揺れない天秤
腹部を押さえながら瓦礫から起き上がったレイルスは目の前の惨状に眉尻をあげる。先ほどまで勢いづいていた白ひげの軍勢が、だいぶ消耗している。そこでやっとレイルスは先ほど自分をキャッチした人物こそが白ひげ本人であったことに気がついた。遠目に見た白ひげは海兵に囲まれ、多くの刀傷を負って至る場所から血を噴き出している。それでも凄まじい音を立てて振われる巨大な武器に、並の海兵は攻めきれずに棒立ちとなっている。
それ以上に不味そうなのが隊長格と思われるメンツが何名か脱落している場所が見られる所だ。氷像にされた大男の周りで嘆く船員もいれば、倒れた男に向かって驚愕と絶望の声を上げる船員もいる。あれでは海兵の的になってしまうのも時間の問題だ。レイルスからほど近い場所で垂れていた男が苦悶の表情を浮かべながら起きあがろうと顔を上げる。
不死鳥だ。手配書で覚えていた顔が見えてレイルスは顔を顰める。不死なんて体それた二つ名のせいでしっかりとインプットされていたのだが、血塗れで今にも死にそうな顔をしているところを見るに、不死とは比喩的なものだったのかもしれないとレイルスは勝手に推測をしながら瓦礫をほろった。早く処刑台を壊しに向かいたいが、だいぶ戻されてしまった。処刑台を見上げていたレイルスは改めて不死鳥に目を落とす。手の平にべったりと乗った血を水でも払うようにして振って飛ばした。
「よし」
ざっと周囲を見渡しながら腕を捲ったレイルスはグッと姿勢を低くして倒れた不死鳥目掛けて走り出す。黄猿が遠目に見えている、あの能力の前に距離など関係ないだろうが気持ちの問題で多少離れていることに肩の余計な力が抜ける。ジャケットの内側から瓶を一つ取り出したレイルスは滑り込むようにして不死鳥マルコの真横へと接近する。
「おや?」
レイルスは黄猿があの距離ならばこちらに注力しないだろうという期待を持っていたのだが、マルコが戦っていたのが黄猿である。最初から最後までレイルスの行動は黄猿の目に写っていた。先ほども突っ込んできた影と同じものがまた、と思った黄猿は首を傾げながらも指に力を集中させる。レイルスは瓶を手のひらと一緒に地面へと叩きつける。衝撃で瓶が割れ、バチバチという小さな錬成光は倒れるマルコとレイルスの体の間。またもや発生した謎の煙幕に構うことなく黄猿は光線を放つ。どうやらスモーカーかもしれないと思っていたあの煙は、この女が原因だったらしい。赤犬など「あの野犬が」とスモーカーに悪態をついていた。濡れ衣だったと後で教えてあげようと黄猿は呑気にそんなことを考えながら銃を撃つように指を跳ね上げさせる。
「グッ」
煙が隠す前、露出していたレイルスの左腕を貫通する。歯を食いしばって身をかがめたレイルスは、その左手を地面へと叩きつけた。目の前に現れた小さな影が、先ほどエースの弟と共にいた女だと気がついたマルコは、海楼石の手錠のせいで力の入らない体を、それでも驚きで固めていた。女が現れたとおもったら視界が煙幕に覆われ、そいつが今度は左手をついたと思ったら。
「な、なんだよい……!!」
突然地面が上がったのだ。いや、自分が沈んだと言ったほうがいいか。バチバチという音と共に、地面が不可思議に動き出し自分たちを飲み込んだ。唐突に真っ暗闇に放り込まれたマルコは一気に警戒を強くする。悪魔の実とは、海に嫌われること以外にも体に良くも悪くも影響を出す。ルフィがゴムで電気が効かないのと同じように、マルコは鳥目――つまり暗闇で目が利きにくいのだ。傘下の海賊でもない、ということはインペルダウンからの脱獄犯である可能性が高い。たとえ麦わらの仲間であっても白ひげの味方ではない、この戦場であってもマルコは冷静に頭を働かせていた。参加の海賊の顔を全員覚えているわけではないが、能力者に関しては戦力把握のため頭に叩き込んでいたマルコは即座に判断する。
「不死鳥であってる?」
「……どこだよい、ここ」
「さっきまで私が掘ってた地下」
レイルスはポケットからペンライトを取り出して灯りをつける。マルコの位置がわからなかったため念のため左手を添えて光が直撃しないよう配慮して灯された灯りに、マルコは瞳孔が優しく絞られたのを感じた。光を背景にぼたぼたと血が滴っている。それを一瞥して体を壁に寄り掛からせたマルコは改めて女を見上げる。レイルスは頭上を見上げながら喧騒が少し遠いことを確認する。ちょうどマルコが倒れていた位置が先ほどまでレイルスが掘り進めていた地下の道の上に重なると気がついて地面を開いて閉じたのだ。それに加えて黄猿にバレたら恐ろしいことになりかねないため、頭上部分に厚めなガラスを形成した。地面が硅砂、ガラスを生成するために使用させる鉱物をふんだんに含んでいたことが幸いだった。
光線といっても光であることは変わりない。ガラスなどを通ると光は分散する、分散してしまえば多少威力は弱くなる。プリズム現象を期待してのものではあるが果たして意味があるかレイルスは判断しかねていた。
マルコは呼吸を整えながら撃ち抜かれた腹を押さえる。久しぶりに怪我をした。海楼石とはやってくれる。海兵を相手にするのも久方ぶりだったために失念していたのだ。
「ねえ、飛べる?空」
レイルスはマルコに目を合わせるようにして座り込む。座るとマルコの視線のほうがずっと高いため自然と見上げる形になったがレイルスは怯まずに声をかけた。
「これがどうにかなりゃぁな」
そういって心底鬱陶しそうに腕を上げたマルコは何を聞くんだこの女、と怪訝に顔を歪めた。この戦争が始まってから何度も空を飛んでいるし、派手にガープに吹き飛ばされたのを見ていなかったのだろうか。残念ながらその時レイルスはまだ地下である。砲弾が飛んできていると思っていた地響きの一つにマルコが地面に叩きつけられたものも混ざっていた。
「手枷?」
「海楼石だよい」
なるほどとレイルスは合点がいく。不死の能力が悪魔の実由来なのであればこれで封じられ真人間になるらしい。ニッとレイルスが不敵に笑う。
「等価交換と行こうか、不死鳥さん」
「あ?」
「私はそれを外す、不死鳥さんは私を処刑台まで運ぶ、どう?」
マルコが人を運べるかどうか不明だが、どちらにとっても利がある取引のはずだ、とレイルスはじっとマルコを見つめる。マルコはさらに眉間に皺を寄せた。
「ふざけてんのかよい」
「この場でふざけられる人間がいると思うの」
「思わねェから聞いてんだろうが!」
ガン、狭い空間でマルコの長い足がレイルスの真横の地面を蹴り上げる。しかしびくりとも怯えた様子を見せないレイルスに余計にマルコは苛立ちに似たものを感じる。瞬きさえもせずに、レイルスは真っ直ぐにマルコを見つめる。とはいえ女、手をあげる気はさらさらないがそれでも訳のわからないことを言って閉じ込められている現状に焦燥も募っていた。
「ならいい、駄賃は後払いでもらうし利子もつける」
そう言って手を伸ばしてきたレイルスにさらに顔を険しくしたマルコは、その表情とは裏腹に、この自分にこうまで堂々と啖呵を切れる肝の座り具合に感心し始めていた。それもこうも苛立っている自分にだ、不機嫌なマルコにはクルーでも距離を置くほどだというのに。その度胸を買ってか、マルコは伸ばされる手を拒まなかった。レイルスの指が手枷に触れる。
バチバチという閃光。小さな雷が己の手から発生したのかと錯覚するほどの音と光にマルコは自然と身構える。目を細めて事態を見守るも、見極める前にぼとりと自分の足に何かが落ちた。
「嘘だろ、お前これ」
「質問は受け付けない、他言無用」
ぼろぼろとまるで途端に劣化したように手枷が壊れた。手に残っていた残骸も、レイルスが引っ張ったことで崩れるように取れる。自由になった途端、力が戻ってきたのを感じたマルコは呆然としたようにはは、と笑う。海楼石を壊せるなんて、長くグランドラインにいても聞いたこともない。全くいつまで経っても知らないことばかり出てくるものだとこんな場所にも関わらず笑ってしまうほどにマルコは驚いていた。大人しく最初に応じておけばよかった、助けられた上に質問も却下と釘を刺されてしまってはマルコは何もいえない。
「あー……悪かったよい、嬢ちゃん」
「謝罪は受け取らない、利子軽くしたくないし」
「可愛くねぇ」
ぼ、と能力を使って傷口を燃やす。ギョッとして体をのけぞらせたレイルスの左腕を掴みそこも問答無用で燃やすマルコは普段の食えない表情で笑う。不死鳥の炎は再生の炎。痛みを感じるどころか、傷口が塞がったレイルスは驚きで目を見開いた。ずっとレイルスのペースでいた空気を崩せたマルコはニヤリと笑う。少しの会話で目の前の女が戦況を把握しながらマルコに焦点を当てこうして、確かに言葉通りお互いの利にしかならない話を持ってきた時点でマルコは乗るしかないのだ。
「さあて、この俺を足に使うってんだ、考えを全部吐いてもらうよい」
それぐらいは話せと海賊らしく悪く笑うレイルスに怪我を治された帳尻とはたしてあうのだろうかと顔を引き攣らせた。
投稿日:2022/0224
更新日:2022/0224