孤独への凱旋


 女帝の提案にも関わらず、男子禁制の島だと入国は断られる。めんどくさい島だとローは甲板でため息を吐き出した。妥協案で提案された西の湾岸への停泊は許されたためそちらに船を回すハートの海賊団はローを除いて非常に残念がった。男にとっては夢の女の園である、男どもと理由は違えど、紅一点のイッカクまで落ち込んでいた。
「目覚めねぇな嬢ちゃん」
「致死量20%ギリギリだった、死ななかっただけ儲けものだ」
「出血性ショック起こさなかっただけマシってかよい」
 ルフィとレイルスに炎を当て続けているマルコのおかげもあり、容体はかなり安定している。ローはマルコの口から時折飛び出る専門用語の多さからまさか船医かと顔を顰めた。なるほどだからオペ室を見て一瞬固まったのかとローは納得する。口出しもせず治療の様子を大人しく見ていたが内心何を思われていたのやら、と舌打ちを零した。医者が嫌いなのは医者である。
 マルコはマルコで、どんな無茶難題を押し付けられるのだろうと思っていたのだが、ローが望んだのは炎による治療のみ。それ以外一切の要求がないことに少しやりにくさを感じていた。本当に気まぐれを起こして助けただけらしい、目的もあるだろうがそこに害意はないだろうということはマルコも理解していた。
「そろそろ聞きてぇんだが」
 不死鳥の炎の光を眺めながらローが口を開く。こいつから話しかけてくるとは珍しいとマルコは首を傾げて目を向ける。大抵、マルコと会話をするのはペンギンである。最初のうちはビクビクされっぱなしだったが、ペンギンも慣れたのか今ではクルーの愚痴をマルコに零すレベルにまでなっていた。もともとマルコとペンギンの気質が似ているというのもあったのだろう、マルコが普段白ひげに思っていたようなものと同じような愚痴が出るものだから余計に。船長の不健康な生活習慣に悩まされるのはどこも同じなのかもしれないが。食えないタイプであることは間違いないので、さり気ない会話の中に探りも入れられているがそれを含めてもマルコにとってペンギンはそれなりに話しやすい部類の人間だった。
「腕を赤犬に落とされた時だが……その時、この女何をしていた?」
 マルコはその瞬間を遠目に見ていた。あの時はただ、レイルスのあの力で赤犬を遠ざけてくれたのだと呑気に思っていたのだが近寄ってその腕が焼け落ちているのを見てゾッとしたのを今でも鮮明に覚えている。細い腕が転がり、エースから夥しい量の血が溢れているあの光景は暫く目に焼き付いて離れないだろう。
「悪いが本人から他言無用と言われちまってるよい」
 地下で海楼石を砕いた時と同じ光と、エースの胸を塞いだ時のものは同じだった。実際、ローが見たという場面でもあの光は発生したのだから間違いなくレイルスのなんらかの力なのだろうとマルコは推測している。なんの能力者なのかは今日まで考えても結局はわからなかったが。海楼石を壊せる、人の体に空いた穴を自分の肉体で補えてしまえる。マルコが知っていることを並べただけでもあまりに規則性がないのだ。それも四皇の船に長く乗っていたマルコでさえ検討がつかないというのはよっぽど。マリンフォードにて元帥や赤髪の態度を思い出してマルコはあらためてレイルスの置かれる状況が厳しいものとなるだろう事を予想する。
「口止めされてるってことは、こいつの能力だってことは間違いないんだな」
「頭がいいのは話が早くて楽だな」
 マルコの言えるギリギリの範囲で情報をこぼせば、正しく理解したローがニヤリと笑う。
「『船に乗せて』本人から聞く」
 しかし続けられた言葉には流石のマルコもギョッと目を剥いた。しかしなるほど、最初からそのつもりでの交渉だったらしい。麦わらのクルーではないことは確かだが、他のどこかに所属している可能性だってあるだろうにとマルコは苦く笑う。多少なりともローの性格を理解し始めていたマルコはそんなことも関係なしに奪取するのだろうなとわかってしまって、レイルスに少し悪く思った。まさか死の外科医が目をつけていたところに治療目的で接近してしまっていたとは。鴨ネギだったらしいと眠るレイルスに哀れみの目を向けたのだった。


 重厚な、巨大な扉。
 天辺には太陽、下部には月。中央には太陽と月を絡め取ろうとするかのように伸びる木が、多くの文字とともに描かれている。
「なに……」
 呆然とそれを眺めるレイルスの声が真っ白い空間に響く。遠くへと反響しているようで、白に吸い込まれて行くようでもある形容し難い己の声の最後。どれだけ喚こうが叫ぼうが無意味であることだけを明示して、空間は次第に沈黙へと向かう。
 セフィロトの樹、生命の樹とも呼ばれるそれに、レイルスの知識全てが描かれていた。びっしりとおぞましいほどの文字と、不規則に見えて秩序を持って配列する全て。十の林檎と二十二の枝、中央には林檎の花が一つ。葉がバランスをとるようにして描かれている。
 そこでレイルスは気がつく。ああこれは「夢」だと。ともすれば泣いてしまうのではと思うくらいに顔を歪め、口を引き締める。それでも黄金色の瞳は乾いたままだ。
 人はなぜ夢を見るのか。不思議なもので、人間とはよくできており、体内で起こっている事象に無駄なものはほとんどない。夢も人間が生存するために必要なものであるというのは有名かもしれない。その際眼球が忙しなく動くことから、レム睡眠と呼ばれる種類の夢は見ている間に記憶を整理する、無駄なものを忘れ、捨てる作業を行う脳の働きのひとつだ。
 そう、記憶の整理。
 レイルスは間違いなく、過去に「ここ」にきて、これを見ていた。今まで忘れていたことの方が、きっとおかしかった。健忘症といえば聞こえはいいが逃避に近い忘却はレイルスの根幹を揺るがすほどのもの。震えそうになる体に力を込めて、ゆっくりと息を吸う。
 目の前に立ち塞がるように立っていた扉が、気がつけば足元に横たわっている。扉の中央からするりと蛇のような黒い腕が無数に滑り出し、レイルスの体にまとわりついた。ボロと体の輪郭が崩れる、振り払うように足を持ち上げればまた猶予があったのか膝を一部切り取っていきながら腕が離れていく。自分の身体を引きちぎりながら、それでも足は止めなかった。
 ふと、声が白い空間に反響した。
 ああ、そう。そうだった。そして全ての腕から一時的な解放を得て。覚悟を決めて振り返ったのだ。忘れたままでなんていられない、いられるはずがなかった。




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投稿日:2022/0303
  更新日:2022/0303