揺れない天秤


「んで!?どうすんの!?」
「エースんとこまで突っ切る!!」
 ルフィに並走して走るレイルスは声を張り上げて聞いてみたがやはりというかルフィはノープランだった。見せしめという目的があるからこそ、レイルスとしてはなんとかあの高い位置にある処刑台そのものを破壊なりしたいのだが、それではエースが瓦礫に埋まってしまう可能性が高い。エースの海楼石の手枷が厄介かとレイルスは下唇を噛む。エースはロギアの能力者、本来であれば一切の物理攻撃が効かないらしいので高所からの落下も気にしなくていいのだが今はそうはいかない。しかしそうして悩んでいる時間が惜しい。
「処刑台を壊すから、ルフィはエースをキャッチ!いける!?」
「やる!!」
 襲いかかってくる海兵をお互いに薙ぎ倒しながら続ける会話は力強い。イワンコフのなんらかの能力によって回復したルフィを心配していたレイルスだったが、どうやら今は本当に大丈夫らしい。後が怖いと思いながらもレイルスは結局一度もルフィを止める言葉を言わなかった。ルフィにとって、それがとてつもない力となっていることをレイルスは知らない。

 途中、友人であるコビーを殴り飛ばしながらもルフィは一度も止まらなかった。全力で突き進んでいくルフィに遅れることなく、レイルスも海兵を蹴り上げながら進む。ルフィはレイルスが思っていた以上に強かったことに内心驚いていた。ルフィの知っているレイルスはすでに満身創痍の状態だったのでここまで動けなかったというのもあるが、それにしてもレイルスの動きは軽快で無駄がない。
 ぐんと手を前方に伸ばしたせいで背後が無防備となったルフィに、海兵が斬りかかるもレイルスによって沈められる。どこからか拾ったのか、いつの間にか鉄パイプなんて手にしていて、ルフィはかつての兄弟のことを想起していた。
遠い昔、コルボ山で共に過ごしたもう1人の兄弟。船出とともに死んでしまった彼はよく武器に鉄パイプを握りしめていた。エースやルフィよりも達観していたからか、周りをよく見ることができる兄弟だった。ルフィとエースの無茶苦茶をカバーするのがうまく、何度助けられたかルフィはわからない。エースに似ているようで、正反対のところもある、そんな彼のことがルフィもエースも大好きだった。
 そういやあいつも金髪だった。今は隠されて見えないレイルスの髪とはすこし違ったかもしれない、どうだったか。ルフィは思い出せない。
 しかしそんな彼らを嘲笑うかのように、処刑の準備は進んでいた。周りの海賊の様子がおかしいことに気がついたレイルスはハッとして顔を上げる。
「クッソ!」
「エース!!」
 レイルスの視線の先を追ったルフィは今にも処刑が始まるのだということを悟る。一瞬気が逸れてしまったルフィとレイルスはそれぞれ重い一撃を喰らってしまう。レイルスは鉈の柄の部分で腹部から引っ掛けられるように掬い上げられてそのまま遠心力を使って空中へと放り出されてしまう。
「イム!」
「っ先行って!!」
 カハ、と胃液を吐き出しながらもなんとかルフィにそう叫んだレイルスは後方へと吹き飛ばされる。耳元でびゅうびゅうと風が唸っていることからそれなりのスピードで飛ばされているらしい。瓦礫の山へと背中から突っ込んだレイルスは意識を保つべく手のひらに爪を強く突き立てた。吐き気に逆らえずに嗚咽をこぼせば、コプリと水泡が弾ける音と共に血が溢れてきて咄嗟に口を覆う。
 カラン、足元にレイルスが握っていた鉄パイプが転がったのを一瞥したルフィは、レイルスの声と目を思い出して振り返ることなくエースに向かって走り出した。
 ここで、ルフィの叫び声を聞いて顔色を変えた人物が数名いた。ルフィの声の届く範囲にいた青雉と、戦闘に参加せずにルフィの動向に目を向けていたセンゴクそしてガープだ。
「今、イムと言ったか……」
 白ひげの隊長、ダイヤモンドジョズを戦闘不能にまで追いやった青雉は思わずそう口にする。聞き間違いだと思えばそれまでだが、とんでもない名前をこんな場所で聞いてしまったと思わず喉を鳴らす。珍しい名前だからこそ、どうにも神経質になってしまっているんだろうかと思わず苦笑が漏れる。
 ガープは目下迫り来るルフィを見て、そして瓦礫に突っ込んだ小柄な影を思い出していた。まさか、いやと思いながらも思い当たる節がないわけでもないガープは目を見開いて瓦礫を凝視する。
 W7にて、ガープは気を失ったままのレイルスと会っていた。ルフィたちと同じ場所で寝かされていた少女は死んだように眠っており、静かすぎる細い呼吸をしていた。今にも消し飛んでしまいそうなほど頼りない命の気配に、そして年端かもいかない少女の姿にガープは「目を瞑った」のだ。意図して確認すれば間違いないと、エニエス・ロビーから逃げおおせたもう1人の人物であると確信を持つ。
「……この戦場で気がつくような器用な奴はいないじゃろうが」
 ガープでさえW7で間近に眠っているレイルスを見下ろしてやっと気がついたくらいだ。周りがこれだけ混沌としてる中あの「違和感」を感じ取れるほどの海兵はおそらくいないだろう。
「捕まってくれるなよ」
 さもなくばこの場で死んでもらったほうがいい。ガープは厳しい表情を隠すように顔を覆った。どうしてこうも、嫌なことばかり立て続けに起こるのだろうか。



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投稿日:2022/0223
  更新日:2022/0223