孤独への凱旋
ルフィが目を覚ましたのはいいものの、満身創痍とは思えないほどに暴れに暴れ、ハートの海賊団の船はあちこちボロボロにされてしまった。ルフィが目を覚ましたタイミングも魔が悪く、ちょうどローとマルコ、そしてジンベエが船外にいた時だった。お陰でルフィを止められる戦力がおらず、ハートの海賊団は千切っては投げられて半泣きになっていた。それでもこのまま暴れ続け傷が開いてしまえば死んでしまう。それをわかっているからこそ果敢にもルフィを止めるために挑みほとんど全員がのされた。ガラこそ悪いものの基本は医者の乗る船、命の重みをしっかり理解しているクルーばかりなお陰でそういったお節介も常だった。
「あっぶねぇ……まじでギリギリだった」
「……っ」
「いい、いいから動くなってあんたも重症なんだ」
奇しくもルフィが暴れたことによって目を覚ましたレイルスは、間一髪シャチによって回収されていた。点滴のパックを左手で上に掲げ、右腕で器用にレイルスを抱えるシャチは様子を見にきたクルーに声をかける。普段であれば美女を抱えていられることに鼻を伸ばすところだが、怪我人相手にそうも言っていられない。カルテもしっかり全員が読めるため重症具合を理解していたシャチは目覚めてすぐに動こうとするレイルスに呆れた視線を向けた。
「おいクリオネ!酸素マスク頼む!」
「ぎゃー!!死んでも落とすなよシャチ!!」
レイルスが目を開いているのを見て喜びの表情を浮かべかけたクリオネは、シャチが重症人を抱えているということに悲鳴をあげる。意外にもガタイはいい男であるが、シャチは大雑把すぎるきらいがある。現にシャチが握っていたのはレイルスに繋がっていたはずの点滴のうちの一つだけで、1番重要な輸血パックがない。酸素マスクもなかったがそれよりこっちだろう!とシャチが無理やり抱き上げた際に外れてしまっていた針を掲げてクリオネは目を吊り上げた。
「馬鹿野郎他にも針ついてたろ!!」
「……ヤッベやっちまった!!」
慌てて2人でレイルスの腕を確認したが幸いなことにシャチが引っ張った方向は針が綺麗に抜ける方向だったらしい。傷は増えていなかったことに心底安堵したのだった。
騒々し過ぎる目覚めにレイルスは終始険しい顔をしていた。ガンガンする頭に2人の声とルフィの暴れる音は容赦なく響いており、微かに唸る。その声すらもガラガラに掠れていてきちんとした音にならない。バタバタと慌ただしい船内を抜けて、シャチとクリオネは甲板へと向かう。
「キャプテーーーン!!目が覚めました!!」
「あんだけ派手に暴れてりゃわかる」
「違いますってこっちこっち!!腕の子!」
「……なんで連れてきた?」
「オペ室半壊してます!!」
「他の部屋あんだろうが寝かせとけ」
シャチとクリオネの声に視線を船へと向けたローはシャチの腕の中で目をぎゅうと閉じているレイルスを見て一驚する。暗い船内からいきなり連れ出されたレイルスはあまりの眩しさに目を瞑っていても視神経が焼けるような痛みを感じていた。シャチの横にいるクリオネはレイルスにつなげられていたチューブや酸素マスクの配給源を両手いっぱいに持ってバンザイをしながら、ローの言葉にハッとした。シャチは大雑把だが、クリオネは慌てると浅慮になりがちだ。とりあえずローに報告を、と思って患者を連れ回してしまったと気がついて間抜けな格好のまま顔を青くした。
「お前ら、支度をしとけ」
「ええぇええ〜!!」
それを見てため息を吐き出したローは、外にいる他の船員に船を直して出港準備をするよう指示を出す。女ヶ島を満喫できていないクルーは無情な命令に非難の声を上げたが一睨みされてヤケクソのように号令を返した。元々ルフィが目覚めるまでの停泊という約束だ。やれることはもう終わったと判断したローはルフィを追いかけたジンベエとマルコに後を任せる心算である。マルコは場合によっては戻ってくる可能性もあるが、どうせ飛んで追ってくる。カームベルトを潜水して進むほどローもクルーも愚かではなかった。動力を使って海面を進むしかない。海王類に襲われることを考えると万が一の時にローが能力を使えない海中よりは、海上で応戦する方がまだマシだからだ。
その時、海から飛沫と共に海王類が顔を出す。突然現れた巨体にローは鬼哭を構えるも、その前にドウと大きな音を立てて海王類は海面に倒れた。船へと戻ろうとしていたシャチとクリオネがなんだと足を止める。日陰に入ったことで多少眩しさが緩和されたレイルスはうっすらと目を開ける。ぼやけて輪郭が何もない視界は白い。これはダメだとレイルスはまた目を閉じたが、シャチのツナギの色であったことには気が付かなかった。
「いやあ、参った」
倒れた海王類の血で染まる海面に、人影が浮かぶ。そんな呑気な声をあげて上陸してきたのは冥王レイリー。まさかの人物の登場にハートのクルーは揃って悲鳴をあげた。
「いやいや、船が時化で沈められてしまってね、泳ぐ羽目になってしまった」
「時化ぇ!?カームベルトは常に凪しかない穏やかな海のはず、時化はねぇぞ……!」
「じゃあもっと遠い海で遭難してずっと泳いできたのか!?」
化け物である。規格外の老人に流石のローも黙って冷や汗を流す。これで能力者でもないのだから末恐ろしい。
「ここにルフィ君がいると予想してきたのだが、当たりだったかな」
「キャー!」
そう言ってレイリーはポーラータングの甲板へ目を向ける。目を向けられたシャチとクリオネは女のように高い悲鳴を上げた。
「レイルスちゃん、ずいぶん無茶したようだね」
「ゴホ!……ッグ」
「……そいつはまだ目覚めたばかりだ」
片腕をなくしているレイルスを見てレイリーは微かに顔を曇らせた。若い女が負うには大きすぎる傷。シャボンディにて戦争の中継を見ていたレイリーは己の忠告に逆らってあの場に立っていたレイルスを見て、驚くと同時に笑ってしまった。どうやら彼女の気性を捉え間違えていたようだと、余計な忠告をしてしまったことを少し後悔していた。軽く飛び上がって甲板へと着地したレイリーは自分から滴る海水がレイルスにつかない距離から顔を覗き込む。声にならない悲鳴を上げたシャチは腕の中の可愛らしい女にしがみつきたい一心だった。
「ふむ……」
ごくり、ハートの一味全員が息を呑む。徐に右手をビュン、と振って海水を飛ばしたレイリーにクリオネが派手な音を立てて扉に頭をぶつける。常人は出ない風をきる音に島から見下ろしていたペンギンも顔を青ざめた。間違えて当たったりでもしたら頭が吹き飛びそうなほどの音だったのだ。レイリーはその手を、そっとレイルスへと近づける。
「ああ、うん変わりないようでよかった」
そう言ってその手をするりと、レイルスの尻へと滑らせた。どうやら濡れた手を乾かすため、そしてレイルスへ触れるための配慮であったらしい。
「何やってんだおっさんー!!」
島から見ていたクルーが思わず突っ込んだ。
「っざ……っけ!!」
「なんだ元気じゃないか」
「何やってんだ嬢ちゃんー!!」
声と尻を撫でる手つきからレイリーだと判断したレイルスは血を吐くような声を上げながら足を振り上げてレイリーの右頬に足を押し付けた。それすらカラッとした笑顔で受け入れたレイリー。シャチとクリオネはレイリーの行動よりも、冥王の顔面を足蹴にするレイルスの行動に心臓を潰されるような思いをしたのだった。
「どういう状況だよい」
「おお!マルコ、久しいな!」
正気に戻ったルフィをジンベエに任せ、1人飛んで先に戻ってきたマルコは、阿鼻叫喚な海岸の様子を見て呆気にとられボソリと呟いた。頬をレイルスに潰されながらもレイリーだけがその場で楽しげに笑っていた。
投稿日:2022/0304
更新日:2022/0304