盲目な女神
落下の途中でルフィに抱えられたレイルスは唐突に視界を占拠した炎に驚きながら目を回す。ルフィに腕ごと抱えられていなかったら確実にポケットの中から水の入った小瓶を取り出していたところだった。目を回した先に、体から炎を生み出すエースを見つけ、彼の悪魔の実のことを思い出す。ロギア、メラメラの実。夕日を溶かしこんだような暖かな色がエースの黒髪を照らしている。
「お前は昔からそうさ……ルフィ!俺のいうことも碌に聞かねぇでむちゃばっかりしやがって!」
煙の中に出来上がった炎のトンネル。白ひげ海賊団は見慣れたその炎を見て歓喜の雄叫びをあげる。インペルダウンからルフィの無茶を見守ってきたイワンコフは耐えきれずに涙を流す。エースを捕獲できたらまた錬金術で枷をどうにかしようと思っていたレイルスはまさか到着とほぼ同時に解放されるとは予想もしておらず、ぽかんと口を開けてからしばらくして笑ってしまう。どこまでもルフィは予想を超えてくる。
「嬢ちゃんはルフィの仲間か?」
「おう!」
いや違う。そう口につきそうになるもこの一件で手配書が回る可能性があることを予想してレイルスは口を閉じた。エース解放の瞬間にその場にいたのだ、いやでも目立つ。レイルス自身も目立ち過ぎたなと自覚していた。特に最後のは決定的だろう、元帥の顔面を鉄の塊で殴打とは。そこいらの小悪党など目ではないほどの所業であった。
「脚、さっきのか」
ぽたぽたと血を流し始めているレイルスの足を見てルフィが顔を顰める。腕で抱えていたレイルスをそのまま背中へおぶり直し、よし、と周りを見渡す。完全に足手まといとなってしまったレイルスは小さな声で「ごめん」と蚊の鳴くような声でつぶやいた。それを咎めるように、ルフィはレイルスの足を強く抱え込んだ。細く、頼りない脚だ。背中にかかる重さだってあってないようなくらいに軽い。それなのにこんなにも助けられた、力を貰った。ルフィはぎゅうと抱えた腕に謝るなと思いを篭める。
「なんの能力なんだ!?あのセンゴクをふっ飛ばしやがった!」
「そうだ俺もあれ初めて見たんだ!!すんげーなお前!!」
「緊張感もとうよ!」
周りの海兵を薙ぎ倒しながら大声でそんなことを話し始める兄弟2人に思わずレイルスは怒鳴ってしまう。しかしそれだけで痰の絡んだ嫌な咳をこぼす。海兵に吹き飛ばされた時の腹部と、ルフィを庇って黄猿に蹴られた背中だったが内臓までダメージが入っていたのだ。足のことがなくても走ることは難しかったであろうレイルスのことを本能的に感じ取っていたルフィは、やっぱりと苦い顔をする。
「俺よりイムの方がムチャすんだよ!」
「そらすげーや!!」
チラ、とレイルスを見たエースがかつてを思い出す。前にアラバスタで見た時にはいなかった顔だ。あれから仲間になったのだろう、ルフィもクルーを増やして進んできているのだと知ってエースは思わずからりと笑ってしまった。いつになったって弟の成長はエースにとって嬉しいもので、誇らしいものなのだ。
「船長もだがクルーも無茶するんだから、こんなとこにいるのもしょうがねーか!」
その顔を見て、ルフィも戦場に似つかわしくない笑顔で笑う。しかしやはりそうことはうまく運ばない。
「明日もねぇのにそんな笑顔でまぁ、こっから逃げられるわけねぇじゃねぇの」
立ちはだかったのは大将青雉。構えたと思ったらその半身が凍るのを見たレイルスは静かに目を細める。あの津波を凍らせた力を持つ海兵らしい。なぜだが額にアイマスクをつけているのが気になるがグッと周りの温度さえ冷えたような気がしたレイルスは知らずルフィにしがみつく腕に力を込める。口から吐き出される空気すら白んでいる。
「なあ、背中のお嬢ちゃんは何もんだ……?いや、何だ?」
「うるせー!見んな!」
レイルスの目と青雉の目が一瞬合う。警戒したようにルフィは体を半歩引く。しかしその間を許さなかったのがエースである。
「よそ見とは余裕だな、『鏡火炎』!」
「『暴雉嘴』!」
氷と炎が衝突し、凄まじい勢いで水蒸気が立ち上る。ここが密閉空間なら確実に水蒸気爆発を起こしていただろう温度差を感じたレイルスは驚きで目を見開く。「ぶわ!」とのけぞったルフィが思わず目を瞑った時レイルスは我に返ったように片手を空へと伸ばす。手のひらの間で小さく、バチバチと錬成光が迸る。できる限りルフィの肩に顔を隠すようにして前を見据えたレイルスは、血の匂いが濃いルフィにグッと歯を噛み締める。
光が細く、長くエースを掠めて前方へと流れていき、エースは一瞬目線を奪われるようにして光を目で追う。青雉もエースの視線によって気が付いたのだろう、眉を顰めた。途端。
「うっお!!」
「!」
青雉の後方で爆発が起こった。押し出されるようにして後方へと飛んだエースは、ルフィのもとへと着地する。ルフィに背負われていたレイルスが手を下ろすのをエースは目撃していた。青雉は今の爆発で全身が砕けたようで氷だけがその場に散乱している。目的は大将を倒すことではないとエースは踵を返す。
「ありがとうな!」
「?おう!!」
「お前にゃ言ってねェよルフィ!!」
エースがレイルスの行動を発見したのと同じく、それに気が付いた人物がいた。ドンキホーテ・ドフラミンゴは一瞬、常時浮かべている軽薄な笑みを引っ込めてルフィの背中に収まるレイルスを凝視する。そしてニヤリと再び笑う。
「逃してやれよ、その方が面白い」
七武海のものとしては許されない発言、それを聞いた周りの海兵が激昂するもなんのその。心の底から湧き上がる笑いに任せてドフラミンゴは哄笑したのだった。
投稿日:2022/0226
更新日:2022/0226