揺れない天秤
粛々と進められる処刑の準備に、大量投下された人間兵器、パシフィスタ。そんな地上の状況がわからず、黙々と地中を掘り進めるレイルスはついに処刑台のものであろう支柱にぶち当たっていた。能力者が多くいる戦場のため、何度も地面が揺れうごき空洞が潰れたせいで死ぬ思いもしていたレイルスだったが、大きな怪我もなく誰よりも早くエースの近くまで辿り着いた。さてここからどうするかと頭上で多くの足音が響く中少し考え込む。支柱であろうというのもあって確実性もない。民家でみた地図があったとはいえそれにも限界があり、地中をいくと決めた時点でわかってはいたことではあるが、戦況も現在地もはっきりと把握しきれない環境にレイルスは眉を顰める。幸いだったのはルフィの声が届いたことだけだ。
「というか……真上も戦場になった?」
大砲でも撃ち込まれているのかというほどの衝撃が地中にまで響いている。実際先ほどもそれで死にかけていたためあり得なくはない。先ほど以上に回数が多く喧騒が近いためそう判じたレイルスは顔を苦いものにする。エースの真下が戦場というのはいささか都合が悪いように思っての表情だ。頭上ではちょうどエースの処刑をクロコダイルが邪魔をした場面であり、三大将とルフィが対峙していた。エースの弟を死なせるなという白ひげの命の元、多くの助けを受けながら進んだルフィは己の至らなさをじわじわと感じていた。敵わない奴が多くいる、そんな中で我を通そうとする難しさ、無謀さ。見える場所にいるのにいつまでもエースまで辿り着かない。疲労で息が上がるのと同じように焦燥に似たそういった感情を持て余すように奥歯をガリガリとすり合わせた。
白ひげ海賊団の最後の船、コーティングして海底に潜ませていたパドルシップをオーズの最後の力で引き上げられ、海兵だけで埋め尽くしていた広場についに海賊が雪崩れ込んでくる。衝撃で間一髪、生き埋めにされかけられたレイルスは慌てて周りの地面を錬成し直し自分のいる空間を確保した。これは頭上がどうこう言っている場合ではなく出た方が良さそうだ。そんなことを思っていたからか、今まで以上の衝撃がレイルスを襲う。
「こなくそ……!!」
咄嗟に頭を庇ったものの容赦のない揺れに体のあちこちを瓦礫にぶつけながら、自身を浮上させるべく手を足元に叩きつけた。バリバリという錬成音と光が、暗い穴ぐらの中のレイルスの体を巻き上げる。まるで風でも吹き上げるかのようなその光景が、途端に吹き下ろすものに変わる。一気に地面が迫り上がったことによって、風を感じるほどの勢いの錬成だった。
見たやつの記憶飛ぶまでぶん殴る。妙なところで雑になるレイルスは、そう覚悟して地上へと飛び出した。しかし良くも悪くもこの戦場では不可思議なことは当たり前のように起こりうる。バチバチと音のなる錬成は自然とその中に紛れた。白ひげや鷹の目の攻撃のせいで何度も軌道修正していたレイルスは処刑台真下の中央ではなく、少し手前の武器庫の影に浮上したため、誰の目にも触れずに地上へと出ることが叶った。そして、目撃する。
「ルフィ!!」
シャボンディで一味を追い詰めた大将黄猿その人が倒れるルフィの目の前に立っているのを。指から放たれる光線が、ルフィへとまっすぐに伸びる。直撃した光線に倒れるルフィ、レイルスは砂埃で曇ったサングラスにルフィの血が映り込む。その血が地面へ吸い込まれる前にレイルスは地面を蹴り上げた。
ジャケットの内側へと腕を突っ込んで、目的のものを握り込む。ピュン、とレイルスの足元を流れ弾が掠め瓦礫が弾ける。ルフィはインペルダウンから無茶を押し通していたせいで、積み重なったダメージと疲労で立ち上がることができず、黄猿の攻撃を避けられそうになかった。見上げた先に、シャボンディで仲間をボロボロにした敵がいると言うのに、エースがあんなにまだ遠いと言うのに、なぜ自分はこんな場所で横になっているのか。ルフィは己への怒りで目の前が点滅しているのを手のひらに爪を食い込ませながら耐え、敵を凝視する。
「消えてくれるかねぇ」
やけにゆっくりと振り上げられた黄猿の足が、文字通り光速でルフィへと襲いかかるその一瞬、レイルスはその間に体を滑り込ませた。走りながら地面を指先でなぞるようにしていたレイルスはその手で水でも引っ掛けて飛ばすようにしてギリギリ、黄猿が立っていた地面を傾斜させて狙いを狂わせる。
「おやぁ?」
多少逸れたとは言っても元の攻撃は強力そのもの、文字通り光速の攻撃を防ぎきれはしないだろうと思っていたレイルスだったが、案の定レイルスの背中に黄猿の足が食い込んだ。息が止まるなんて表現では生易しいほどの衝撃。それでもなんとかルフィを庇うように抱えたレイルスは、瓦礫にでも突っ込むことを期待して歯を食いしばる。最悪は敵の刀に串刺しにされることだ。それだけは避けたいと思っていたものの、想像ほどの衝撃がなく吹き飛ばされた体が停止する。黄猿は想定よりも自分の攻撃の威力が出なかったことに頭を捻り、足元を見下ろす。何やら自分の足元に泥濘が発生している。海水を含んでいるようだと当たりをつけて黄猿はそれから興味を失い、咄嗟に間に入り込んだもう一つの異物に目を向けた。革靴が汚れてしまったじゃないか、と呑気に考える黄猿の目には白ひげに抱えられた二つの影。
ルフィと共に吹き飛ばされてきた小さな影。それが少女だと気がついた白ひげは苦い顔で胸に飛び込んできた2人を見下ろす。エースの弟は死にかけ、もう1人の女が誰かは知らないが今ので瞼を切ったのか派手に血を流している。片手で悠々と2人をキャッチした白ひげは大きくため息を吐き出して首をコキリと鳴らした。
「いったぁ……」
「こんなところで何してる」
麦わらともども片手で掴んでいた白ひげは見上げてきた目を見て顔を顰めた。レイルスのサングラスは先ほどの攻撃で吹き飛んでしまっていたために、金色の瞳がそのままの色で白ひげの前に惜しげもなく晒されている。何をしているのかと問いかけられたレイルスはどうやら満身創痍のこの男に受け止められたらしいと把握する。ハッとして視線を巡らせれば目の前にルフィの顔があり、息がしているのかを確認しながら口を開く。
「これの知り合い!ルフィ!生きてる!?」
すぐに殺そうとしてこないことといい、海軍の制服を着ていないことからも白ひげの一味だろうとあたりをつけたレイルスだったが、その白ひげ本人であるということには気がつかなかった。ハイデリヒはきちんと白ひげの写真も見せていたがあまりにも至近距離で見上げたせいでレイルスの脳内で一致しなかったらしい。
ペチペチとルフィの頬を叩くレイルスに、どんなとこで生存確認してんだァ!!と白ひげ海賊団は内心で突っ込んだ。黄猿の攻撃からルフィを庇ったところを見てはいたものの、得体の知れない謎の女。それが、四皇白ひげの手の中で呑気にも怪我の確認なんてしている。こそこそと数名が誰のとこのクルーだ?と確認し合うも誰も女のことを知らない。
「あ……エース?」
「よかった気がついた……あ、ありがとうおじさんもう降ろして」
しまいには四皇をおじさん呼ばわりである。聞いていた海兵はあまりの命知らずさにちびりかけた。誰だか知らないが、年端かもいかない女がなんて命知らずな真似を。目撃していた中に混じっていた心優しい海兵は目の前で女が殺されるかもしれないと、戦場にも関わらず目を背けたほどである。
「もう死にかけだ、大人しくしてろ」
そう言ってレイルスごと仲間の元へと放り投げた白ひげは身の程知らずにも戦場を突っ切っていったルフィに改めて笑う。元から、ああいうバカは嫌いではないのだ。エースの弟と自称するだけあってエースにも似たバカさ加減。空気を震わせるように喉の奥で笑った白ひげは、傘下の海賊の船医がいる方向へと目を向ける。それだけで意図を読み取った彼らは、一目散にルフィへと駆け寄った。
一緒に放り投げられたレイルスはうまく着地したがルフィはそれもできないほどだったため、白ひげのクルーにキャッチされる。駆けつけたのはレイルスだけではない、イワンコフにジンベエも包囲網の外からルフィを見つけて走り寄った。
「ルフィ、意識は?目見えてる?」
「イム……?」
「見知らぬガールね」
「こりゃ早く治療できる場所に運んだほうがいい」
船医の言葉にレイルスはグッと歯を噛み締める。大きく息を吸い込むも、硝煙の匂いの強い空気は肺を汚すだけだろう。それをしっかり意識するようにゆっくりと吐き出して、思考をクリアにしていく。焦点すら定まっていないルフィの目を見てレイルスはこのまま進ませて仕舞えば彼が死ぬであろうことがわかってしまった。しかしレイルスにはルフィを止める材料がない、何一つ持っていない。彼の仲間でもない、長く彼を知っているわけでもない。なんならエースとルフィの兄弟としての姿を見てしまっているレイルスからすれば、止めようとするありきたりな言葉すらも口から出てきそうにない。彼等兄弟に水を差せないと心から思わされた時点でレイルスが吐ける言葉など皆無に等しかった。
「きて、くれたのか……」
「……」
ゼーゼーと全身で呼吸をしながら、ルフィは金色の目を見上げる。こんな場所でも変わらずキラキラとして見える黄金色にルフィはなんだか泣きそうになっていた。ここでは死ねない、だって仲間の無事を確認していない。シャボンディで目の前で消されていった仲間の姿を今でも鮮明に思い出せるルフィは、その1人がこうして戦場にまで駆けつけてきてくれたことに、泣きそうなくらいの安堵と喜びを感じていた。無事だった、そうだと信じてはいたもののこうして目にすることができてことはルフィの心に大きなゆとりをもたらした。
「イワちゃん、あれまた打ってくれ……!!」
「テンションホルモンをもう一発って!むっちゃブル!!」
イワンコフの異様さに一瞬逃げ腰になりかけたレイルスだったがその会話の不穏さに動きを止める。どうやらこの妙な姿の男もルフィを味方しているらしい。猛毒でやられたやら、死にかけたやら、応急処置で後から死ぬやら。なんとも嫌な羅列が続くのを黙って聞いていたレイルスは一瞬呼吸でイワンコフが黙った瞬間に疑問をぶつけた。
「今のルフィはただでさえ無理を押しているのに、さらに無理をしようとしてるってこと?」
「よく理解したわね今のでェ!!わかったらヴァナタも大人しく……!」
「やるだけやって、死ぬならいい!戦わせてくれ!!今戦えなくて、もしエースを救えなかったら……俺は!後で死にたくなる!」
その言葉に息を呑んだイワンコフは、ルフィを死なせられないのだと怒鳴る。レイルスは鬼の形相のイワンコフを横目に、地面で這いつくばってでもエースに手を伸ばそうとするルフィを見て、諦めたように汚い戦場の空気を吐き出した。ああ、もう。嫌になる。顔を上げることすらもできないルフィの頭に一度ぽん、と手を当てたレイルスは処刑台を睨み上げる。徐に頭に巻いていたゾロのバンダナに手をやり、今一度それを結び直す。
結局は折れたイワンコフはテンションホルモンを再びルフィへと打ち込んだ。立ち上がったルフィはまっすぐな目で見上げてくる金色の目を見つめ返す。
「手伝ってくれっか」
「船に乗せてくれてた恩があるからね」
にや、と場違いなほどに快活に笑ったレイルスにルフィもこの戦場に来てやっと穏やかに笑えたのだった。
投稿日:2022/0222
更新日:2022/0222