撃を回避する。そのまま着地点に銃を持った海兵がいたためそいつの頭を踏んづけてすぐさまその場所からも移動する。身軽に、クルクルと動き回るレイルスはチョッパーの継続的な治療と、ハイデリヒの軟禁に近い治療によってかなり回復していた。しかしそれでも数の暴力は恐ろしく、次第にレイルスの呼吸が荒れていく。巨人の攻撃は味方すらも巻き込みかねないほど豪快なこともあり、他の海兵が手を出してくることはない。そのためハンマーが襲ってくる一瞬前は少し息がつけるものの、その後に大きく回避しなければ掠ってしまいそうな程攻撃範囲が広い。となると結局は文字通り休む暇もない。レイルスは上着に片腕を突っ込んであるものを取り出す。その隙をついてハンマーが再び襲いかかってくる。咄嗟に避けた反動でレイルスが地面に転がる。
「死ねェ!!」
 ニヤリ、レイルスの口角が不敵に上がるのを見た海兵は1人もいなかった。地面に叩きつけられた小瓶とレイルスの手。叩きつけられた衝撃で小瓶の薄いガラスがパキリとひび割れる。バチバチとレイルスの体の下の地面が凄まじい勢いでうねり、同時にブワリと水蒸気が立ち上って周囲を覆い隠す。
「な、なんだ!?」
「毒ガスか!?」
 何が起こったのかわからない海兵は、武器を持って最大限警戒をする。敵も味方も判断がつけられないほどの突然の濃霧が局地的に発生したのを遠目に見た数名が、怪訝に顔を顰める。なんだ、と戦場の中でも意識が向けられるほどの妙な光景だったのだ。
「スモーカーの配置はあそこじゃないはずだがね……」
 参謀おつるはもくもくと上がる煙ほど質量を持ったそれを見て顔を怪訝に歪める。モクモクの実の能力者であるスモーカーの能力に酷似した光景に遠目にそれを目撃したスモーカー本人すらも目を見開いたほどである。煙幕にしては爆音もせず、範囲も狭い。海賊側の毒ガス兵器かと身構えていた周囲の海兵も、煙の中から慌てて飛び出してくる仲間を見てどうやら違うらしいとは思うものの、中に飛び込もうとする果敢なものはいなかった。濃霧のため下手に発砲をして味方に当たりでもしたら大変だ、と銃兵も構えはするものの引き金を引くものはいない。
 レイルスは水蒸気の中で錬成した地面の突起を元に戻し、それに顔面を強かにぶつけて脳震盪でゆらゆら揺れている巨人を横目に、煙幕からは出ないよう注意をしながら足を静かに進める。そして上空を見上げて微かに目視できた死刑台の位置を確認して改めてふむ、と顎に手を当てる。徐にしゃがみ込んだレイルスは地面に手をついて、バチバチと石畳の地面を変形させる。これ以上は地上を進むのは無理があると判断し、地中から進むことにしたのだ。波打つようにぽっかりと口を開けた地面に体を滑り込ませて素早くその穴を塞いでしまう。予めポケットから取り出していた小型のライトを口に咥えて、念のためさらに下へと体を移動できるように地面を変形し直す。頭上からくぐもった声や足音、銃声が聞こえる。それに一度目を向けて、レイルスは一度大きく息を吐くように肩を回して前方の地面に手を叩きつけた。少々投げやりになりつつあるが、レイリーの助言に従うべきだろうとレイルスの勘が隠密行動を吉としたのだ。


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投稿日:2022/0220
  更新日:2022/0220