孤独への凱旋


「あ''〜……だいぶまし」
 少量の水を飲んで声を出したレイルスがまた咳き込む。本来であればベッドで横にして色々問診や数値の確認をしたいところではあるが、冥王を船の中に入れるのに難色を見せたローの空気を感じ取ったレイリーが、ベポを横たわらせてその上にレイルスを寝かせた。ほぼ全員がなんでだと突っ込んだがなんのその、レイルス本人もそこまで気が回っていないのかされるがままになってベポをベッドがわりにしている。当のベポは冥王が怖すぎてガチガチに固まって抵抗らしいものは何一つできず、小さく「すみません」と謝っていたくらいだった。船長に助けを乞うて視線を向けていたが黙殺されてしまった、あまりに哀れである。
「ちょっと羨ましいかも……」
「だったら代わってやれよシャチ」
「またあの至近距離に行ったら俺チビる」
 美人を上に乗せるなんて、とシャチがボヤくも隣にいる伝説が怖すぎてブンブンと首を横に振った。さっき気絶しなかっただけでも褒めて欲しいくらいだった。
 トンテンカンと船を修理する音が海岸に響く。ルフィが壊したそこを船大工が直しているのだ。何せキャプテンがもう出航したがっているので、急がなければならない。
 レイリーは海水で濡れた服をぎゅうと強く絞りバン、とデカい音を立てて皺を伸ばす。何をするにも音がでかい、と遠目に見ていたペンギンはキュ、と顔をしわくちゃにした。隣で聞かされていたベポはその度に体をびくつかせている。
「ルフィ君に一つ提案を持ってきたんだ」
 髪だけしっとりと濡らしたままのレイリーがレイルスへ向けて告げる。船内へと続くドアを開け放ち、そこの上部に点滴やら輸血パックやらを引っ掛けられたレイルスはそれらから目を逸らしてレイリーを見上げる。レイリーのいう提案とは、どうやら一味の再集結を伸ばさないか、というものらしい。確かに今集まってもシャボンディはまだ海兵がうろついているだろうし、あの場から逃げたルフィは血眼になって探されているだろう。そんなことを理解したレイルスはああ、と納得し視線でレイリーを促す。1を話して10を理解するレイルスにレイリーは微笑みながら言葉を続ける。
「でだ、君の手配書が発行されてね」
 笑うレイリーにベポはちら、と目を塞いでいた手を避けてみたが、やはり怖くてシュバ、と再び肉球をまぶたに押し付けた。ローとマルコは、各々話が聞こえる位置に座っている。ベポの様子を見たローは内心で可愛こぶるなと舌打ちを零す。何だかんだローはベポに弱い。レイルスは分かっていたこととはいえ世界指名手配犯かぁ、とちょっと空を眺めてしまう。コートのポケットをまさぐったレイリーは「やっぱり流されたか」と苦笑してレイルスに詫びた。レイルスとルフィに見せてやろうとレイリーは海軍から手配書を拝借していたのだが、荒波に揉まれどこかへやってしまったらしい。
「頂上戦争、先の戦はそう名付けられ君はそこで多くの海兵を殺し白ひげに加担。麦わらのルフィ逃亡の助力の際に赤犬によって腕を失うも、不死鳥のマルコによって戦線を離脱」
「極悪人じゃん」
「そんなもんだ、諦めろよい」
 好き勝手され過ぎである。レイルスは情報操作により大量殺戮をおかしたことにされたことにべ、と舌を出して不快感を顕にした。
「鉱《あらがね》レイルス・エルリック」
 出してした舌にグッと歯を沈ませたレイルスは、更に顔を険しくする。
「4億5000万ベリーだ、さてはセンゴクにでも見られたな、君」
「よっ……」
 4億〜!?海岸にハートのクルーの悲鳴が上がる。全員作業をしながらも聞き耳だけは立てていたのだ。ローもあまりの額に驚きを顔に浮かべる。話の流れからレイルスが今まで賞金首では無かったことを理解していたから驚きは倍増である。最初からそんな額がつけられるなど聞いたことも無い、とローは改めてレイルスを見る。それも主犯であろうルフィよりも上。なにか別の理由があるとその数字が語っている。
 レイリーの言葉に頷いたレイルスだが、実はセンゴクを含め大将全員と対峙し、全員から逃れるということを仕出かしていた。レイルス自身もそれをきちんと把握できていないので悲しいことにそれを指摘できる人間はここには誰もいなかった。ベポは己の腹に乗る軽い女の賞金額を聞いてガタガタと震え出した。ちなみにベポの賞金額は500ベリーである。話を聞いていた中で呑気に「やるなぁ」と笑っているのはマルコだけだった。
 レイルスは線がつながったような、少しすっきりとした心持ちでレイリーを見上げた。レイリーもおそらくそれが気になっているのであろう、促すような視線に思えたレイルスは口を開く。
「……写真、戦場のだった?」
「いや」
 そう言って首を振ったレイリーは「子供だったよ」と続ける。
「子供?」
 マルコが思わず問いかける。
「5歳か6歳……それくらいの女の子が笑顔で写っていた」
「なんだってそんな」
 レイルスは海軍があらかじめレイルスの手配書を用意していたのだろう、と検討をつける。戦場では地下にいた時間も長かった上に髪と目も最初は隠していた。いざ髪をあらわにした場面では地面に伏せっていたり気絶していたり。まともな写真が用意できるとも思えない。そのためやむなく、その写真を使ったのだ。きっと元々は5000万の予定だったものを、急遽額だけ変更とした。中途半端な額はそのためだろうとレイルスは予想する。結局錬金術については特段触れていないレイリーに、まさか海軍からの情報に載っていなかったのだろうかとレイルスは首を傾げた。実際、海軍は錬金術のれの字も手配書に記載していない。世間にでまわっているニュースでも、一瞬画面に映りこんだレイルスのことよりも海賊王の息子が死んだことの方が大きな出来事だったため、取り立ててレイルスについて詮索しようとしている新聞社も出てきていない。まあいいか、と思考を一先ず横に置いたレイルスは口に馴染んだ名前を言葉にする。
「エルリックは母方の姓」
 戸籍上もそう記録されている。レイルス・エルリック。間違いなくレイルスの名だ。そしてその名と、幼いときの写真、二つ名を全て得られる情報源がある。
「なるほど、どうしてそれを海軍が?」
「身分証明書取られてた……それにいれてた子供の時の写真も」
 家族の写真を忍ばせていたのだ。父が写っているものは少なく自分が子供の時のものしかなかったから、幼い頃のものを。レイルスは苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。銀時計。もうなんの未練もない国家錬金術師という肩書きの証明書。写真を取られたというそちらの方がレイルスにとっては辛いものだった。何かを感じたのか、ベポが気遣うようにスン、と鼻を鳴らしたのをみたローは「鉱」という意味のわからない異名について思考する。
 鉱とは精錬されていない鉱石のこと。鉄の別名でもあるが、果たして海軍はどういう意図でこの名をつけたのだろうか。レイルス以外知らないその意味にその場の全員が同じように違和感と疑問を抱いた。なお、ロー以外は「あらがねってなんだ?」と単語の意味すら理解出来ていなかったが。
「ルフィ君は近くの島で修行を、と思ったんだがレイルスちゃんはどうするんだ?」
 レイルスが首を傾げた。
「ルフィ君の懸賞金も今回の一件で上がるだろうが、現状レイルスちゃんの方が高い」
「うん……?」
「君、ルフィ君より懸賞金が上だったら船には乗らないと言っていたじゃないか」
 あ、とレイルスの顔がそうだったと想起した。ヒクリ、ローの顔が引き攣る。レイルスは確かに麦わらのクルーではないが、熱烈な勧誘を受けている最中だということ。そしてその条件として船長の首の値段が自分以上であることを条件に出したと。色々と理解できたローはムスッと口をへの字に曲げて目を陰険に尖らせた。ローの現在の懸賞金の額は2億だった。



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投稿日:2022/0306
  更新日:2022/0306