幌の間隙
ルフィにこの腕の有様を見せるのはよろしくないだろう、なんて優しさなのかなんなのか、そんな判断を軽率にしたレイルスは命を救ってくれたのだというハートの海賊団の出航について行ってもいいかと頼んだ。これに驚いたのはローとマルコで、お互い鴨がネギを背負って土鍋に飛び込んできたところを想像してしまった。レイリーも止めるつもりはないらしい、そうか、と微笑んでいる。唯一シャンクスのことを知っているレイリーは酷だろうという判断もあながち間違えていないことを知っていた。兄のことを受け入れたかどうかもまだ怪しい、立て続けに直面させることは良くないだろうとローも頷く。ルフィを庇って腕を失った挙句、礼も詫びもできず安否の確認も目視できずにいなくなられる方が酷じゃねえのかな、と正常な判断を心の中でしていたペンギンはルフィを憐れんだ。ローに至っては確信犯であったが、精神的なものなど知るかと言わんばかりに見ないふりをした。「別にかまわねぇが、借りは返してもらうからな」
外堀から埋めるか、とマルコはローの目論見を横目にほくそ笑んだ。徐に立ち上がり、未だベポの上で生っ白い顔で横になるレイルスへと足を進める。
「俺たちはまだあんたに借りがある」
「……医者のところまで運んでくれたらしいけど」
「あの穴を埋めてくれた礼がそんなもんで済むわけねぇだろい」
ここから好きなところへ運んでやる、と提案してやっても良かったが流石にローからの視線が痛かったマルコはこれ以上茶々を入れるのも良くないかと判断しポケットからビブルカードを取り出す。映像にはなっていなかったあの錬成のことを知っているのは、この場でマルコとレイルスだけだった。ハートのクルーがなんだとざわめく中、マルコはビブルカードを割く。
「俺のビブルカードだ、渡しておく」
レイルスへと欠片を渡したマルコは、少し真剣な顔でレイルスの顔をみた。
「エースとオヤジの墓参りにでもきてくれよい」
言葉の意味を理解したレイリーはフ、と息を吐くように微笑む。白ひげ。かつてロジャーとしのぎを削る戦いをした男。悪ガキどもを拾っては息子と呼んで可愛がり、親父と呼ばれ慕われていた。死んでなお、息子に墓守をしてもらえる程だ、30年近く会ってはいないが、きっと昔と変わらないまま逝ったのだろう。敵ながら天晴れである。
「必ず」
ぎゅう、力の入らないのであろう手に力を込めて、マルコのビブルカードを受け取ったレイルスは真っ直ぐな目でマルコを見上げる。見下ろした目が真摯に彩られている。太陽に反射する見事な金色の目を一瞥して、マルコはじゃあな、と空へと飛び立った。
「レイルスちゃん」
マルコを見送ってぼんやりとそのまま空を見上げていたレイルスはレイリーに呼ばれたことで視線を落とす。太陽の光に反射するレイルスの目をじっと見つめ返したレイリーは、穏やかな顔のまま一つため息を吐き出して、険しい言葉を紡いだ。
「どう足掻いても、君の行く道は苦しくなる。どんな選択をしても、だ」
全てを知っているわけではないけれど、レイリーはおそらく過去の旅でレイルスに関係することの根幹を知っていた。人の生き方に口を出すのは性に合わない、それでも彼女に対してはそんな似合わないことを繰り返してしまう。それほどまでにレイルスの旅の先には多くのものが理不尽として横たわるだろうことがわかってしまったのもあるし、この真っ直ぐな瞳の光が曇るのは惜しいと思ったからだった。のそりとレイルスはベポの上で上体を起こした。
「上等」
しかし、そんなレイリーの憂いなんて知ったことかというようにレイルスは不敵に笑う。レイルスにとってそんなこと今更だったからだ。ずっと、ここ10年はそれが当たり前だったのだからなんてことはない。
「全く、そんなに生き急がないで欲しいものだね」
「……よく言われるよ」
笑い飛ばすにしては曖昧な笑顔でレイルスは言葉を返す。レイリーは少しだけ怪訝な顔をするも直ぐに悪い顔で笑い出す。
「さて、私はルフィ君を鍛えなければ……島3つ、だったかな?」
それは少し違う条件の上ででた言葉では、と思ったレイルスだったがレイリーの笑顔に黙殺させられた。代わりに、楽しげに笑うレイリーにもしかしたらもう二度と会えないかもしれないという思いから声をかける。
「レイさん、ありがとう」
芯のある心の籠った音。珍しくきょと、と驚いたような顔をしたレイリーはその直後豪快にハハハ、と笑ったのだった。
投稿日:2022/0307
更新日:2022/0307