盲目な女神
戦争の場に最後に現れたハートの海賊団の潜水艦に、なんとかルフィとジンベイを投げ入れたバギーは戻ってきたと同時因縁の相手を見つけて驚きに声を荒げる。赤髪のシャンクス。もう1人の四皇の登場には残党狩りをしていた海軍も慄きの声を上げる。海軍を裏切ってインペルダウンから囚人を連れ出した黒ひげが白ひげにとどめを刺し、グラグラの実の力を奪っただけでも混乱を生んだというのに。まだ戦争は終わらないのかと絶望をするも、赤髪は戦争を終わらせにきたのだという。
ゆっくりとした仕草でかつて己のものであった麦わら帽子を拾ったシャンクスはそれをバギーに頼んでルフィへ渡すように言い含める。嘘を交えてそれを託されたバギーは麦わらを持ってまた空へと飛ぶ。
「……そのお嬢さんも、ここには長居しないほうがいいだろう」
レイルスを背中に乗せて常時炎に当てていたマルコはシャンクスの目が己に向けられていることに気がついて目を細める。元帥の目がレイルスへと向く。ひどく深刻な顔をしたセンゴクに海賊も海兵も怪訝な表情を浮かべる。妙な能力ではあった。聞いたこともない力ではあった。しかしそんな悪魔の実ならまだこの海に多くある。それがこの警戒の仕方は、なんだ。
「……そうだな」
「元帥!しかし……」
「行かせろ」
センゴクの苦悶の表情を見てか、ガープがはっきりそう告げる。センゴクは手で顔を覆い絞り出すように「早くいけ」と続けた。ただならぬ様子ではあるものの、早く輸血をしなければならないという状況は変わらない。マルコの背中の上でレイルスの呼吸は少しずつでも細くなってきていた。悉く大将どもに遮られたせいで離脱が叶わなかった結果、守れと言われた命を背負ってマルコはまだこの場に残っていた。
「マルコ隊長、エースの弟は死の外科医の船です」
「信用できんのかよい、それ……」
「潜水艦で南西へ向かった」
迷うマルコの背中を押すようにイゾウが言葉を足す。さっさといけと肩まで押されてマルコはレイルスを背中に乗せる。イゾウが押し付けてきたビブルカードをポケットに押し込み立ち上がり、翼を広げた。モビーディックが落とされた以上、元から選択肢などあってないようなものだ。赤髪が、エースの遺体に傍に落ちていたレイルスの脱ぎ捨てたジャケットをかけるのを最後に目にし、マルコは背中の存在に内心で問いかける。
一体、お前はなんなんだ。
途中すれ違ったバギーに方向を確認するもそちらにもう船の姿は見えない。潜水艦と言っていたことからもう潜ってしまったのかも知れないとマルコは内心で舌打ちをこぼす。いくらレイルスの体が小さいからといって支えもなく背中に乗せるのは危険が伴う。衝撃を与えないように穏やかに飛行はしているものの、天候だっていつどうなるか分からないのがグランドラインだ。
しばらく飛行していると、潜水艦ではなく一隻の軍艦が目に止まる。まさか追手だろうかと概観するも様子がおかしい。甲板に見える人影で、ピクリとも動かないものが多数あるのだ。気のせいかとも思ったがそいつらが揃って石化したように灰色に染まっているのを見て、そして甲板で動く影が囚人服をきたならず者たちであることに気がついてマルコは高度を下げる。船首には七武海、ボア・ハンコックの姿。戦場でも時折ルフィの見方をするような言動をしていたこともあってマルコは警戒しつつも目を巡らせた。
「ふ、不死鳥がなんで……!!」
「医務室はどこだよい!」
狼狽える囚人たちに声を荒げて問えば、革命軍と思われるメンツから声がかかる。彼らも戦場でルフィとレイルスが共にいたのを見ていたのだ。最初こそ腕のない金髪の見知らぬ女、と思ったものの数名はエースの最後も目撃している。すぐに気がついて慌てて医務室へと案内をする。
「輸血パックは」
「俺たちでも使ったから、あまり……」
だろうなとマルコはレイルスを空いていたベッドへ横たわらせながら舌を打つ。医務室はすでに囚人たちでひしめいていたのだ。せめて血液型だけでも検査しようとキットを手に取る。
「あら本当に不死鳥じゃない!」
チラリと目を向けて、それが革命軍幹部のインペリオ・イワンコフだと気がついて「邪魔してるよい」とだけ声をかけた。向こうもそこまで警戒していないのはルフィを守るという共通の目的があるからだろう。革命軍としては、ドラゴンの息子、白ひげとしてはエースの弟。並べるととんでもないラインナップだとマルコは少し笑いそうになった。さすがはエースの弟である。レイルスの腕を巻いていたバンダナに染みていた血を綿棒で掬い染み付いた血を試験管へと落とす。
「手際がいいのね、心得が?」
「あんま知られてねぇか、俺は船医だよい」
試験管を振り反応をみる。液体の色が少し黄色味がかり、沈殿物がある。最悪だ。黄色はS型の反応、しかし沈殿物が発生する場合はかなりレアケース。
「よりにもよって……SのRh -は残ってるかよい!」
「早く調べるっちゃブル!!」
イワンコフの号令でバタバタと数名が保管場所だろう冷蔵庫へと殺到する。でかい戦艦なだけあって大型の保管庫が二つ。しかし、あまり期待はできないだろう。相当珍しい型であるし、この戦争があるとわかっていて軍艦にそこまで医療器具を残していくとも思えない。下調べで、マルコはマリンフォードの地下に医療施設があるのだろうと憶測していた。そこに集めている可能性の方がずっと高い。
「Sじゃダメなのか!マイナスなんてないぞ……!!」
「だろうな」
ため息を吐いてマルコは再び炎でレイルスの腕を癒す。イワンコフが船の中にいる全員に声をかけて献血を募るよう言っているが望みはかなり薄い。マルコはここでの輸血を諦め、知っていれば、とダメもとでイワンコフへ声をかけた。
「エースの弟が乗ったっていう潜水艦がどっちに向かったかはわかるか」
「今それを追ってる最中だっきゃブル」
「何?」
どうも、ボア・ハンコックの従えている大蛇は海を泳げるらしく潜水させて後を追わせているのだそう。大蛇の気配を見聞色で追っているハンコックが指示を出し、この船も件の潜水艦の後を追随しているらしい。都合のいい話にマルコはしばしぽかんと口を開けた。
「とんでもない運の持ち主だねい、お嬢ちゃん」
レイルスの横たわるベッドに腰掛けて、その青白い顔を見下ろしながらマルコはぼやく。死の外科医が輸血パックを持っていなかったらキツイが少なくともここよりは薬やらは充実しているだろう。現に包帯もほとんど残っていないような有り様だ。外科医の二つ名に相応しい設備をマルコは期待することとした。
それでも、本当に強運の持ち主だとマルコは思う。マルコがこの場にいることだってそうだ。不死鳥の炎が無ければもうとっくに死んでいてもおかしくないほどにレイルスの状態は良くない。だからこそ、あれだけ人がひしめいた戦場でマルコを見つけ、海楼石を外したという功績を残したことはデカい。それが無ければ確実にレイルスは死んでいたのだから、運がいいと言うよりも引き寄せていると言ってもいいかもしれない。エースが白ひげに入ってすぐのころ、同じようなことを思ったっけなと回顧してマルコは苦く笑った。
投稿日:2022/0226
更新日:2022/0226